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紙の本
記憶の宮殿の中を旅する美薬小説
2005/10/22 22:07
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:虹釜太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
美薬小説にして観相学小説、理想形態都市小説にして流刑小説である本書では、下品な幽霊が困った時に出てくるむかしからの伝統的なずっこけアニメのような展開と、水晶壁に刻まれるにふさわしいかのようなフォントに対するこだわりとのギャップに強く引き込まれる。主人公のあんまりな美薬への耽溺度とそれを抑える意志の弱さは、かつての丹波哲郎演じる「ジキルとハイド」の暴虐なグルーヴをほうふつとさせます。特に美薬を飲んだあとの「あの薔薇のような時間!」に惹かれてそれをやめられない主人公が、一転、三転、七転、流刑の旅に。主人公はもう一度無事に「甘き薔薇の耳」を味わうことができるのでしょうか!?
デヴィッド・リンゼイの名作『アルクトゥルスへの旅』の世界を味わった時と同じ、めったに遭遇できることのない異界への誘いの強烈な磁力! ペルー料理で使われる「ファロッファ」を思わせる、クレマット料理などこの世界にしか存在しない料理の数々と、最後の闘いに絶対に必要だった10杯の飲み物とは!???絶対的なボスキャラの能力と、過剰すぎる超能力の暴走とそれをひきとめる市民たち各々の闘いと、それに現実と虚構の双方でからみあってくるさる「エイリアン」の存在が紡ぐ物語の行方は、同時代のマンガの実験的試みをさらに大吸収する『HUNTER ×HUNTER』の「キメラ=アント」登場以降の展開の元型を想わせ、人工自然環境を描いたバイオスフィア小説でもあり、絶望的な恋愛小説でもある。ファンタジー小説史上最強の美薬小説!?
紙の本
R18指定の極上ピカレスク・ロマン
2004/10/01 20:37
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ヲナキ - この投稿者のレビュー一覧を見る
なんと読みごたえのある小説だろうか!件の喜ばしい満腹感に浸れる経験など久しく記憶にない。三浦建太郎『ベルセルク』や古川日出男『アラビアの夜の種族』にも通じる黒い密度を有した幻想世界にカフカを彷彿とさせる諧謔をちりばめたユニークな教養小説との出会いが、近頃醒めていたボクの小説渉猟欲を再燃させる契機となった。
かくも興奮させるこの物語は、一人のカリスマ君主の手になる高度に発達した観相学と独自の科学技術によって統治される帝国を舞台としたファンタジーである。その独裁者ビロウが自らの幼稚な妄想を具現化させた美麗な都市<理想形態市>から、主人の命を受けた一級観相官クレイが、とある事件の調査のために辺境の属領アナマソビアへと出立するところよりこの奇妙な冒険譚の幕は開ける。当地の聖教会に<旅人>と呼ばれるご神体とともに祀られていた<白い果実>を盗んだ犯人を捜索するのが彼の任務であった。いつまでも腐敗せず一度口にすれば不死身になるとも噂されるその霊果の行方をつきとめるため、クレイは被疑者たちに対して観相学という名のロンブローゾ的鉈をふるう。超絶ヒール:ビロウの掌の上で躍らされる小悪党のクレイであったが、彼の身に次々と降りかかる災厄のなかで、次第に自らの驕慢さと犯した業の深さを悔い改め、物語は後半、贖罪の旅へと転じていく。
不測のストーリー展開や非凡な舞台設定もさることながら、主役から端役に至るまで際立ったキャラたちが読者を魅了する。躍動感あふれるコミカルな所作や見事なかけあいに頁を繰る手が止まらなくなる。しかし、大人社会のエゴや不条理、背信、妄執、駆け引きなど、ビターな味わいが盛りだくさんなので、無害なファンタジーを読み馴れた青少年の情緒レベルでは、この小説の毒を笑いで中和できるのかと、お節介な懸念が先行してしまう。あえて標題にR18指定と冠したのは、なにも惹句というばかりではない。
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