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紙の本
畳み掛ける幻想風景
2005/05/08 23:34
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Leon - この投稿者のレビュー一覧を見る
天才ドクトラン・ビロウの脳内に築かれた都市の具現である理想形態市(ウェルビルトシティ)では観相学を修めた者に大きな権威が与えられている。
主人公クレイのように一級観相官ともなれば、人相や体格などからその人物の性向のみならず、過去の行動から未来の可能性までを看破してのけるのだ。
ビロウの命により理想形態市の繁栄を支える属領(テリトリー)の一つ、北方のアマナソビアへ赴いたクレイの任務は、この世の楽園に実り、それを食した者は永遠の生命を得ると言われる<白い果実>を盗んだ者の特定。
クレイの能力を持ってすれば容易な仕事に思われたが、住民を教会に集めていよいよ観相の技を振るう段になって、彼は突然に観相学の知識を喪失していることに気づいた。
<マスター>ビロウは無能な者に対して寛容であったためしはなく、クレイの目の前には失脚後の恐るべき運命が待ち構えていた。
保身のため、助手として雇ったアマナソビアの鉱夫の娘アーラに、自らの無能を隠したまま<白い果実>の犯人探しを任せたクレイだったが・・・
−傲慢な主人公クレイが、その拠り所である能力を失ったことから失脚・転落し、後悔の日々を経て贖罪のために独裁者ビロウに立ち向かう−
読了後に改めてあらすじを思い起こすと、ストーリーに特段の独創性は見受けられず、観相学にしても、まるでプロファイリング技術であるかのような極端な扱われ方をしてはいるが、アリストテレスの時代から今日の街角占い師に至るまでありふれたものである。
しかしながら、本書は一度手に取るとページを閉じ難く、ついつい読み進めさせてしまう魅力があった。
アマナソビアの特産物であるスパイア鉱石を長年採掘する間に鉱石の成分が体組織に染み込んで遂にはスパイア鉱石から削りだされたような青い人型彫像となってその人生を終える鉱夫たち。
<白い果実>をアマナソビアもたらした、<旅人>と呼ばれる異形の木乃伊。
日が沈んだ後の孤島の流刑地で、上手いカクテルを飲ませてくれるバーテン気取りのサル。
独裁者ビロウの脳内イメージと寸分違わず造られ、彼の心身とシンクロさえする理想形態市。
これらの奇想的な描写は、先に見たものの姿を咀嚼しかねるうちに次のものが現れるという、文字通り畳み掛ける感覚があり、眩暈を引き起こすほどだ。
読み手の眩暈は更に、クレイが麻薬<美薬>を頻繁に用いるために現れる幻覚によっても促されるようで、彼が流刑地のドラリス島に収監されてやっと薬と縁が切れたかと思えば、硫黄採掘場の地獄の如き熱気がやはり精神を惑しに掛かる。
「読む幻覚剤」というのは言い過ぎかも知れないが、ページを閉じ難い魅力は、ほぼ全てこの幻惑感に負うように感じた。
一方、登場人物達は思いのほかノーマル。
クレイは、その傲慢ぶりを存分に発揮している間は興味深い人物であったが、観相能力を失ってからの行動は「善良な主人公」はかくあるべきといった風で意外性は全くといって良いほど無い。
そのクレイの傲慢さは独裁者ビロウの威を借りることによって成り立っていたわけだが、こちらもステレオ・タイプな独裁者以上の性質を超えないばかりか、白い果実の影響を受けてからは妹の思い出を封じた小部屋の消失にうな垂れてみたり、一度は見限ったクレイを頼りにしたりと存外に卑小な様子を見せる。
二人共に権威の絶頂からどん底に落ち、裸の人間としての弱さをさらけ出してその性情に変化を見せるわけだが、その変化に伴って外見が劇的に変わったという様子はなく、作中信憑性を持たせるような描写を沢山設けている「観相学」ではあるものの、結局は「人は見かけでは判断できない」との帰結に至ったように思えてならない。
当初より三部構成であったらしいが、極めて完結性があるため、「観相学」を含めて次巻がどのように展開するのか気になるところだ。
紙の本
20世紀の悼尾を飾る傑作、といわれても実はSFにダン・シモンズの『ハイペリオン』4部作という壮大な伽藍が聳えている。第1部を読む限り、それには及ばないかな…
2004/11/12 20:03
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
訳者後記に、訳者として山尾悠子・金原瑞人・谷垣暁美の三人の名前があがる理由が書かれている。簡単にいえば、ダンテの『神曲』にも喩えられるような、複雑なというか想像を絶するような展開を見せる壮大な幻想談を、適切な日本語に移し変えるには、今は亡き日夏耿之介、平井呈一のような人間が必要で、金原・谷垣の手に余る。
そこで、金原が考えたのが知人の山尾悠子に、自分たちが訳した原文を、自在に彼女の文章に移し変えてもらうことである。金原の謙虚さと選択眼の正しさには、ただただ敬服する。そういう自由な発想をする金原もだが、それに応えようとする山尾にも頭が下がる。
カバー装画は、松崎滋『Babelic Place 2(部分)だそうで、いかにもMixed Mediaらしい優しさと、懐かしさを感じさせるもの。機会があったらこの人の作品展に足を運んでみたいと思わせる。とくに、家々の屋根瓦の表現と、夜空の色、そして多分地の紙の色だろう白の味わいが、いかにもマットなフレスコか何かを思わせ、その温かみが何ともいえない。線の揺れ具合もいい。
この本は壮大な三部作の第一部で、訳者の解説を借りれば、第二部以降で分かるというのだが、舞台は「東の帝国」であるらしい。帝国には独裁者ビロウが自らの内面を具象化して創り上げた「理想形態市」とその属領が含まれる。ビロウは科学と魔法に長じ、丸天井の建物や塔、クリスタルとピンクの珊瑚からなる美しい都市を想像し、以上に発達した観相学を支配の道具として使っている。
そのビロウの右腕と評判の観相学者、クレイが辺境の町アナマソビアに派遣されるところから物語は始まる。北方の属領の町で、教会に飾られていた「白い果実」が盗まれた。彼が命じられたのは、その犯人をつきとめることだった。「白い果実」というのは鉱山で発見されて、いつまでも腐ることなく教会に保存されており、食べると不死身になるという噂もある。その真偽を確かめた人間はいない。
この本自身も章のタイトルこそないものの、大きく三つに分かれている。第一章は、北方の属領にある鉱山の町、アナマソビアで「白い果実」を盗んだ犯人を探すことが中心にあるが、ここでクレイは運命の女性アーラと出会うことになる。他には町長のバタルド、司祭のガーランドあたりが重要だろうか。
第二章で、失意の底にあるクレイが流されたのがドラリス島である。ここで彼を苦しめるのが双子のマスターズ伍長。そして、疲れ果てた主人公を酒で慰めてくれるのがホテルの管理人である猿?のサイレンシオである。第三章は、いよいよ理想形態市が舞台となり、マスター・ビロウの登場となる。
美薬という、どうみても麻薬にしか思えないものの中毒となっているクレイ。それを自在に操るビロウとの危険な関係。歯車装置を埋め込まれた人間、サイレンシオを産んだ知性移植実験、子供をコインで動かせるように自動化といった果たして人間なのか、他の生物なのか、それとも幻想かと読者を煙に巻くような登場人物?がたくさん出てきて、正直、第一章は混乱の内に読み終えた感が強い。
それでいて話の展開はきっちり追える。そして二章以降になると、話のリズム、作者の癖がわかり極めてすんなりと読み進むことができる。まさに、究極のエンターテイメント、20世紀棹尾を飾るに相応しい幻想談かもしれない。で、読みながら思ったのが、同じく20世紀末に登場したSFの傑作、ダン・シモンズの『ハイぺリオン』4部作。
あれも豊富なイメージが詰め込まれた作品で、その量の多さに読み終わってヘトヘトになったものだ。そこまでの凝縮されたものの重みは感じない。それが幻想談とSFというジャンルの違いによるものなのか、作者の資質によるものかは不明だが、宗教の扱い方も大きい。個人的には、現段階でシモンズに軍配を上げるが、その評価が第二巻以降で覆るのかどうか、楽しみなシリーズではある。