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シャドウ・ライン/秘密の共有者 みんなのレビュー
- ジョウゼフ・コンラッド (著), 田中 勝彦 (訳)
- 税込価格:1,650円(15pt)
- 出版社:八月舎
- 発行年月:2005.3
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紙の本
新しい海に漕ぎ出で立つ4月。かつて船乗りとして幾多の困難に接し、洋上で人格の根底的部分を形成したという作家の2つの青春小説を……。
2005/03/31 14:44
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「青春小説」などという呼称——キーボードで打っていてすら照れ臭さを覚えるけれども、ここに収められたコンラッドの2つの中篇には、ことさらに扇ぎ立てたり舞い上がったりしない聡明さ、慎重さがある。たとえば、作品「シャドウ・ライン」の方の冒頭3行目から——
——少年期の特権はその時代に先駆けて、休止や内省などを知らぬ見事なまでに連続した希望のうちに生きることなのだ。
彼はただの少年らしさという小さな門を通り抜けて閉めてしまう——そして魅惑に満ちた庭に入る。そこでは影すら期待に満ちて光を放っている。(9P)
魅惑に満ちた庭を歩きつづけ時が過ぎ行くと、やがて前方に見えてくるのが陰影線、すなわちシャドウ・ラインだという。青年期の終わりから成年期にかけてまたがるその線は決して明確なものではなく、越えたあとにそれと意識される通過地帯のような存在であるらしい。
作者は過ぎし日の昂揚に再び自己を重ね合わせ、記憶の陶酔のうちに「青春」世界を再現しようとするのではない。成年となった立ち位置に留まり休止した上で、忘れ難い航海を元にした物語を内省的に書き綴る。
あるいは、シャドウ・ラインと同じようにして青春小説なるものも存在し、読み終えて線を越えたとき初めて「あれが自分にとっての青春小説だったのだろうか」と意識されるものなのかもしれない。作家が青春時代について書くから青春小説だというわけではなく、自分の成長を下からぐっと押し上げてくれた本が、その人にとってすなわち青春小説であるように……。
「シャドウ・ライン」の冒頭は上記抜粋のようにやや観念的な文章である。それにつづく物語の出だしも、主人公が初めて船長として船を任され、その船のあるバンコクへ向かう経緯に冗漫な感じが否めないわけではなく、作品世界に入るのに若干の辛抱強さを要する。だが、最初の部分の入りにくさを過ぎると、物語は安定した船のように波を切って進んで行く。
内容は、初仕事として指揮を執る若き船長にとっては、あまりに困難多く苛酷な航海である。人の生き様を航海になぞるのは平凡な表現に過ぎないが、乗り合わせた仲間や先輩後輩と、好むと好まざるとに関わらず目標をやりおおさざるを得ない状況に投げ込まれる時期が誰にも必ずやってくる。あらゆる環境の変化、悪化に対応しつつ。
多数の病人を部下に抱えながら、うだるような暑さ、無風状態、天候の荒れなどに向かう船長は、内省のため孤独の時間を求め、自分自身への問いかけから1つひとつに決断を下していく。この決断の積み重ねこそがシャドウ・ラインの通過儀礼なのであろう。
作品「秘密の共有者」もまた、他の乗組員の誰にも相談できない困難な秘密を抱え込んでしまった若き船長が、トラブルから解放されるまでの顛末を描いている。自分以外に見守る者のいない行動を、悔いなきよう気丈に支えていくものは、明日の自分がどうありたいかという理念でしかない。自分に課題を与え、自分に圧をかけていくことで獲得される強さについて、教訓臭さなくスリリングな物語で考えさせてくれるのがコンラッド会心の青春小説なのである。
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