紙の本
本命とはこういう小説をいいます。何の本命かは、書きません。でも、こういうハイレベルな小説が評価されるには、読む側の資質が問われます。壮大な犬の歴史談です
2005/07/07 20:26
13人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
私はてっきり熊だと思い、長女はあっさりと「犬、可愛い!」と見抜いたカバーの話から始めましょう。装幀は関口聖司、写真はAFLOと書いてあります。でも、被写体が何であるかは別にして、これって完全にノンフィクション、動物に関連する記録向けのデザインですよね。
で、ベルカ、って何でし。彼?の第一声は「うぉん」です。祖国ソビエトが消えてしまう前の年に、老人がただ一頭殺さなかったイヌで、ベルカです。
話はスプートニク5号のときに遡ります。フルシチョフがアメリカの鼻を明かそうと、二匹のイヌを乗せて地球の周りを17周した宇宙船は、無事回収されます。そのときのイヌがベルカとストレルカ。後に番うことを国家に認められ子孫を残すことに成る二匹の名は、以降、北の連邦で受け継がれてきたのです。
巻頭言が笑えます。
「ボリス・エリツィンに捧げる。
// おれはあんたの秘密を知っている。」
ですから。
特に最後の章なんか、タイトルは『ベルカ、吠えないのか?』と男らしい感じがしますが、「ベルカ、吠えないの?」ってなると、何だか少女がしゃがみこんでイヌのまえで首を傾げてるって云うか、愛らしい感じが出てます。でも、これが違うんです。ここらの変遷は、ぜひとも作者に聞いてみたいところです。ま、確実にいえるのは50年以上の歴史が詰まってる、ってことです。
「おれは解き放ちたいのだ」は199X年のシベリアです。山奥に迷い込んだ男が見つけた老人の家、そこで若い男が村への道を尋ねています。それが銃撃戦に変わります。静から動への一瞬の変化、でもそれは、忽ちのうちに再び静けさへと変わります。そうですね、だれだってスパイ物、或はロシア・マフィア、テロリズム小説だと思い込むのですね。
でも、舞台は一気に1943年のキスカ島になります。そこには四匹のイヌがいます。日本海軍所属の北海道犬(旧称アイヌ犬)の北、陸軍所属のジャーマン・シェパードの正勇と勝、そして米軍捕虜のシェパードであるエクスプロージョンです。ともに、軍部によって選び抜かれた軍用犬ですが、日本軍の撤収によって島に取り残されています。そう、これはその四頭の血の歴史譚です。
いやいや、実はそんな生易しい話ではありません。もっと多くのイヌの血が絡みます。そしてバックグラウンドとして、人間の愚かしい歴史があります。あの日本が大敗した第二次世界大戦、その後の世界の流れを決定付けた米ソの軍拡競争、ベトナム戦争、アフガン戦争などなど。その中でイヌは大陸を彷徨います。あるときは、自分たちだけで群をなし、あるときは人間に守られながら。
登場人物です。まず、大主教がいます。極めて暴力的な老人です。そして日本ヤクザの会長がいて、その娘がいます。11歳か12歳ということになっています。その少女を人質にしている老人のもとには、少女が勝手に名づけた、ロシアばばあ、女1、女2(のちに、イチコ、ニーコとよばれるようになります)、オペラがいます。
そう、これはその暴力的な少女の成長と、全く無関係なイヌの歴史をハードに描いた巨編なのです。読みながら、なんて硬質な文章だろう、これこそがハードボイルドではないか、そう思いました。ヘミングウェーもハメットもろくに読みもしないのに、勝手なことを云うなと叱られそうですが、私にとっては、この文体こそがハードボイルドなのです。
無駄がなく骨太。単純でいながら、読み飛ばしはおろか、いい加減な息継ぎも許さないような緊張感溢れる文章。それに、先が全く見えない展開ですから、読了に時間がかかるのも当然です。イヌの話、と気軽に飛びついた長女が、途中で「これって簡単に読むの無理!」宣言したのも肯けます。
それにしても、凄い話を思いつくものです。もしかして村上龍『半島を出よ!』より上?
紙の本
「血」と本能
2007/05/02 21:56
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:はな - この投稿者のレビュー一覧を見る
面白かった。というと私の感想を一言で言い表していない気がする。
すごかった。
第二次世界大戦中の1943年から、冷戦終了の90年代初頭までを描いた物語。軸となるのは徹底して「イヌ」たちである。人間でも世代が移り変わる数十年、当然イヌたちは何代も何代も世代が移っていき、その「血」は世界中に散らばっていく。歴史に記されることはない、けれど確かな足跡を残しながら。
人間の政治、戦争、歴史に弄ばれるようでいて、その実、イヌたちはそれぞれの場所で確固としたアイデンティティを築いている。その様子が丹念に描かれる。
正直に言って、背景となる現代史も、イヌたちの系図も、正確にはほとんど理解できていない。それでも問題はない。なぜならイヌたちもそんなものは理解していないから。それを理解していなくても、イヌたちは、自らの血と本能でもって、しっかりと歴史に存在している。その鮮やかさが読み終わっても、心から消えなかった。
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犬から見た二十世紀史。犬好きならずとも、必読ですYO!
このドッグ・ハードボイルドな小説に翻弄されっぱなしでした。
事のおこりは第二次世界大戦中、敗戦気味の日本軍の置き土産だった軍用犬をアメリカが保護したことからはじまります。
というわけで主人公は犬なんです。最初この点にひかれて本を手に取ったんですねぇ・・・。
この1つの出来事が、無数の糸となって世界を巡り、様々な人間と事件と歴史をまきこんで展開していきます。そして一点に帰結していく。ともするとごちゃまぜになってしまいそうな話が、見事なまでにまとまっていきます。このまとまっていく過程には著者の力量に感服。
ううむ。この話に登場する、同じ血縁で繋がった多数の犬達の物語にも驚嘆しますが、小説家としての古川氏のほうにもっと驚きます。5000点差し上げたい(意味不明 。
二十世紀の戦争は、犬の戦争でもあったんですねぇ・・・思えば犬って古代から人間と関係が深いし。冷戦時代の話とか歴史関連、国際情勢の話など、読んでいて頭がパンクしそうでしたが、とりあえず犬の身になった気持ちで読書していたので あー、そんなことあったのね、わしにはかんけいないけど という態度で始終やりすごしました。(←ダメだろ
ちょっと高村薫の作風に似てるなーと思ったり。ストイックなとことか。ソ連なとことか。「神の火」とかを思い起こさせるかな。
高村薫に脳が侵されると、たとえばプロ野球の得点掲示板に出るソフトバンクの「ソ」をみて反射的にソ連・・!?と思ってしまうくらいソ連に敏感になります。そんな自分が嫌です。
スプートニクのライカ犬の話なんかは、丁度村上春樹の「スプートニクの恋人」を読んでいたので、かなりタイムリーでした。やっぱロケットって人類に多大な影響をあたえたんだなあ〜・・・。
わしはそのころ生きてませんでしたけど。
こうやって小説にいろいろでてくるのを見ていると、やっぱりロケットが人間の精神史に与えた影響はおおきかったんですね。
犬を見ていたはずが、大きな歴史の営みを見ていたことにもなり・・この小説はやっぱすごいんですよ。
というわけで難しいけどオススメです。
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面白かった…!二回続けて読んだ!ほんとにありえない話なのですが、運命とか運命とか運命とかはつながっているのだという前提が面白いと思いました。ただ、あえて言うならラストはもう少し壮絶でもよかったと思いました。
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イヌの視点から20世紀史を描く、というのはとても面白い発想だと思います。こーいふ独創性があってこそ著述業ってのは素晴らしいと。内容は、ちょっと難しいんじゃないかなぁ。世界史とかやってない人にはきついかも。あたしは世界史好きだったけど、それでもちょっとしんどかった。それから、表紙、好き。(20050828)
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脈々と続くベルカの血筋。前半はどうしても説明が多くて読むのに時間がかかってしまったが、後半からはドラマチックな展開に一気読み。犬族になった少女の台詞も良かった。なんと言ってもタイトルが好き♪いつ言ってくれるのか待っちゃったよ〜(笑)
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人間と犬、犬と戦争、戦争と人間。
犬の繁殖とそこから生み出された犬種の特徴は、その時代の持つ背景と人間の欲望を正確に反映する。
20世紀、多くの犬たちは戦争のために生み出され、忠実にその役目を果たしてきた。
その末裔である現在のぼくらの愛犬の遺伝子の未来図が、平和と愛情に溢れたものであることを願いたい。
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太平洋戦争時、アリューシャン列島に置き去りにされた4頭の軍用犬から物語は始まる。イヌから見た20世紀の歴史という着眼が面白い。戦争の世紀であった20世紀に、イヌ達はいかに血統を殖やし生きのびたのか。アメリカ、ソ連、メキシコ、ベトナム等次々と舞台が代わり、物語の複雑さ、スケールの大きさに圧倒される。大きな何かがイヌに語りかける2人称も、神話的な雰囲気を醸し出していてよい。全体として荒削りで、不満な部分も多いけれど、イヌ達の魅力がそれを十分に補っている。ベトナムの地下通路でのDEDの戦いや、飼い主を喰らって生き延びたアヌビス、強盗となったアイスの逃避行など、個々のイヌが生命力に溢れていてとても美しい。素晴らしい。
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犬から見た二十世紀。圧巻の物語。それ程、長い本ではないがずっしりとした重みがある。
私の一押しキャラはヤクザの娘。いや〜久しぶりにぐっと来た本でした。再読しようと思います。
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「2006年度このミステリーがすごい!」の第7位。イヌたちの目を通すことでより人間の愚かさと、それに巻き込まれるイヌたちの悲惨さが強調されている。そんな中ギャングの怪犬仮面は非常に良い味を出していて僕のお気に入りです。
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人間と犬、犬と戦争、戦争と人間。
犬は人間と共に世界に広がり、人間の望む容姿・性格・能力を身につけてきた。
それが遠い昔に人類とイヌの先祖が交わした契約だからだ。
だから、犬はつねに人間の隣にいた。
もちろんそれが戦場であってもだ。
犬の繁殖とそこから生み出された犬種の特徴は、その時代の持つ背景と人間の欲望を正確に反映する。
20世紀、多くの犬たちは戦争や戦いのために生み出され、忠実にその役目を果たしてきた。
その末裔である現在のぼくらの愛犬の遺伝子の未来図が、平和と愛情に溢れたものであることを願いたい。
4頭の軍用犬を祖とする犬の系譜と絡み合う戦争の、いや人間の歴史。
それはもちろん犬の歴史でもある。
読みやすくはないが、その分深く心に刺さる、文章と物語。
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表紙がいい!中身もいい!犬中心の話でありながら人と歴史が絡み合っていく... 人質になった日本人の女の子がかっこいい。
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独特の文体(ちょっと煽られてるカンジ)で語られる、犬の話。ひたすら犬メイン、ってのもなかなかに珍しいのではないかと思うのですが。よーく注意して読まないと血縁関係(犬の)が分からなくなっちゃうんですけど、とても面白かったです。
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犬と戦争の20世紀。
夢中で読んだ。
無人島の四匹の犬と彼らの系譜、それらを思うと心が震えっぱなし。
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○イヌを進化させるのはイヌ自身であらねばならない。犬神(アヌビス)、お前はその意志を持っている。お前は目覚めている。お前はこの地上にあって、名前どおりの存在だ。○役立たず、と毛沢東は思った。むしろフルシチョフ、と毛沢東は思った。おい、ニキータ……お前の核は、背面の脅威だ!そしてフルシチョフもまた、なに暴走してんだよ毛(マオ)、と思った。核戦争が勃発しちゃったらどうするの?まいったなあ。こっちはてきとうに「米ソ協調路線」とか謳って、大戦に発展しかねない芽だけは摘んでるのに、もう。馬鹿。フルシチョフは口には出さないが、あのね、と思った。うちとアメリカにだけ世界支配させておけば、いいの。うぉん!やっとのことで読み切った。疲れた。読みにく〜・・しかも苦労して読んだ割り、こう、訴えて来るものがあまりなかったのだが・・。ど、どうなのこれ??!!! 軽く装丁が好みで借りてきたんだけど、話題作みたいで。昨日新聞にも他本で三島賞もらったとか載ってた。けど、ん〜・・文体がちょっと暴力的で合わなかったなぁ。犬よ、お前たちはどこにいる?って呼びかけで進む感じ。あたしの中ではチョットすべってた・・(ごめんなさい)。少女とか大主教の老人とか。確かにおもしろい設定だけど・・過剰すぎた。ヤクザ映画みたいな・・。↑な感じで各国のリーダーを皮肉って、世界を分かり易く見取って説明していくのは好感が持てた。20世紀は確かに戦争の世紀だ。それに翻弄された犬達。迷惑な話だよ、正直。犬にとっては。でもまぁ昔から犬と人間はベストパートナーなんだなぁと。・・そんな粗末な感想しか書けない私に問題があるのか??(苦笑)