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紙の本

テールの語りとサンゴロウの語り、そして、サンゴロウが登場せずともつながっている世界観

2010/04/29 20:37

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:wildcat - この投稿者のレビュー一覧を見る

テールがずっと持ち続けてきた配達員魂。

  おれなら、どんな天候でも、どんな荷物でも、
  こわさずにはこぶ自信はある。

  ささやかなプライドってやつ。それがあるから、
  なんとかこの仕事をやっていられるんだとおもう。

ところがそれを揺るがす事件が起こる。

預かった荷物のひとつがなんらかの原因で
他の荷物にも影響を与えるようなにおいを発し出したのだ。

会社で伝説になっている過去の「塩ニシン事件」の教訓から、
すぐに事務所に連絡を取り、問題の荷物以外を他の船に託したのだが・・・。

問題の荷物を返しにいくときに、そのにおいがどんどん強烈になっていき、
テールは頭痛を起こしてしまう。

霧がかかったように視界がぼやけ、焦点が合わなくなり、
「アコーディオンだよ」という声が聞こえた。

集中が途切れた瞬間、船の接岸に失敗し、ぶつかってしまう。

問題の荷物は、送り主・リンのところで、調合を失敗したアロマオイルが
コルク栓の抜けたビンからもれていたことがわかった。

機密性の強いエクスプレス船内ではそのにおいが強力すぎて、
テールはそれに敏感に反応したのだった。

問題のオイルは、アステリスタ・トリアンサスで、
テールの育ったノアが製造元だった。

アステリスタは、記憶を取り戻す作用をもったオイルだったのだ。

リンは、記憶を取り戻すオイルでせっけんをつくり、
『追憶の花園』にしたらどうかなんて語っているが、
テールはこういった話にはついていけない。

社に帰ると船のことを報告しなければならなかった。

右舷前方につけた傷のことについては、初歩的なミスだと注意を受けてしまう。

テール自身もそれは痛いほどわかっていて、そのダメージに苦しんでいた。

自分の船を修理に出してしまうと修理が終わるまで配達はできない。

倉庫の掃除か控え室で謹慎かと思っていると、別な船に乗れといわれる。

ただし配達は頼まないと。

割り当てられたのは、ナンバー0。

ふたり乗り用の練習船である。

一から訓練やり直しの罰ゲームかと思っていたら、
ミナミという社長の知り合いの子どもの訓練体験に3日間付き合う羽目に。

ところで、本シリーズは、ずっとテールの語りで進んでいる。

それは語り手がたまに代わっていたサンゴロウシリーズとは異なる点だ。

サンゴロウは、口が滑らかなタイプではなかったので、
サンゴロウ以外の仲間がたまに語るのがなじんでいたし、

テールは口には出さなくても心で語っていることが多いタイプなので、
ずっと自分で話し続けるのが合っていたのだろう。

もしかしたら、作者の思考を通り過ぎて、
テールがどんどん語り出すこともあったのかもしれない。

テールの語りとして特徴的で、サンゴロウは決してやらなかったことがある。

それは内省の中で自分をくん付けでからかうように呼ぶこと。

これは自分をどこか客観視しつつもおどけたところがないとできないことだ。

例えばこんな感じ。

  「おう。気をつけろ、スピードはだすなよ」
  みすかしたようなゴンさんの声がせなかにとんできて、
  おれは首をすくめた。

  たのむよ、ゴンさん。

  テールくんからスピードをひいたら、
  のこりはゼロなんだから。ほんとに。

まだ、初歩的なミスをしたことを引きずりつつも、
訓練体験は、物覚えがいいミナミを相手に順調に進んでいた。

ところが、どうもこちらの訓練船をつけてきている船がいて、
訓練は、「緊急避難訓練」に変わってしまう。

追いかけてくる者たちは誰なのか?

今回巻き込まれた事件の全容は?

そして、消えないアコーディオンのイメージ・・・・。

サンゴロウは表立っては登場しないが、
ここが確かにサンゴロウシリーズと同じ世界観であるということを
思い出させてくれるシーンも登場する。

温かで幸せでこんな風に交信できたらいいなと思えるもの。

こちらの世界でも、目を閉じて、意識を集中させたら、届くだろうか。

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