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紙の本
日本中世史上に名を残した八人の魅力を斬新な観点から伝える
2006/06/17 23:15
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近、日本史の分野で、人物史がクローズアップされて来ている。この人物史という形式は、戦前「皇国史観」を提唱した歴史家たちによって盛んに書きたてられたこともあり、戦後歴史学では長らく封印されて来た経緯がある。専ら、この分野は小説家によって担われて来たが、やはり人物史は捨てがたい魅力があり、一般読者の中でも、信頼の置ける歴史家たちによる実証的な著作の刊行を望む声が高まってきた。そうした中で、最近刊行が始まったミネルバ書房による大部のシリーズ『日本評伝選』に見られるように、歴史家たちも人物史に手を染めるようになって来た。
本書は中堅の歴史研究者が、あらためて人物史の魅力を一般の読者に伝えるべく、日本中世史上に著しい痕跡を残した八人について論じている。
目次を見ると、源頼朝、足利尊氏、織田信長などのビックネームに混じって、北条重時、九条道家などの一般には馴染の薄い人物が選ばれている。これは、激動する状況の中で真摯に時代と向き合った政治家タイプの武士や貴族に著者の関心が向いているためと思われる。
本書の中の読みどころの一つは、指導者的立場にある武士や貴族たちのうちで先見性に富んだ者が、中世という激動の時代にあって政治的な自覚を高め為政者として成長を遂げていく過程の叙述である。
武士を例にとると、関東武士団は源頼朝のもとに鎌倉に政権を打ち立てたが、当初は御家人の利益擁護集団にしか過ぎなかったが、支配領域を拡大していく中で、その狭い世界から脱して経世済民的な撫民政策を取るまでに政治的な自覚を高めるようになって行ったと著者は述べている。そして、そのような鎌倉幕府が何故滅亡したのかということについて、撫民政策を行うまでに成長した政治姿勢から退却し、当初の御家人擁護政策に立ち戻った政治的な反動性にあるとしている。ここから窺えることは、世の中の動きに逆行する政権は、権力をもってしても、その流れを変えることは出来ずに退場を余儀なくされるという歴史の冷厳な貌である。
本書のもう一つの読みどころは、今まで見過ごされて来た歴史の転回点になった出来事にも著者の目が行き届いていることである。例えば、「足利尊氏」の章では、後醍醐天皇に手酷い敗戦を喫した際に、何故根拠地の坂東ではなくそれほど縁があるとは思えない九州北部に落ち延びたのかということについても注目し明確な答えを提示している。
このような今まで見過ごされて来た出来事に歴史上の転回点を見つけ出し、鮮やかな見解を用意しているところに、著者の歴史家としての優れた資質を認識させられる。
本書は、全般的にくだけた親しみやすい文体で書かれているが、自説を展開するうえで、大御所的な歴史学者の学説でも、理に合わないものは堂々と反駁や批判を加えており、良い意味で極めて硬質な著作となっている。と同時に、運命の岐路に立った歴史上の人物たちがどのように決断をして、時代を切り開いて行ったのかという人物史本来の魅力にも富んでいる。
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