紙の本
言語も幾何学も想像力の餌食だ
2006/09/16 22:55
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
僕にとっては最大のアイドルであるディレイニーの初期中編「ベータ2のバラッド」が訳されたというだけで、もう歓喜の嵐、失神しそう、というわけなのだが、この22歳の時に書かれたナイーブな瑞々しさと、少しだけの老獪さに、相変わらず胸の奥をキュンとくすぐられる。長年に渡る恒星間旅行を終えた宇宙船団に残された1編のバラッド、この謎を解き進むにつれ、閉鎖された小宇宙における言語の変容、そして船団の苦難と喜びの物語が明らかになる。設定自体はありがちなものだが、中性子の砂嵐の過酷さや、新しい生命誕生の喜びのイメージ、そしてそれらを言語として獲得していく探索の過程は、今なお新鮮だ。この小歴史が、(作品における)現代と人類文明に改めて接触する悲喜劇までで、この叙事詩が完結するのだ、と読むのが正しいのだろう、たぶん。
そんなわけで、ニューウェーブ・アンソロジーと題された本書は、まずアメリカン・ニューウェーブとしてディレイニーが冒頭に紹介されるのだが、文学とか運動とかこ難しいこと関係なく、ただの天才じゃないかと思うんですけど。
続いてベイリー「四色問題」奇想の代名詞みたいな人ですが、いつものように突っ走ってます。この幾何学問題の解決こそが、空間的ネットワーク的かつ人類史的なブレイクスルーであるという無茶な論理で、狭く不自由な平面上にうごめく精神達を笑いのめしてます。ニューウェーブ運動で描くべき対象とされたインナースペース自体が、このベイリー宇宙では無数に登場する小道具の一つに過ぎないものとして矮小化されてしまう。ポスト・ニューウェーブなんてもんじゃなく、もはやアンチ・ニューウェーブでしょう。
K.ロバーツ「降誕祭前夜」第三帝国と合体した大英帝国、かつてその同盟国であった日本にとっては、これは空想でない過去の物語と読める。この錯綜が実は一番の愉しみどころのような気がするが、小説スタイルとしてはカンペキ、静かな雪の夜と朝の出来事が、いろいろな事件への感傷を去来させる。
エリスン「プリティ・マギー・マネーアイズ」解説にあるように「週刊プレイボーイ」あたりにこれが載ってたら、たしかにパワー漲る、ギンギンに漲る、サイコーの熱暴走小説。書斎で読む小説とは別の価値基準をズゴンと叩き込まれる。
カウパー「ハートフォード手記」、ウェルズ「時の探検家たち」この2作はニューウェーブにはあまり関係無いが、これらを読むことが出来るのは僥倖。どちらも「タイムマシン」にまつわるストーリーなのだが、「時の」はウェルズ学生時代、「タイムマシン」の8年前の短編で、その萌芽。
編者若島さんの世界、1960、70年代に経験した、最も暴力的に美しかったもの達をすくい取って見せてくれている本。その内宇宙のぐちゃぐちゃこそがニューウェーブなのかも。
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[ 内容 ]
アンソロジーはSFの華。
SFに革命をもたらした“ニュー・ウェーヴSF”の知られざる傑作を若島正が厳選!
ディレイニー幻の初期中篇からベイリーの異色作、エリスンの最高傑作まで、全5篇+1。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
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☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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[ 関連図書 ]
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主にニューウェイブSFの中篇を集めたアンソロジー。表題作になっている「ベータ2のバラッド」を書いているサミュエル・R・ディレイニーの短篇集『ドリフトグラス』を読んで、その才能に驚いたばかりなので同じシリーズ中の本書を手にとった。編者が若島正氏というのも選択の理由だ。英国から始まった運動であることを意識してか、バリントン・J・ベイリー、キース・ロバーツに、リチャード・カウパー、H・G・ウェルズという英国作家が並んでいる。アメリカからはディレイニーともう一人、ハーラン・エリスンが選ばれている。本邦初訳が四篇というから、かなり異色のセレクションということになる。
表題作「ベータ2のバラッド」は謎解き興味を持たせたSF中篇。銀河系人類学を学ぶ学生ジョナニーに与えられた課題は数世紀前に地球を離れた宇宙船団<星の民>で起きた事件である。目的地にたどりつけなかった二隻の船に何が起きたのかを探りレポートにして出せというものだ。ベータ2というのは、難破船の一隻の名で、そこで起きた歴史を歌にしたバラッドが残されている。ジョナニーに課されたのは一次資料に直接当たり完全な分析を行うことだった。航海日誌等の資料を見つけたジョナニーは、そこで緑色の目をした不思議な少年に出会う。
お目当てのディレイニーだが、SFに譚詩という文学的なモチーフを用いている点や、言語に関する言及など、後のディレイニーを予感される卓見や優れたアイデアは散見されるものの、同じ中篇の「エンパイア・スター」と比べると、初期の作品ということもあり若書きの感がぬぐえない。本来ならもっと長い作品となるべき素材を枚数の関係で短く端折った中途半端な仕上がりという印象を持った。
ベイリーの「四色問題」は、数学好きか、もしくはバロウズファン向き。ロバーツの「降誕祭前夜」はいわゆる歴史改変小説で、第二次世界大戦時に英独連合ができていたら、という仮定にたって書かれている。SFに詳しい方ではないので、自信はないが、この二篇が、英国由来のニューウェイブ選という括りにぴたりと当てはまるのかどうか、首をひねってしまった。
掘り出し物と思ったのは、リチャード・カウパーの「ハートフォード手稿」だ。現代青年が、叔母の遺産を相続するにあたり、叔母が甥に遺した古い本をめぐる話である。以前、H・G・ウェルズの『時の探検家たち』は、実話に基づいていたという叔母の話を一笑に付した甥に、時間旅行の可否を判断する決め手として遺した本の中には、その時代には絶対に書くことが不可能な記述が挿入されていた。専門家による鑑定を経て、話者はその内容を逐一書き写し、読者の判断を仰ぐというスタイルだ。
その中身は、タイム・トラベル物のSF。それもかなり古典的な。本家のH・G・ウェルズの『タイムマシン』と比較しても往古の雰囲気漂う逸品。タイムマシンの故障で、想定外の時代に降り立った主人公が修理用の部品調達のために、ペスト禍に見舞われるロンドンを目指す話である。不衛生な当時のロンドンで得体の知れない疫病に市民がどう立ち向かったか、未来から来た人間には、それが如何にまちがった対処法に思えたか。分かっていてもどうしようもない無力感��加え、忍び寄る疫病、とサスペンス溢れるSF小説となっている。
小説のもとになった当のH・G・ウェルズの『時の探検家たち』も収録されている。両方を併せて読むと、なおさら感興が深い。『タイムマシン』を読んでいなかったら、それも参照されるとなお良い。
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編者の若島氏が「ニューウェーブ」を切り口に選んだ、本邦未訳も含むニッチな短編集。収録作はこちら。
「ベータ2のバラッド」サミュエル・R・ディレイニー
「四色問題」バリントン・J・ベイリー
「降誕祭前夜」キース・ロバーツ
「プリティ・マギー・マネーアイズ」ハーラン・エリスン
「ハートフォード手稿」リチャード・カウパー
「時の探検家たち」H・G・ウェルズ
・・・「ニューウェーブ」???(-_-)???
鴨の独断的な印象ですが、これニューウェーブかなぁ・・・という作品の方が多数。
つーか、いくらボーナストラック扱いとはいえ、ニューウェーブを標榜するアンソロジーにH・G・ウェルズって。
といっても、アンソロジーとして面白くないかといえば決してそんなことはなく、ニューウェーブを意識せずに読めば、逆にストレートなSFとして楽しめます。
要は編者の趣味が炸裂したアンソロジー、ということなのではないかとヽ( ´ー`)ノ鴨的にはディレイニーとエリスンが当たり、他はそれなりといった感じ。SF慣れしてないとちょっとキツいと思われますので、玄人向けですね。