紙の本
混ぜるな、危険!
2006/08/15 23:42
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Leon - この投稿者のレビュー一覧を見る
原著を二分冊したその後編。
・卒業生(Postgraduate): ルイス・ケントは今、仕事は順調で円満な家庭も築き幸せを感じているが、ある朝目覚めると15年前そのままの様子の高校の寮にいた。しかし体や容貌は眠りにつく前と同様に32歳のまま。夢だと思いつつ授業には出たものの、微積分の公式などとうに忘れており、体の方も若者相手のフットボールの練習にはついて行けるわけもなく・・・
夢がなかなか覚めないためルイスは妻に電話をするのだが、そこでの会話が予想を裏切ってくれて愉しい。若い頃に戻って人生をやり直すという夢想は他の作品にも見られるモチーフだが、ここでは「悪夢」として描かれている。
・くたびれた天使(Tired Angel): トニーはスーパーで買い物をしている時に偶然知り合った男性と恋に落ちる。しかし、その男はトニーを以前から知っており、出会いも偶然を装った計画的なものだった・・・
偏執的ではあるが冷徹なストーカーによる一人称形式の作品。彼に狙われた女性トニーは、掌の上で踊らされるように彼と恋に落ちて最後にはビルから身投げしてしまう。盲目的でない怜悧なストーカーの語りに背筋が寒くなる。
・我が罪の生(The Life of My Crime): ハリー・ラドクリフは学生時代の知り合いであるゴードン・エプスタインと再会する。25年前、ハリーは冴えない一学生に過ぎなかったが、ゴードンの方は常に注目を浴びる存在だった。しかし、ゴードンが得ていた名声は須らく嘘によって慎重に築かれたもの。大人になったゴードンは、ハリーに対して自分は変わったと言うのだが・・・
嘘で人生を渡り切れるものではないと思うが、少なくとも学生の頃のゴードンは上手くやっていた。死ななきゃ直らないというタイプの虚言癖を持つ彼が、嘘を付けなくなった理由が御伽噺めいていて愉しく、ゴードンのようなタイプの知り合いがいるのであればほくそ笑まずには居られないだろう。
・砂漠の車輪、ぶらんこの月(A Wheel in the Desert、 the Moon on Some Swings): 医者から残り三ヶ月で完全に失明すると宣告を受けたノーマン・バイザーは、カメラを買うことにした。彼は様々なものをフィルムに収めていくのだが、失われる視力を補うような記憶に残る写真が撮れない。試行錯誤の結果、ノーマンは最も良い写真の撮り方を思い付くのだが・・・
ノーマンの思い付きとは、特殊メーキャップ・アーチストと肖像写真の専門家にコンタクトし、今後自分が老いて行くに連れてこのように変わるであろうと思われる容貌を予め撮影しておくというもの。失明後の将来、自分がどのような顔で人と対面することになるのか知っておくというのは良いアイデアに思われるが、結局は視力以上の第六感感の存在に気付くというスピリチュアルな結末に安堵感を得られる。
・黒いカクテル(Black Cocktail): イングラムは、最近の大地震でパートナーを失った彼のことを気遣う妹から、マイケル・ビラという男性を紹介されて付き合い始めた。マイケルは相手を愉しませる話術の才能の持ち主なのだが、ある日マイケルの学生時代の思い出話に登場する同級生のクリントンが、未だ15歳のままの姿で現れ・・・
話は二転三転するものの結末はあっけない。男性と女性は一つの完全な状態が分割されたものとする「赤い糸」の話があるが、本作では人間という存在は5つに分割されて生まれ来るという。性は確かに2種類しかないため魂二分割説には一定の説得力があると思うのだが、本作における「5つ」の根拠めいたものは手足の指の本数ぐらいで真実味が希薄。タイトルの意味に途中で気付くか読後に気付くかで面白さは異なるかも知れない。
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原著では1冊の短編集らしいのですが、翻訳本ではなぜか2冊に分けられてます。その1冊が『パニックの手』 、もう一冊が 『黒いカクテル』
なんというか、独特の世界観。ビックリするのが好きな人におすすめします。ビックリどころか仰天すると思います。でもけっこう薬味というか毒というか、そういうものが強すぎるので、子どもは読まない方が良いかも。
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名前を聞いて気になってはいたものの、何となく手にとりそびれていた作家。表題作を含む9篇からなる中短編集。
気に入ったものもさほどではないものもあったが、全体的に面白く読めた。
殆どの作品が予想もできない方向に展開していき、最後まで読み終えてもよく分からないものもある。
ただ、その「分からなさ」もきっとこの作家の持ち味なんだろうな。
よく分からないのに加え、後味のよくない話が多いので、人は選ぶかもしれない。
私は面白かったので、いずれ長編を読んでみたい。
中でも印象に残った作品にコメントを。
「卒業生」
今でも学生時代を夢に見る人間にとっては、恐ろしい作品。
「くたびれた天使」
最後に「なるほど!」と納得。うまい展開だと思う。
内容そのものは不愉快だし、その不愉快な内容を「語り手」が明るい調子で話しているのが、却って不気味さを増す。
不愉快という言葉と矛盾しているようだが、この作品集で一番好きかもしれない。
「あなたは死者に愛されている」
決して好きなわけではないが、何だか印象に残った作品。
最後まで読み終わっても意味が分からないままで、もやもやしたものが残った。
何でこんなことに?と首を捻りながら注意深く読み返すと、話の途中でおかしくなっているのに気付く。
ただ「おかしい」のが分かるだけで、何故そうなのかなどは説明されない。
作中に出てくるパラシュートの喩え、「追伸」が、たった一言なのに怖かった。
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ジョナサン・キャロルの短編集。
ダークファンタジーの本領発揮って感じです。
「パニックの手」と本当は合わせて1冊なんだそうで。前後で分けてしまったのか、中身を選んで分けたのか、知りようがないけど、分けて成功してます。
つまり、「黒いカクテル」の方が、ダークでファンタジー。(「パニックの手」は比較すれば、SF的で文学的だ)
今回の解説は、桜庭一樹氏で「ほんとうにあぶない本は最初の一行でわかる、と思う」と述べてますが、も、その通りです。最初の一行の濃縮っぷりがすごい。読んだ瞬間に別次元に飛ばされる感じ。
うん、キャロルはこの異空間にむりやり放り込まれる、この感覚がくせになるんだろう。
ああ、おもしろかった。
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ダーク・ファンタジーとは謳っているものの、実際のところ「どうも妙な話」という感じ。それでいてあの“奇妙な味”でもない……何となく作者から放り出されるような気分になる。それが味といえば味か。
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こちらは、いわゆるホラーというか、ダークファンタジーなんですけど、これがまたスゴイ作家さんなんですよ。今作の帯にいい文言が載っていたので転載してみます。「人間同士の絆に潜む、邪悪な真実。『ほんとうにあぶない本は、最初の一行でわかる、と思う」—桜庭一樹。奇才作家の傑作短編集。」
基本的にドライな筆致で、一見ホラーっぽくないのです。でも読み進めると、いきなり心臓を一突きされるような衝撃が。血が凍ります。
年に一作以下の寡作な方ですけど、書店でお見かけの際は是非。長編もものすごく面白いです。「我らが影の声」なんて最高でした。
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「パニックの手」に比べると、文章が散漫で少し物足りなかったかなぁ。
でも、どのお話もブラックで悪意に満ちていて。
あぁ、ジョナサン・キャロルのこういう所が好きなんだと実感します。
特に気に入っているのは「いっときの喝」。
家に心が宿ってしまうお話。ちょっぴり悲しいファンタジーです。
32歳の記憶を持ったまま学生時代に戻る夢を見る「卒業生」も良い。
最後のオチがブラックで秀逸ですね!
病気の息子のために物語を書く父親のお話「フローリアン」。
しかしその息子が死んでしまい…これも最後のどんでん返しが好き。
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ん~、どこに着地するのかわからない。そういう意味では面白い作品集ではあります。
それと個人的に、著者自身もそうなのかもしれないけど、学生時代はいわゆる陽の当たらない存在だったのかなと感じさせる部分が(登場人物の回想場面を読んでたりすると)多々あり、それは同じだったので(笑、ものすごく共感した。
学生時代、スポットライト浴びてる人たちっていたよね。それをまぶしく見ていた自分は、この作品集での主人公たちの気持ちに入り込みやすかった。
ただ、本当に話は思わぬ回転(どんでん返しとは違う)を繰り返した後、着地する…どころか…そんなところへ行っちゃうの?という話ばかりです。
だから合理的解決を求めて読みはじめると肩透かしをくらいます。私自身はそういう話は苦手なので、でも上記の学生時代の回想とかにモロ共感したので☆3つとしました。