紙の本
今年一番の収穫といえる書
2006/10/31 23:18
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
バルセロナの少年ダニエルは、古書店を営む父と二人暮らし。ある日、「忘れられた本の墓場」と称する場所に案内され、そこでフリアン・カラックスという作家の書「風の影」を見つける。この作家の作品を他にも読みたくなったダニエルだが、調べるうちに彼の作品がすべて市場から姿を消してしまっていることを知る。やがて彼を、見知らぬ影につきまとい、「風の影」を手放すようにと迫るのだが…。
今年一番の収穫ともいえる書です。ミステリーでもあり、冒険小説でもあり、そして恋愛小説でもあり、と様々な要素を見事に融合させた物語ですが、それでいてこの「風の影」は単なるエンターテインメント小説に終わることはありません。少年が大人へと成長する過程をたくましく描く教養小説ならではの、実にすがすがしくも懐かしい読後感を与えてくれます。
フリアンの小説をこの世から抹殺せんとするその謎の背景に、ある人物の、運命と呼ぶにはあまりにも痛ましく哀しい過去があることが描かれます。その人物の、この世の森羅万象を激しく憎み、生きることそのものを忌み嫌う、苛烈な厭世観が置かれているのです。
しかし他方で、ダニエルの人生によって打ち出されるのは、人生はそれでも生きるに値するものであるという力強い信念です。ダニエル自身も、最初は迷いや焦りを山ほど抱えた、人生のとば口に立ったばかりの少年として登場します。その彼が「その人物」の人生を期せずしてなぞりながら、生きることの意味を勝ち得ていく姿に、心打たれざるをえません。
上下巻あわせて800ページを超える大部の書ですが、その厚みを感じさせないのは作者サフォンのストーリーテリングの見事さとあわせて、翻訳者・木村裕美氏の大変優れた技能に負うところが大きいでしょう。
書を読む愉悦にどっぷりと浸ることのできた一冊です。
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そして1954年。19歳になったダニエルは、親友トマスの妹ベアトリスと恋に落ちる。許婚のいるベアトリスとの道ならぬ恋が燃え上がる一方、フリアン・カラックスの謎に満ちた生涯も、少しづつベールが剥ぎ取られていく。意外な人物から語られる、フリアン・カラックスの劇的な生涯。そして、カラックスの人生に深く関わっているもう一人の人物、刑事部長フメロは、カラックスの死亡に疑いを抱いており、カラックスの人生を探るダニエルに付きまとう。
ダニエルの心強い見方フェルミンもまた、その過去においてフメロと浅からぬ因縁があった。ダニエル父子のささやかな古書店が治安警察の暴威に晒される。
カラックスの生涯が明らかになるにつれ、ダニエルはそれと知らぬうちに、自身の人生がフリアン・カラックスの人生をなぞっていることに気が付く。フリアン・カラックスとは何者なのか?カラックスの存在を抹消しようとする男は何者なのか?フメロとカラックスにはどんな繋がりがあったのか?そして、ダニエルの運命は!?
ストーリーそのものは通俗的であるし、カラックスの秘密が明かされる手法も、あまり褒められたやり方ではない。だが、カラックスとダニエルの人生がシンクロしていく運命の妙を味わわせる構成力は見事なものがある。時代も境遇も全く異なるダニエルとカラックスが、二重螺旋のように一つの結末に向かっていく。その運命を手繰るのが、悪玉のフメロである事がなんとも上手いのだな。
読み進めていけば、オチは大体読めてしまうのだが、それでもなお、ラストのカタルシスは堪えられない。卓抜した構成力に加え、カラクター造詣をじつに丁寧に緻密に行っているからだ。特に、悪玉フメロの憎憎しさのディテールと運命論的な壁の役割に対し、実に生き生きと軽妙に、生の謳歌を歌い続ける道化のフェルミンの存在が素晴らしい。ダニエルより遥かに年上でありながら、親愛と忠誠を尽くす友人にして従者という立ち居地は、実にクラシックである。だが、その行動原理のプリミティブさ、つまり人間が本能的に持つ善性がるからこそ、陰惨な運命論的物語を大団円に軌道修正するある種の力技を、素直に感動に結びつけるのである。
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作家の境遇と主人公の境遇がダブって、物覚えが悪い私としては混乱してしまうこともしばしば。下巻になって、ある重要人物の手記によって大半のことが明らかになりますが、そんなことならもっと早くから手記を読ませろという感じがしないでもないです。でもそれで話が見えてきて俄然おもしろくなったのでよしとします。主人公ダニエルの影が作家フリアンなのか、フリアンの影がダニエルなのか。いずれにせよダニエルがそれほど惹かれたフリアンの小説を読んでみたいものです。
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本は鏡。自分以上の物は見出せない。
でも自分も気づかずにいる自分を引っ張り出すことは出来るかもしれない。
一気に読了(061220)
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最後まで飽きさせずに、ぐいぐいと読むことができました。主人公ダニエルとフリアン・カラックスの人生が交錯する・・・。これはダニエルの少年から青年へと成長する軌跡と共に、フリアン・カラックスの作家としての再生をも描いていて、本当に趣深い小説でした。この作家さんは「失われた本の墓場」の登場する四部作を書いているそうなので、それも日本発売されるのが楽しみ。
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翻訳がうまいのか原作がとてもしっかりしているのか、抵抗なく読めます。
ラスト近くはとても切なく、泣きそうになりますが、ホントの最後はふんわり暖かい気分にしてくれて、何度も読みたい本の一つになりました
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下巻は上巻と違い、一気に話がすすむものの、時間の移りは少ない。
その分、上巻の内容が頭に入ってないと、読み辛い・・・
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知人のスペイン語大学教授に聞いた話では、スペインでは未だに日本ほどの識字率がないため田舎に行くと本屋が見つからないほど、と言っていたけれど、その本国でも大ベストセラーだという画期的な作品。何度も読み返してみたくなる。
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上下巻でダニエルの成長の過程が分かり、だんだんフリアンの真実も明らかに。フメルとの過去やミケルとの関わりも分かり、結末へと向かっていく。
話が進めば進むほど、現在のダニエルと過去の中にいたはずのフリアンが一つになっていくようで、フリアンのようにダニエルもなるんじゃないかドキドキしながら読んじゃった。
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17になった少年ダニエルは、フリアン・カラックスの真実に迫ろうとします。カラックスの著作を全て葬り去ろうとする謎の人物、ダニエルを脅す悪名高い刑事。幼馴染みへの恋に気づいたダニエル自身の人生と運命の本には不思議な暗号が…?面白いです!
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フリアン・カラックス、ペネロペ、ミケル・モリネール
みんな切ない・・・
ひとつの掛け違いが、人生を変えてしまう。
人生のうちで本当に愛せる人はひとりだけなのかも・・と思わせる。
謎解きをするダニエルの人生も絡み合って・・
上巻の伏線が下巻で明らかに。
いや面白かったです。
多くを語るより、まず読んで感じて欲しい。
本好きにお勧め。
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下巻は話の展開が早くなって、息もつかせずエンディングに突入する。上巻に登場した人物たちを巡る謎が、次々と明らかに!20世紀前半にスペインであった内戦の様子が垣間見えてくる。
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幼馴染の妹・ベアトリスと恋人同士になったダニエル。二人の秘密の愛はフリアンの悲しい恋愛を、時を越えて鏡に映したかのように似ていて、ダニエルとフリアンの不思議な繫がりを暗示しているかのようです。また、過去が少しずつ明かされ、謎が謎を呼びながらも徐々に真実へと近づいていきます。それと同時に身の危険もどんどん増して・・・スリリングなミステリーです。
悲しいく残酷だけれども、とても人間味のある再生の物語のような気がします。
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交差し、やがて平行するような2つの人生。暗雲の展開に徐々に光が差し始め、美しいエンディングへと導かれる……文句なしに素晴らしい作品でした。書物を愛する者たちへの、確かなる永遠が、ここにあるのだと思えました。
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ああ面白かった。
いつまでも読んでいたい、久しぶりにそんな本に出会えた。
もしも本好きなら、そしてこれを読んでいないのなら、今読んでいるのを置いてでも、これを読みましょう。誰かにお薦めの本はと聞かれたら、今ならそんな風に答えそう。