紙の本
米原流の源流に触れる紀行
2011/12/21 12:43
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Vitaたま木天蓼 - この投稿者のレビュー一覧を見る
●江戸時代に伊勢の白子(三重県鈴鹿市)を出港した回船が嵐に遭いアリューシャン列島に漂着、やがてシベリアを横断し遂にはロシアの首都ペテルブルグでエカテリーナ女帝に謁見した大黒屋光太夫。その足跡を辿ってTBS開局30周年記念番組「シベリア大紀行」(レポーター椎名誠)取材班に女性ではただ一人の著者が参加し、2ヶ月間に亘り通訳として同行。その時の記録を帰国後『毎日小学生新聞』に連載。後に一書に成ったもの(現代書館1986年刊)の復刊。世にいう「米原万里のまぼろしの処女作」。と書くと本書が通訳業から作家への転身を図った第1作だと誤解されそうだが、この旅の前々年は父親が死去、帰国した1985年はゴルバチョフ書記長誕生に始まる激動のソ連情勢中、「通訳業でやっていこう」と決心しその激務ぶりは「過労死するほど働いた」と述懐するほど。さらに共産党員権を停止され査問の日々、と米原にとっても心身ともに激動の時期だった。
●「当時冷戦下のソ連にあったヤクート自治共和国(現サハ共和国)は世界一寒い国として知られている」というが、この番組を見たり、この原著を読んでいなければ、現在の大人でも「酷寒」の実態はどんなもので、そこに暮らす人々の文化生活がいかなるかを知っている人は少ないのでは。「米原万里本」でなければ興味を持たなかったかもしれない。事前に耐寒シミュレーションを日本で行ったものが、現地では簡単に裏切られるという想像に絶する事象の数々が紹介される。現に連載時の原稿ゲラに添えられる挿絵自体が現地ではありえない日本側の<思い込み常識>の誤ったものであり慌てさせられるものだったらしい。
●全5章中の第1章から4章までは小学生用に書かれたものだから、<ですます調>で語りかけていて読みやすいので見過ごされそうだが、その内容は地理・歴史・気象・物理・言語・文化・食べ物・人間生活と<社会科教科書的内容>を意図した多面的なものになっていて、参考書を推薦して読書を誘う口調など、面白く読める工夫がされていて各文章文末には軽いオチ・抒情余韻の感覚が出ている。実に用意周到だ。
●<処女作にその作家の後が既に内包されている>式の陳腐なテーゼをまたぞろ援用するのも愚かなるは百も承知で述べると、やはりここには後の米原流の萌芽が見てとれる。例えば現地のTV局員コーディネターが言う――悪態はロシア語でつく。
「ヤクート人はけんかをする時、ロシア語でやるんです」「ヤクート語には罵りことばや悪たれがほとんど無いんです」
ここには米原の言語観の一端「言葉に美醜なく貴賎なし(『ヒトのオスは終生飼わず』)」、あるいは「罵り言葉考(『不実な美女か貞淑な醜女か』)」に語られている言葉の使命感=整った美しさでなくその場の状況を的確に言い表せること――の文字通り現場の実例が語られている。<狩猟民族ヤクート人>から日本人が予断する好戦的イメージを否定し、物腰の柔らかい民族性に触れ、その神話伝説まで読み解いて「歴戦の記録も武勇伝も無い」と述べる。常に事前に入念な下調べをし国際政治の要人間の同時通訳という一瞬の気も抜けない修羅場を潜り抜けてきた米原にとっては聴き捨てならぬ印象に残るエピソードだったのだろう。まさにこのエピソードでもってヤクート人の置かれた歴史的文化状況や国民性を如実に物語っている。
●あるいは、さすがに小学生向けに書かれたものだから、以降の米原独擅場下ネタは出てこないものの、現地のトイレ事情だとか酷寒での放尿シーンの撮影が科学的アプローチ、だとかには既にそれが臭っている。あるいはゴアテックス素材の防寒着シリーズの名前に関する結末のオチ。これなども他者発話の風を装っているが、おそらくは米原の創作臭い。
●極寒中では金属に皮膚が触れると瞬時にくっつき危険だとある。ファインダーを覗くのに目玉が触れるのは御法度、それでも触れた睫毛が凍って折れるほど。その危険を冒しながら撮影した山本皓一のカメラも素晴らしい。キャプションを読むとその酷寒の壮絶さも理解できる。日本食は食べたし、されどホテルの厨房は借りられず。窮余の一策の仮設キッチン(!)で料理する凍傷一歩手前の顔の米原のしなやかさ、タフネスを写したものなど最高。
●再編集版の本書の依頼があった時、もう一度現地を訪れたうえで加筆版を出したい、と米原は語ったとか。最早それも叶わず、米原にとっても読者にとっても「加筆版」は未刊のまま<まぼろし>となった。
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米原万里が子供向けに綴った
寒極ヤクートの乾燥して氷に覆われたマイナス50℃の世界。
大黒屋光太夫の移動した道のりを追う。
永久凍土の上にどしんと構える
世界一寒いこの場所では
あまりの寒さに摩擦で氷が解けないために、
車のチェーンが不要だったり、
釣りをしていると釣り糸が凍ってくるという。
乾燥した地域なので、
洗濯物は外に干すと水分が氷になるため、
バラバラと氷を落とせばいい。
春になり暖かくなるとやっとスキーをして
楽しむことができるそうだ。
興味を引かれたのがヤクーツクの人々は
チュルク語系の人々で、
こんなに寒いところで暮らすのに
常夏の国でこそありそうなことわざが
残っているということ。
ののしり言葉をもたないという
徹底して争いを嫌う民族は常夏の国を追われて
世界一寒い場所まで流れ着いたのだ。
ただきれいな写真と感動的な表現だけじゃなくて
こういう話が盛り込まれているところが
「癒し」を謳う作品との違いだろう。
満足。
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25年前のシベリア紀行。著者30代。子供向けに文章が易しく書かれていることもあるが、周囲に向けるまなざしがさらに優しい。
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写真がきれい。著者もきれい。子供向けの解説文ぽいところもあるが、人の適応能力の高さと未知の生活に胸躍った。夏場に旅行することはあっても、おそらく冬場に行く機会はなさそうだから。。。。
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200年以上も前にシベリアの地に足を踏み入れた日本人の軌跡をたどるため、TBSの取材クルーに同行した若かりし米原万里が、その土地の美味しいものやそこがどれだけ寒いのかを綴ったもの。ちなみに、この旅には椎名誠も同行していたらしい。
この人は、本当に、読んでいる人にものの魅力を伝えるのがうまい。特に食べ物。食べたことのないものであっても、読んでいるだけではっきりと頭に想像することが出来るような書き方なので、いつもそれを食べにその国に行ってみたいと思う。
食べ物は抜きにしても、私は暑いのは勘弁だけど、極寒の地はイケそうな気がするし、行ってみたい。いつか、シベリア鉄道に乗って。
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"米原万理が1984年TBSテレビの「シベリア大紀行」に通訳として女性でただ一人加わり、世界で一番気温の低いヤクツークを65日間旅した時の話。
かたむいた家が多いのは永久凍土地帯から地盤が凍る為に土台がねじれるらしい、この事はシーナの写真集でも書いてあったようだ。
まつ毛も凍るマイナス50度C、ちょっと暖かいマイナス30度Cの何かを見つめる万理さんの綺麗な顔。
残念ながら2006年に56歳で亡くなられたが、あとがきにシーナさんが 「なにしろとにかくすべてに日本人離れした才覚と美貌と思慮の深さをもち、抜群にタフであった。この本は、彗星のように強烈に輝きながら私達を魅了し、おののかせ、あっという間に銀河の彼方に去っていった万理さんの、まず最初の輝きだったのだな、と今この本を読み返して思うのである」 と絶賛している。"
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マイナス50℃なんて想像もつかない気温だがコレを読むとなんとなく いいところ のような気になってしまうのが不思議だ米原さんは どんな情況の時でも笑いを拾うのがうまいな〜あとがきにかえて妹ユリさんが書いている むずかしいことをわかりやすく書く そのために徹底して調べる この二つは姉のその後の作品すべてに通じる 作家としての基本姿勢でありました本当に米原さんは誠実に執筆されていたのだなぁ
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美しい。圧倒的な、うっとりするような美しい写真がいくつも掲載されている。
1984年にTBSが酷寒のシベリアを横断する際に、通訳として同行した万里さんの解説。シベリア、特にヤクート共和国の生活がよくわかる。
やっぱり万里さんの文章って簡潔明快で読んでいて気持ちいい。
最後に椎名誠がこの本を出すにあたって文章を寄せている。そのシベリア横断に同行していたそうだ。たった見開き2ページの文章なのに、クスッと笑い、ホロリとさせられた。久しぶりに椎名誠の真骨頂をみたきもする。
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想像もつかないマイナス50℃の世界を、とてもシンプルにわかりやすく描いている。彼女が幼少のころの友人を捜しルーマニアを訪れた際のドキュメントを思い出した。
NHKで現在フローズンプラネットを連続放送しており視聴しているので、なんとなく最近は「凍り」な気分ww
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学生の頃に椎名誠が大黒屋光太夫の軌跡を辿るTV企画でシベリアを横断した時のことを著した「シベリア追跡」は読んでいたけど、米原さんが通訳で取材班に同行していたとは知らなかった。この書籍は絶版だったけど、米原さんの処女作として再出版。シベリア...いつかは行って見たい!
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小中学生くらいの子供さんでも気軽に読めそうな本です。ヤクート人という、なかなか日本人には馴染みのない人々の生活を、丁寧に分かりやすく書いてあります。馴染みのなさそうな国の話なのに、自然と興味を覚えるような流れの文章に惹かれます。
年中寒いのに、ソリ遊びや雪合戦はほとんどできない。プラスチックなどの石油製品は通用しない。思い込みを覆す数々の事実に驚かされます。
旅の本であると共に、地理、科学、民俗学、文学、いろんな学問のエスプリが詰まった、博物学的な本でもあると感じます。写真も幻想的なものから生活感のあるものまで、変化に富んでいます。
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恥ずかしながら、サハ共和国の存在すら知らなかった。
ロシアの奥深さに気付かせてくれた一冊。米原万里さんのデビュー作。ファンとして必読。
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「マイナス50℃の世界」ソ連・ヤクート自治共和国(現サハ共和国)の取材体験を写真と文でまとめた1冊。
元々子ども向けに書かれたものらしく、言葉もやさしい。大人には少々物足りない感もあるか・・・。
マイナス20℃や30℃は、「今日は暖かい」と言うそうな。
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美しいマイナス50°Cの世界の写真、その表現力あふれる文章やいつもユーモアを忘れない著者。ホテルの厨房の使用を懇願するが衛生面で断られ、ホテルのバスルームで天ぷらを揚げている姿が衝撃!お腹が、空いたスタッフたちがいまか、いまかと待ち望んでいる姿が目に浮かぶようで可笑しかった。
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無知の自分でも名前の記憶がある。
写真が多かったとはいえ、筆者の多能さが溢れてる。
面白かった。生命力が横溢してる感じがするのに、50歳代で癌で命を失うとか、本当に先のことは分からない。