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けものたち・死者の時 みんなのレビュー
- ピエール・ガスカール (作), 渡辺 一夫 (訳), 佐藤 朔 (訳), 二宮 敬 (訳)
- 税込価格:946円(8pt)
- 出版社:岩波書店
- 発売日:2007/09/14
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文庫
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紙の本
ぬめぬめ化する世界
2010/04/05 13:17
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
何か生き物の手触りというのはぬるぬるしたり、ざらざらしたり、ふかふかしたりとかあるだろうが、工業文明下にいる我々にとってはある種の非日常体験であろうと思う。それが強い印象を持つのは、他者の存在というものを否応無しに体感させるからであり、それは自己というものを再発見するショートカットとして機能しているのではないかと。
連作短篇「けものたち」では、空襲下にある騎馬用の牧場、肉屋に奉公する少年、サーカスの動物小屋の隣にある捕虜収容所、地下水路の巨大鼠退治、古いアパルトマンに居着いている猫、といったシチュエーションで、生き物たちの感触が描かれる。触った感触、鳴き声、形や動き、行動様式、いずれも都市社会に生きている中では異質なものだが、登場人物の生活はある瞬間にそれらの感触に埋め尽くされてしまう。それは他者の発見というよりも圧倒的で、むしろ「世界」の発見とさえ言えるかもしれない。ただ多くの者はその重大さを意識すること無く、世界の深さの中に沈んでいく。
「彼誰時」は、ドイツ軍の軍用犬の訓練で、防具を付けてその標的になる兵士が描かれる。しかしその犬との闘争は、ドイツ軍兵士としての彼にとっては必死の行為だ。その相手は犬であるだけでなく、ナチスそのものでもあり、世界そのものを意味するからだ。
「死者の時」は、やはり捕虜収容所にいて墓掘りの使役をさせられている者たち。そこに埋められる死者は、彼らの同僚であり未来の自分である。やはり彼らにとって敵軍(ナチス)の暴力が世界そのものであり、死者たちが唯一の親しい者である。埋葬された死者、あるいは葬られもせずに朽ちた死体、近くを通る線路を貨車に詰め込まれて運ばれる人々。それらに四方を囲まれて暮らしながら、なお掻き立てられる生の意欲はどこから来るのか。
これらの作品からは大江健三郎の初期作品を連想した。文体に影響を与えたということらしい。題材や視点の選び方、動物や死体といったとびきりの他者の感触に、素知らぬ振りをしながら集中していくような意識が次第に強調されていくような効果を感じる。少年ならば世界の圧力に悲鳴を上げるが、でなければ個人の中に沈滞していき、陰鬱な時代を形作っていく。作者自身がその一人であった自覚を元に、世界が動いていった軌跡を写し出そうとしているかのように見える。
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