紙の本
陳舜臣、珠玉の短編3話
2008/12/14 21:30
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ドン・キホーテ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、陳舜臣がこれまでに書いてきた傑作短編を集めたものである。収録されているのは、『青玉獅子香炉』、『永臨侍郎橋』、そしてタイトルにもなっている『炎に絵を』の三編である。陳舜臣といえば、中国の古典を軸にした歴史文学などで知られているのだが、もう一つの側面は推理小説のジャンルでその才能が発揮してきた作家であるといってよい。
それが証拠に江戸川乱歩賞、推理作家協会賞などを受賞している。賞といえば、本書に収められている『青玉獅子香炉』は直木賞を受賞している。
前二作はすでに読んでいたので、覚えがあったが、ずいぶん昔のことなので細部は忘れていた。これらの作品によって私は陳舜臣のファンになったといっても過言ではない。ジャンルでいえば、推理小説に入るのだろうが、露骨に殺人事件の捜査であるとか、警察や探偵が出てくるという設定ではない。
加えて、本編はいずれも中国人が絡み、舞台も中国であったり、作者の居住地である神戸であったり、変化に富んでいる。しかも随分時代を遡る。
青玉獅子香炉は、翡翠や玉の彫刻職人のストーリーであるが、こういう職業が今はもうほとんど見られないので、時代に合った舞台仕立てとは言い難いが、想像はつく。北京や台北の故宮院に行けば、極上品が鑑賞できるようだ。よくテレビのドキュメントなどで戦時中の戦火を逃れるために、中国奥地を彷徨したこれら宝物を紹介することがある。
まさにそれを小説にしたものであるが、このような歴史の一幕に隠されたところで、主人公自身が彫った玉に対する執着に焦点を当てたのが、本篇である。モデルがあるのか、ないのか分からないが、あってもおかしくはないと思わせるところが、時代設定の妙であろうか。
永臨侍郎橋はもっと人間同士の葛藤を描いたものである。殺人があった時代からはるか後年になってようやく真相が明らかになり、加えて意外な事実も発覚する点が面白いところで、思わず引き込まれてしまう。この筋立てが陳舜臣の真骨頂であると私は思う。
タイトルにもなっている『炎に絵を』は、神戸が舞台になっているが、戦中のどさくさで血縁関係が不明であったものが、戦後の復興の中で明らかになった。魅かれる兄嫁の依頼で調べる過程で真実が判明し、意外な人物がその黒幕であったことが露呈する。
たしかに殺人事件が発生するのだが、犯人探しも探偵ものとは異なり、主人公自らが昔の手紙などから解き明かすという時代を反映したものになっている。殺人という手段はストーリーから殺された人物を除外するという意味が強く、そういう点では、ストーリー・テラーとしての陳舜臣を見る思いであった。
本書以外にも推理小説はまだ多かったはずなので、ぜひ復刊させてほしいものである。
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2009/01/17読了。
短編が二つ、長編が一つおさめられている本作。
ミステリ作家陳舜臣を一冊で三回も楽しめるという太っ腹な本である。
どの小説もミステリであるのだが、その背後にある歴史感覚の鋭敏さは陳舜臣ならでは。
ひとつひとつが、時代性に確乎と根ざしてあらわれて出でた事件なのである。
表題作となっている「炎に絵を」は、深読みしすぎかもしれないが、歴史とそれを記す側の改ざんという問題すら含んでいるように思う。
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短編2編、長編1篇の贅沢な1冊です。
【青玉獅子香炉】直木賞受賞作。ミステリーではない、かな。異常なまでに香炉にとりつかれた男の一生。中国が舞台で世はまさに革命時代。歴史の流れに巻き込まれる主人公が、そんな人々の熱気などどこ吹く風と病的なまでに香炉に固執する姿が激動の時代と対比していておもしろいです。
【永臨侍郎橋】短編。これはストレートなミステリー。トリックは派手でおもしろいです。事件を引きずり続けた男が迎える決着と手に入れる強さというのが印象的です。
【炎に絵を】長編。父の汚名を晴らそうと過去を調査する主人公に次々と襲い掛かる事件。産業スパイやら怪しい人々がどんどん出てくるし、不可解な事件がどうつながってくるのか分かりません。物語の方向性を過去の父親の事件に向けておきながら、思わぬ方向に畳み掛けるラストの収束がすごい。
そして最後の最後にサプライズ。寒気のするような「炎に絵を」の真相とその伏線が素晴らしかったです。
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亡き父の汚名をそそぐ為50年前の真相を探っていくミステリー。いろいろとどんでん返しが最後まであって、ドキドキしながらミステリーを楽しんだ。私は陳舜臣の歴史小説しかこれまで読んだことがなくミステリーの著書も沢山あるとは不覚にも知らなかった。他にもまた読んでみたい☆
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『枯れ草の根』『青玉獅子香炉』『玉嶺よふたたび』『孔雀の道』とたて続けに読んでから、もう30年近く経つだろうか。どの作品も中国色を纏った、心躍るミステリー・ロマン小説だった。
中でも特に『玉嶺よふたたび』は、作品が持つ雰囲気に飲み込まれ、大のお気に入り作品になった。それで久しぶりに再読しようと探していたら、たまたまこの文庫本を見つけた。
2008年10月25日発行と新しい文庫本で、3作品収録のベストセレクション。
3作品は『青玉獅子香炉』『永臨侍郎橋』『炎に絵を』である。中編、短編、長編と収められている。
『青玉獅子香炉』は直木賞受賞作。玉器彫りの職人魂を、中華民国誕生期にからめて描いた傑作。玉器彫り職人である主人公が昇華した、結末の余韻の素晴らしさに心打たれた。
『永臨侍郎橋』は本格推理小説の佳作。
『炎に絵を』はなんといったらいいのだろう。私のボキャブラリーでは言い表せないほどの大傑作だ。
本書のあとがき「鑑賞」に、叙述トリックで有名なミステリー作家・折原一さんが書いている。「『炎に絵を』は陳舜臣を代表する作品ではないが、間違いなく戦後の日本ミステリー史に名を刻む傑作である」「溜息が出るほどの傑作。最初のほうに伏線あり。注意して読むべし」その通りだと思った。時代背景や話し言葉などに若干の違和感はある。40年以上前の作品であるから仕方ない。しかし、たとえ40年経とうと、緻密に、巧妙に組み上げられたトリックは、そんな違和感など些細なものにしてしまう。新鮮にさえ思える驚きを与えてくれた。
次は『玉嶺よふたたび』を再読しよう。
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40年以上前の作品で、且つ過去(1910年代)を探る話なので多少の古臭さを感じますが、古典特有の読み辛さはありません。
主人公はたまたま転勤した神戸で捜索を始めるのですが、神戸への転勤や真相を突き止めるきっかけは明らかな偶然ですので少々ご都合的です。しかし、二重三重のどんでん返しと伏線の回収が秀逸で、非常に読み応えのある小説だと思います。
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表題作は、二枚の白紙に……のところがもっと鮮やかになると好み。香炉はつくるところもあるとよかったかも?
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陳舜臣さんは、私の住んでいる神戸市出身で最も有名な作家の一人だが、初めて作品を読んだ。読みやすく、落ち着いた文体、重厚なストーリー展開で、引き込まれる内容であった。
「炎に絵を」は意表を突く真相が明るみになる名作、他の2作品も読み応えがあった。
「青玉獅子香炉」
自作の青玉獅子香炉に惚れ込んだ李同源が、後に博物館職員となり、戦火を逃れるために、青玉獅子香炉を含む文物とともに中国各地を移動する話で、自作品に憑かれた男の姿が描かれている。主人公は17年ぶりに青玉獅子香炉に再会できることになったが、その際に判明した意外な事実、ラストで見せる同源の意外な態度が見所。
「永臨侍郎橋」
戦時中の慰問劇団で起こった殺人事件。状況をうまく使った特殊な殺人トリック、事件回想者にとって意外な最後の出来事はなかなか。
「炎に絵を」
兄夫婦からの依頼により、転勤先の神戸で過去の祖父の汚名を晴らすための調査を始める主人公。鍵を握る人物の呉練海の足取りを調査する過程は読み応えがあり、複雑で巧緻な企みが明らかになる真相、主人公が真相を知る経緯、殺人事件の動機なども面白い。一つひとつのピースがきれいに嵌まっていくストーリー展開も絶妙。主人公がムーンシャインの原液の保管を依頼されたことも、事件をより複雑に見せる効果を発揮している。
真相を見抜くには、物語の最後の方で主人公が住職から聞いた話が必要なので、本格ミステリーではない。また、企みの内容が面倒な割には確実性に乏しいとは感じた。