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コンスタンティノープルの陥落 改版 みんなのレビュー

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みんなの評価4.2

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117 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

同じ読むならステファン・ツヴァイクを読みましょう

2009/08/28 21:05

14人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

私は塩野七生の政治評論、政治家評が好きだ。ブレア英国首相をセクシーだと絶賛し、日本の小泉首相の指導力を正当に高く評価している。これだけで私は塩野氏が好きになってしまうのである。

しかし、彼女が書いたイタリア物はヴェネチア共和国の一千年の歴史を描いた「海の都の物語」を数少ない例外として、どれもこれもイタダケナイものばかりのような気がする。ひとつには彼女があまりにもローマ帝国に魅せられ、ローマ人に肩入れしすぎていることにその原因があろう。本書もその例に漏れず、ローマ=文明=善、オスマントルコ=野蛮=悪という単純な二元論二分法で貫かれ、千年帝国の都コンスタンティノープルを攻め落としたオスマン帝国の若き天才メフメト二世の数々の軍事的天才、功績をほとんどスルーしている。幸いにして私はステファン・ツヴァイク著『人類の星の時間』所収の「ビザンツの都を奪い取る」を読んでいたので、コンスタンティノープルの攻防をめぐる数々の軍事的ドラマを知っていた。そのさわりを諸君にも紹介する。如何に塩野描くローマ人中心のメロドラマと違うかを多少なりとも味わっていただけたら幸いである。

小アジアの端の宮殿で生まれたメフメト二世は幼少期からギリシャ語から翻訳されたカエサルやアレクサンダー大王の伝記を読みふけり、いつの日か自分も正史に名を残す英雄となることを夢見だす。そしてやがてアジアと欧州の間にまたがるビザンティン帝国の都コンスタンティノープルを攻め落とすことを夢見るようになる。幼少期から彼はコンスタンティノープルの地図、地形図、地下水脈図を取り寄せては読みふけり、作戦の構想を練り始める。父の死を知ったメフメト二世は配下の者たちを四方に放ち兄弟親戚をすべて殺す。相続権を確実なものとし、オスマン帝国の次期皇帝としてビザンティン帝国首都攻略に乗り出すためである。

数十万の大軍を率いて小アジア半島を次々と征服し、ついに首都の城門付近に到達したオスマンの大軍。これをおそるおそる城壁の上から眺めるビザンティンの市民。彼らの見ている目の前に、やがて白馬にまたがったメフメト二世が現れる。静かに馬を下りた若き皇帝は、やがてメッカの方向を向いてひざまずきアラーの神に向かって祈りを捧げ始める。すると彼の後ろに控える数十万の軍勢も一斉に跪き祈りを始める。夜が近づくとオスマンの軍勢は城壁の周囲にテントを張り野営をはじめる。そこから流れ始める異教徒の音楽。タンバリンや弦楽器が奏でる今まで聴いたことの無い戦慄にやがてくる運命を予感するビザンツの市民たち。

キリスト教文明の聖地が危機に晒されているとしてローマカトリック教会に援軍を要請するビザンティン皇帝。これに応えるローマ教皇。ビザンティン救済のために集散するカトリック連合軍。しかし、すんでのところで正教会が上位かカトリックが上位かについての宗教論争が勃発し、怒ったローマ教皇は救援軍引き揚げを命令。孤立が深まる中で絶望に打ちひしがれる市民たち。

鎖で封鎖された難攻不落の金角湾入り口を回避して一夜にしてオスマンの大艦隊を山越えさせて湾の内側にもぐりこませた「オスマン艦隊丘を行く」という着想の妙。私はイスタンブールの軍事博物館に展示されている金角湾封鎖の鎖の実物をこの目で見、触ってきた。ハンガリーの大砲師ウルバンに製造させた青銅製の巨大砲の実物もみた。メフメト二世は当事としては画期的だったこの巨砲をテオドシウス三重の壁に向かって連日連夜砲撃を続け、千年にわたって都を守ってきた城壁を崩壊の一歩手前まで追い込んだ。それでも落ちないコンスタンティノープル。幕切れは諸君もご存知の通りあっけなく訪れる。前日斥候として城外の偵察に出たローマ軍が偵察用の通用口ケルカポルタの城門をしめ忘れ、開けっ放しに放置していたことによる。これに気づいたオスマン軍の小部隊が城内に侵入し、内側から大門を開き放って大軍を招きいれたことでさしものビザンティン帝国もついに最後の日を迎えることになるのである。三日三晩兵たちに略奪をさせた後、満を持してメフメト二世は帝都の象徴たるアヤソフィア寺院へと馬を進める。馬から下りた後、大地に口付けし神に勝利の感謝の意を示した皇帝が寺院の中に入ると、すでに異教徒が作った大伽藍はモスクへと改修されるべく大工事の最中である。キリスト教文化の粋であるモザイク画は大量の左官たちによりしっくいによって塗りこめられようとしている。その最中、大天井から吊り下げられた七宝をちりばめた十字架が切り落とされ大理石の床の上で砕け散っていく。

なお、中央アジアに端を発し、異民族を制服しながら勢力を拡大してきたオスマン帝国の軍隊は異教徒・異民族からなる混成部隊であって、当然ながらそこには共通の言語が無かった。共通の言語を持たない軍隊を統率するためにオスマン軍が活用したのが音楽で、太鼓やラッパの旋律で命令を伝達する方法を彼らは編み出したのである。こういうこともあってオスマントルコでは軍楽隊が発達し、後世欧州で持てはやされたトルコ行進曲の原型も、元はといえば共通の言語を持たない多民族国家の必要性から出てきたものなのである。

ツヴァイクのテーマは明快だ。小異を捨てて大同につくことをしないと敵に諸とも滅ぼされ千年たってもその失策は末代までたたるということを彼は言いたかったのだ。同じキリスト教とでありながら、ローマが上かビザンツが上かと区々たる差異の上下を争っている間に、イスラムという異教徒に滅ぼされ、その都は千年たった今もイスラム教徒の手中にある。このことを教訓とせよとツヴァイクは訴えたかったのである。

塩野よ、あんまりイタ公を美化するな。金モールの房のついた純白のブーツを履いたコンスタンティヌス11世なんか、どうでもよいのだ。こんな記述に力を入れるから、お前の「ローマもの」は概して面白くないのだ。

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2004/10/07 19:31

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