紙の本
私としては、ミラボーの不調が気になって仕方がありません。彼に元気がないと、お話までつまらなくなってしまう。やっぱり、ミラボーはフランス革命のパヴァロッティ?
2009/09/25 19:16
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投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
佐藤 賢一『聖者の戦い―小説フランス革命〈3〉』(集英社2009)
書店に入って書棚をみれば、この本のありかがすぐわかる、そういう意味では素晴らしい装幀です。まさにカバーの色の勝利。ま、色を除いたデザインについては垢抜けない、という印象もありますが、人目を惹くという役割は十二分に果たしているといえます。そんな装丁は、博識な松田行正と日向麻梨子、お馴染みの装画は八木美穂子、地図制作は金城秀明です。
全17章のタイトルを書けば、1 大貴族、2 神殿、3 ジャコバン・クラブ、4 新しき秩序、5 新聞、6 紹介、7 腐れ縁、8 僧衣の亡者、9 切り崩し、10 モンモラン報告、11 談合、12 対決、13 会見、14 アヴィニョン問題、15 連盟祭、16 告発、17 仲間として、となっていて初出誌は「小説すばる」2008年1月号~6月号、単行本化にあたり、大幅に加筆・修正してあります。
出版社のHPにはこの巻について
*
革命の舞台はパリ。追及の手は聖職者へ
1789年10月。革命の舞台はヴェルサイユからパリへ。ついに、聖職者たちの富の独占が槍玉に挙げられる。教会の破壊を精力的に押し進める高位聖職者オータン司教・タレイランの真の野望とは?
*
と書いてあります。私はあまりフランス革命と教会・聖職者とを結び付けて考えたことがなかったのですが、議会では聖職者たちの特権をはく奪し、教会財産を国有化し、かわりに聖職者たちに国が俸給を与えるということが決議され、宗教の自由化も論じ始められているというのですから、驚きです。ま、知らないのは私だけなんでしょうが、学校で教わった記憶もありません。今回は、それをめぐる聖職者階級、ブルジョワ階級、第三身分との対立の巻きです。
それとアメリカで起きたスペインとアメリカとの戦争をめぐって、王権と議会、そのどちらが参戦などの主導権を握るべきかということも話に密接に関係して来ます。そして、そういった論争で表舞台に立つのが、ミラボーです。二巻では体調不良故に主役の座を降りた感がありましたが、第三巻で再び話の中心に戻ってきました。
ただし、体調不良についてはこの巻でも続いています。それに女性とのお遊びについてもあまり語られることはありません。そしてなにより、彼が行うことが殆ど裏目に出ます。まず、ロベスピエールが離れます。聖職者たちの覚えもあまりよくはない。彼が大切に思うルイ16世にしても、マリー・アントワネットにしても彼のことを殆ど理解していない。
それでも、やはりミラボーなんです。この人がいなければお話が少しも面白くありません。デムーランなんて少しも魅力がありません。そんな男に惚れるか、リュシル? なんて思ったりもします。そしてタレイランです。名家の出の議員で、オータン司教でもあるシャルル・モーリス・ドゥ・タレイラン・ペリゴール。ただし、この巻ではまだまだ脇役に甘んじている感があります。やはりフランス革命のハイライトは、これからなんでしょう。
紙の本
革命の中で宗教はどういう目にあったのだろう。軍事力は実際にはだれの手にあったのだろう。さらに聖職者と軍隊と王権がどのように絡み合っているのか。第一巻、第二巻はそんな疑問が消化不良のままにあったが、私の期待に応えるかのようにこの第三巻で佐藤賢一はちゃんと押さえてくれていた。しかも引き続きドラマティックな語りである。
2009/05/31 18:38
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投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
議会決議に対する拒否権を王は持つべきなのか。
封建制廃止法。
議会議員を閣僚に加える法。
高額所得者のみが選挙人・議員に立候補できる選挙法(マルク銀貨法)。
全国統一の税制。
聖職者民事基本法。
教皇権至上主義かガリア教会主義か。
王、議会のいずれに宣戦布告および講和終戦する権限を付与するのか。
この議会は各階層間で丹念な議論を尽くしつつ、あの人権宣言を加え、これからの国の枠組みを決める重要法案の数々を一年というスピードで次々と成立させたものだ………とどこかの国の政治や国会が空回りしているようにしか見えない私から見ると実に驚異的なレベルの高さである。
これが革命なのだろう。
そして国際紛争の種がまかれたことになる。どう対処すべきか。
それぞれの論点には現代に通じるエッセンスがいっぱい詰まっていて、えっ!そんな議論がこの時代にもあったのかと、他人事とは思えないリアルさにひきつけられた。
それはそれとして、
とりあえずブルジョワジーの天下になったとは言え、旧体制の生き残りの勢力は衰えておらず、しかも自分のことだけしか頭にない奴らばかりで、ここに参政権をもたない圧倒的多数の大衆層が加わったのがトータルとしてのフランス国民である。そして底辺の大衆は無知蒙昧の輩ではあるが、そのエネルギーは恐るべき破壊力がある。
だから統合は難しい。国民の利害が一致する政策などありはしないのだ。
そこで、大政治家としては、事をなすにあたって、万民を納得させる「魔法」が必要だと、これはミラボーだけの特許ではないのだ。ミラボーの「魔法」とは国王の権力を温存し、議会と拮抗させ、国王とは万民のために叡慮をつくす存在であるとのコンセプト形成にあった。しかし、あまりに国王と癒着が目立てば、これはそろそろボロが見え出したようだ。
第三巻の舞台の主役は聖職者と軍人である。彼らの「魔法」をじっくりと見届けよう。
オータン司教・タレイラン。聖職者として特権的利得を享受していた貴族階級である。貴族が敗れ平民が勝利したこのご時勢、自由主義、民主主義に傾倒するつもりはさらさらないが勝ち馬に乗るのが利口だ。と、彼は教会財産の国有化や教会組織の官僚化を積極的に進め、なるほど革命の先導者であるかにみせる。そして国有化された教会財産を担保として発行されたアシニア債を巡る利権を掌中におさめる俗物である。
大貴族・ラ・ファイエット。軍人となってアメリカに渡り独立戦争に参加した、自由主義貴族で人権宣言の起草者でもある。ミラボーの政敵。新大陸の英雄として人気のあった彼はバスティーユ事件直後、国王の信頼を受けパリ国民軍司令官に任命された。すでに軍事体制はブルジョワジーが全国各地で編成した国民衛兵軍が連盟をなし、英雄ラ・ファイエットはその頂点にあった。
バスティーユから一年後、革命一周年を記念し、国王も参加する連盟祭が行われる。第三巻の山場である。祭祀をつかさどる聖職者として国民統合のリーダーシップをとろうとするタレイラン。国民的人気に便乗し軍事力を誇示するラ・ファイエット。二人の天下取りの野心がここで火花を散らす。
この覇権争いの結果は?
しかし、それよりも気をつけるべきは「魔法」である。
仕組まれた「国家挙げての国民的行事」に熱狂する市民たちを見よ。
一時的に生活苦を忘れ、政治の混乱に目をつぶり、新体制の明日を知ろうともせず、
革命万歳、フランス万歳、国王万歳と狂喜乱舞する。
遠い国の昔のお話でもなさそうだ。
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日本人が書いているとは思えないよなあ〜タレイランは猊下と呼ばれる聖職にありながらも,国王など眼中にない大貴族である。いよいよ,時代が来たと革命に身を投じたが,聖職者であることを利用して,教会や修道院の財産を取り上げる法案を進めることができた。革命に賛同した聖職者から異論が出て,味方につけるべきは昔から縁のあるミラボーしかないと思い始める。そのミラボーも,執行権に立法権が介入しようとして失敗し,臍を噛んでいる。穏健中道議員を抱き込むためには,ラファイエットのような偽英雄を味方にしなくてはならない。ロベスピエールの演説を議会は無視したが,新聞発行者のダントンは熱烈に歓迎している。ミラボーは国王に接近し,新聞を発行しているデムーランは抱き込まれた感がある〜革命一周年の茶番は,タレイランが主役であるはずだったのに,ラファイエットに乗っ取られた・・・と斜め後方からの彼の視点が好きだ
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ミラボー、ロベスピエール、タレイランetc・・・。
今までの教科書とベルバラで持っていたイメージとはみんな違うので非常に面白い。
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第三身分の蜂起に同調して革命を成功に導いた聖職者だが、国民議会では聖職者の特権を奪う決議が次々と可決されようとしていた。聖職者達は果敢に抵抗するが…。いわば革命の第二フェーズ。体調が悪くてどうなることかと思ったミラボーも再び活躍。立場を変えてしまったロベスピエールは今後どのように動くのか。若干、次の展開への繋ぎに思える巻だったが、テンポ良く読ませる技は快調。先の展開が楽しみ。
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タレイランの台頭~アッシニャ債券の発売による教会財産国有化~カトリック聖職者の反発~革命一周年記念祭まで。馴染みのミラボーから、俄に台頭し始めたタレイラン、我らがロベスピエール、コンプレックスと恋人がいるパリの英雄デムーランと、役者も揃ってきたか。マラは逮捕状が出されたためパリに亡命し、大男ダントンがロベスピエールの味方につく。最後に思わせぶりに書かれたルイ・アントワーヌ・レオン・ドゥ・サン・ジュストとは誰だろう。
先が気になって、読んでいてもついつい目が先走ってしまう。やっぱりミラボーはいい男だ。悩みも後悔もしない人はいなくて、反省したり弱気になったり、かと思ったら突っ走ったり周到な根回しをしたり。歴史の女神は誰に微笑むのか。このシリーズは本当に一気読みしたかったな~。まぁあと一年も待てないので読むけど。
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超名門貴族出身の司教、タレイランが第1身分である教会の財産を国有にし、僧侶たちを公務員として雇用することを提案。しかしローマ・カトリックとしての意地と既得権益を逃すまいとする教会は邪魔に入る。理想と現実の解離、権力と金への執着、国民主権と国王の存在意義などなど、道は遠いです。しかし1人1人が人間臭くてどんどん面白くなってきました。ミラボー伯が一番大きな視点でものを見ていますが、病魔が襲ってくるようです…。ミラボーが亡くなった後にすべてが暴走しはじめる予感。
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フランス大革命についてちゃんと読みたいと思ったのは2度目で、前は大仏次郎のパリ燃ゆを読んだけど、難しくてすぐにやめた。ずいぶん昔の話だとしか覚えていなくて、何歳ぐらいだったか覚えていない。本のせいではなくて私の年齢のせいかもしれないけど・・・・
中学生の時に岩波の三国志演義を読んで、1巻で挫折した。献帝擁立のあたり。その後、三国志を読めるようになったのは、蒼天航路のおかげだ。
だから、いますらすらとフランス革命が読めるのは、長谷川哲也のおかげかもしれない。たぶんそうだろうな。
そのせいか、ロベスピエールが気になって・・・・ この本でも、はっきりとは書いていないけど、32歳にしてかなり童貞っぽい。いや、もう、ほとんどそう言っているのも同じだろう。
今まで歴史小説を読んでいて、ある人物が童貞かどうかなんて考えたこともなかった。
たとえばヒトラーなんかはかなり女性コンプレックスは強そうだけど、ウィーンの下宿時代は多分そうだろうけど、第一次世界大戦時は売春宿とか行ってそうだとか、素人童貞でなくなったのはいつかとか、気になると言えば気になるけど、真面目に考えたことはなかったな。
なのにロベスピエールだけ、こんなことに・・・・
長谷川哲也も罪深いよ。
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バスティーユ陥落から1年。 革命は膠着状態に。 ブルジョワジーは、当然のことながら保守化してゆく。 ミラボーは未だ健在。 一方、革命の立役者だったデムーランは生彩を欠く。
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「聖者の戦い」というタイトルですが、誰のことをさしての聖者なのか。個人でなく、ある一定の層を指しtねおことなのか。
いまいち、釈然としませんね。
「聖者」というのが、潔癖症な理想論者のことをいうのであれば、ロベスピエールかなと思いますが。潔癖ではないしな。
革命をリードしてゆく個人たちを指しての「聖者」ということであるなら、ミラボーやタレイラン、デムーランかと思いますが。
皮肉を込めて、既得権益を守ろうとする聖職者たちのことであるかもしれません。革命に立ちはだかる旧体制。
議会での論戦と政治活動に費やした三巻。
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政治、議会の話が主になって、少し読み辛かった。パリで軟禁生活を送る王家だけれど、これまで信じていたような「民衆から敵意を持たれる王家」という感じではないし、バスティーユ陥落後直ぐに貴族や王族の処刑が始まったわけではなかったのだと知った。バスティーユ陥落後1年位はどちらかというと中弛みの状態で、ウワッと燃え上がった革命の炎も小さく弱くなっていたのだということが、意外だった。
ロベスピエールは少しずつ変わってきてはいるけれど、まだ青臭い若造って感じで、これから暴力で反対勢力を押さえこむようになるまで、どんなことがあるのか、興味深い。
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革命勃発から約1年。ミラボーら国民議会の議員たちは、思い思いに行動し、意見を交わし始める。
第3巻冒頭で活躍するのは司教議員タレイラン。教会に世話になっている立場のくせに、教会財産をフランスへ提供する法案を提出、自らは聖職者グループの第1人者を狙う。
そんなタレイランに対し、ミラボーも負けていられない。何が何でも「国民のために」と主張しまくるウザいロベスピエールを遠ざけ、未だ衰えない国王のカリスマをバックに権力を握ろうとする。
一方、ミラボーから離れたロベスピエール。政治力は身についたものの、そのカタブツぶりで、時代の波に乗り切れない。旧友でありバスティーユ牢獄襲撃のヒーロー、デムーランとも距離を置かれる。
立場も主張もフラフラして、頼りない草食系議員ロベスピエールだが、彼が革命の後半に大虐殺を犯すんだから、人はわからない。
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急にタレイランが出てきて、とまどいました。
ただ、フランス革命が教会財産をすべて、国有化して、聖職者に国家が俸給を払うというシステムをとったことには、驚きを隠せませんでした。
今の日本でも「坊主まるもうけ」と言われるように、税金がかけられていないのに、18世紀のフランスでは、もう国家財政立て直しの為に使われていた先見性は凄いとしか言いようがありません。
ただ、急激な変化を望まない人も多くて、革命がなかなか進まないのは読んでいて辛くなります。
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第3巻は教会改革(というか破壊)を軸に、いろんな人物が忙しく動き回る、1789年秋から、バスティーユ陥落1年後の1790年夏までのお話。主役はタレイランかな?超名門の家柄を背景にした鷹揚さと持って生まれた目上目線と、自分の脚の悪さが根っこのコンプレックスが複雑に絡み合ってなかなか魅力的な人物。ミラボーはこの巻ではまぁまぁ体調も良さそうで、悪友仲間のタレイランと教会どうするか問題について知恵を絞り実行に移してく。実行力あるなこの人は。ますます尊敬。議会も右派左派中道の区分けが明確になり、小僧っ子だったロベスピエールは熱い理想を衰えさせることなく、ミラボーに学んだ演説術に磨きをかけ、そして熱烈な応援団を得て、徐々に注目の人物となっていく。この熱い応援団筆頭がダントン!すごいマンガチックな人物。ここだけ劇画タッチ。そして最後、サン=ジュストからの熱烈なお手紙を読むロベスピエールの場面で終わるって役者が揃い始め、破滅への序曲が聞こえてきた…。
既得権益の1つ宗教とどう対峙するかは、特に国の枠組みを超えたキリスト教が存在するヨーロッパでは、とても大きな問題ではなかろうか。明治維新は仏教を弾圧したと思うけど、それが遠くインドから抗議を受けたとは聞かないし、あくまで国内問題で収まってると思うけど、キリスト教はローマがあるから下手すると外交問題さらには戦のきっかけになりかねず。でもフランス革命は聖職者が守りたかったのは神秘性であるというのが興味深かったし、なんか納得もする。神秘性あっての財産や人望ですから。それさえ失わなければいつかまた宗教者が復権するにではと考えたのかもしれないけどあいにく科学の時代が来てしまった…。
もう1つ、戦争をする権利があるのは王か議会かという話。国民主権なんだから議会で決めればいいと思うけど、戦う相手国がどこも帝国主義国家の場合、同じルールで戦えない気がして、なんて難しいんだとめまいがした。国の運営って本当に考えることがたくさんあって、次善の策しか選べない。でもフランス革命はきちんと議論してもちろん工作もして、折り合うところを見出して、でも理念は変えない。このエネルギーに感動する。
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革命の舞台はヴェルサイユからパリへ。
これまで特権的立場を追及されなかった聖職者がいよいよ槍玉に挙げられ、彼らの地位を巡る議論が発展する。
この改革を精力的に推し進めたのは、自身が高位聖職者であるオータン司教・タレイランだった。
一方、無私の気概で奮闘を続けるミラボーは、王家と内通、王権の擁護に努める。
高位聖職者であるタレイランが自らの立場を不利にする改革を積極的に進めるのは何故に?という素朴な疑問から入りましたが、そうかそうかw
聖職者という自分の身分が気に入らないのなら、野心満々のタレイランにとって革命は絶好の機会ですから、それもありですね。
ラ・ファイエットの軽薄さに拍車をかけて、タレイランの横暴さも気にいらない。
「自分のケツは自分で拭きやがれ」とでも言ってやりたいもんです。
右派左派ブルジョワ層の対立の構図も、またしても、ミラボーの活躍なくしては何も進まないということを痛感した次第です。
ロベスピエールもいいところまで育ってきているのですが、まだまだミラボーから学んで欲しい。
カミーユも自立して欲しい。
「聖者の戦い」というタイトルではありますが、聖職者が本当に聖者なのか?と疑問を投げかけずにはいられません。
既得権を手放したくないのは、いつの世も変わらないものですね。