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昔。20年以上前。
クラブの試合で合宿した東京の町で、天才アラーキを見た。多分。
となりを歩く女の人の方を何度も何度も、振り返りながら、しきりに、
「おもしろいねぇ。おもしろいねぇ。」
と繰り返していた。
女の人が、何と答えたかはわからないが、2人のニコニコとした笑顔は、印象に残っている。
多分、その愛しのヨーコだったのだと思う。
数年後、アラーキの写真全集を見てた時に感じたのだが、天才アラーキの撮る女の人って、美人度さがって写ることが多い気がする。
でも、ヨーコさんだけは、美人度が増して写っている気がした。
廃墟になっていくバルコニー。
人は、それでも、生きていく。
生きていかなければ、ならないのでしょうか?
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青山ブックセンターで購入。その日に読了。
泣いてしまった。ヨーコ。まるで自分が死んだみたい。アラーキーみたいな人に、いつか出逢えたらいいな。
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アラーキーの撮った奥さんの写真がとても綺麗で胸がいっぱいになった。
ずっと続く愛も本当はあるのかもしれない。
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完了日 : 2010年06月13日
東京は千住生まれの妻と、三ノ輪生まれの夫。
『月島と勝どき橋で胸の中をジンワリと湿らせた後は、新しく出来た銀座のウィスキイ・バーに行ってみることにした。
・・・・夫はお客に対して文句があるようだ。コーン・ウィスキーをゴクッと飲んでは、皆イモだねえ、全くさえないねえ、と気にくわない様子。
ヤレヤレ、やっぱり月島の馴染みの飲み屋さんなんかで一杯やった方がよかったようだ。
でも私はそんな彼に揺さぶりかけて、新しい店にひっぱっていく事も大切だと思っている。
だって今から荷風しちゃうこともないでしょ。』
4つの章からなる。
◎妻、ヨーコの文章と夫荒木経惟氏の写真。
夫婦ふたりで歩く東京の街。「東京日和」は荒木氏の造語のようだ。
◎妻ヨーコ亡き後、夫の日記風手書きメモと写真
◎愛猫との二人暮らしとなった夫の日常と写真。(切ないけれども絶望的でもない、ヨーコの存在を感じながら日々暮らしているように感じるから)
◎二人で歩いた「東京の街」ライカでカラー写真を撮る。短い文章。
夫の文章『・・・・今年のはじめに妻を失いました。妻が逝ってから、私は、
空景ばかり写しています。』手書きの字に胸を打たれました。
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ブクログには写真集を登録しないようにしてるので、
当初この本は登録するつもりはなかったのだけど、
読んでたらちがった。
確かに写真は多いけど、写真集ではない。
では何かと言えば、陽子さんのエッセイは入ってるけども、
これは“妻を亡くした写真家の涙”なんじゃないかと。
荒木さんの悲しみというか喪失感みたいなものがすごく伝わってくる。
夫婦ってこういうもんなんですね。
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泣けた。泣けてきた。でも、それと同時に思ったのは、愛があるから大丈夫、ということだった。愛があるなら、大丈夫、と。そう感じた。(11/9/25)
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人とたくさん出会い、自分とは何かを探す、また自分を知るというのはおこがましいなあと思う。今はそう思うけどいつかこの考えも変わる。なにが正解なわけでもないから自分のときめくものを、やっていこう。ゆとりだからとかいう理由で原は最初から失敗を見越しているだとか、答えを待っているだとか云うあいつらはいつか私に感嘆の息をもらす。善い人になりたいなあ!なる!
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愛する伴侶を失った喪失感はいかばかりだろう。
世界が灰になる。求めても届かない。
「東京日和」に触れたのは映画が先だった。
無邪気なヨーコ(中山美穂さん)を見るアラーキー(竹中直人さん)の目が好きで。
愛がそこにある、と思った。
この写真エッセイもまさにそんな感じで、完璧な丸が欠けたような。全てが歪にみえた。
歪だからこそ美しい。それを気付かせてくれたのもアラーキーの写真だった。
哀しくも美しい。そんな感想をもった。