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この戯曲の舞台は2つ。「ケンブリッジ」と「プラハ」。
プラハは東欧社会主義国の1つだったチェコスロバキアの首都というのをひとまず知っていればよい。
ケンブリッジは伝統のある大学で有名な英国の都市。
それともう1つ、ミュージシャンだったシド・バレット(Syd Barrett)が生まれ暮らした地でもある。
シドバレットが何者で、その生涯はどうであって、残したものが何かというのは、何も知らなかった私のように、読むのと並行してネットで検索したほうがいい。今は便利な世の中になったので、パソコン上でシドの作品のさわりの部分に触れることはとても簡単だ。
私も改めてシドバレットの音楽に接してその繊細な詩的世界と旋律とに超個性さを見出した一方で、“壊れやすさ”も感じた。事実シドはオーバードーズと精神疾患とで、一部で絶大な評価を得ながらも、ロックレジェンドとは成りえず、どちらかと言えば忘れられた天才という所となっている。
となると、トム・ストッパードは、背景に透けて見えるシド・バレットの人生を使って、何を語ろうとしたのか?
この戯曲はのテーマの根幹は間違いなく「チェコスロバキアの歴史」なので、トムが“あえて”シドバレットを取り込み、その歴史を従来なかったオリジナルな形で表現しようとしたというところまではわかるけど…
チェコスロバキアの歴史から、いろいろ連想してみる。共産党一党独裁体制は現在は無くなり、現在は外見上は西側と同様の体制となっている。でもよくよく考えないといけないのは、そこが最終到達点ではないということ。
チェコスロバキアの歴史の多難さをトム・ストッパードは、多彩で立場が異なる登場人物の衝突や離散によって、かつ、セリフという人間の血の通った言葉で語らせるという戯曲の芸術的手法を最大限に生かすことで、当事者でない私たちにもわかりやすく示してくれている。
(余談だけど、日本の劇作家がトムのように現代に通じる歴史の流れに正面から当たっている劇作品というのを、私が不勉強なのか日本の劇作家の単なる力不足なのかは不明だが見たことがなく、無難なチョンマゲものにパターン化してるのは残念。)
そして、チェコスロバキアとシドバレットに共通するものとして、1つを見出した。
歴史的評価として、どちらも、ある時点を切って見ると、それは失敗であり、落ちた評価である。
しかし、どちらも(社会主義者も、シドバレットファンも)熱狂的な“信者”がいた。いや、現在もいる。
そういう人たちに対して、私たちは「フリーク(freak)」と決めつけて、軽蔑し、距離を置き、無視するというスタンスで本当に良いのだろうか?
そもそも、彼らが間違っていて、私たちが正しいなんて、果たして本当か? だれがそう言い切れる?
私たちはともすれば、自分の主張の正しさを前面に出して、それと正対する他人を批判し否定するけど、最近の日本の風潮でもゲッソリとするように、それが度を越し、一見まともで正論なもの(に見えるだけのもの)が、それ自体じっと大人しくしていればいいのに、敵を作ってその敵への攻撃によって��分の立ち位置の正当さを確認してるかのような本末転倒さが目に付く。
過去や他の国の歴史をたどるまでもなく、極めて危険な風潮だと早く気づかなければ、また繰り返すことになるのに。あの過ちを…
私たちは、もっと謙虚にいろんな主義の者の話に耳を傾けるべきだし、もっといろんなロックの曲を聞くべきなんじゃないだろうか??
…もっと書きたいけど、これ以上書いて他の読者の楽しみを削ぐのは嫌なので、ここらでやめる。読みやすい良作なのは間違いないので、読者それぞれで劇作品ならではの躍動感を味わってほしい。
なお、この作品では場面転換時にBGMとしてロックの名曲がちりばめられていて、それにもはまってしまった。
曲のリストアップはネタばれにはならないと思うので、ここで提示したい。
Syd Barrett “Golden Hair”
Bob Dylan “I'll Be Your Baby Tonight”
The Rolling Stones “It’s All Over Now”
The Velvet Underground and Nico “I'm Waiting for the Man”
Pink Floyd “Astronomy Domine”, “Judband Blues”, “Welcome to the Machine” ,“Wish You Were Here”
Grateful Dead “Chinatown Shuffle”
The Beach Boys “Wouldn’t It Be Nice”
U2 “I Still Haven’t Found What I’m Looking For”
John Lennon “Bring It on Home”
Guns N’ Roses “Don’t Cry”
Pink Floyd “Vera”