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みんなのレビュー91件

みんなの評価4.2

評価内訳

91 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

インターネット世界の「浅瀬」化は必然の流れ。だからこそときには「浅瀬」からでて「情報遮断」することが必要だと気づかせてくれる好著

2010/11/12 14:08

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 インターネットによってわれわれの生活は、それ以前とは比べようのないほどまったく異なるものとなっている。インターネット以前と以後とでは、生活だけでなく思考そのものまで激変してしまったのだが、そう指摘されてもわからないほど、現在のわれわれはどっぷりとインターネットの流れに身を任せている。
 現代人のこの状況をさして著者は「浅瀬」(shallows)と名付けた。英語版のタイトルはスバリ「浅瀬」である。深みのない、浅い思考の流れに身を任せて生きるのが現実だと気づかせてくれる本だ。

 本書を通読して思うのは、この流れは不可逆的なものだろう、よほど意識しないかぎり、この目まぐるしいが、あまりにも便利で快適な流れが保証された「浅瀬」からは出ることはできないだろうということだ。
 なぜなら、インターネットという新しいテクノロジーもたらすがサービスにあわせて、われわれの脳が適応してしまっているからなのだ。これは脳のもつきわめて重要な特性、すなわち「神経可塑性」(plasticity)によってもたらされたものである。次から次へと刺激の連続するマルチタスク状態では、脳の働きが浅く広くなってしまうのは当然だ。だから、深く掘り下げた思考が困難になるのは当然といえば当然なのだ。
 
 ジャーナリストである著者は、最新の脳科学の成果を幅広くトレースしているが、なかでも特筆すべきなのは、「短期記憶」(working memory)と「長期記憶」(long-term memory)にかんする考察である。コンピュータは脳のアナロジーであるが、その記憶(メモリー)の性質については絶対的な違いがある。コンピュータにおいては、記憶(メモリー)は無限に複製可能な情報(ビット)として貯蔵され再生されるが、脳においては、いったん「長期記憶」に貯蔵された記憶が「短期記憶」として再生された際、まったく同じ情報としてではなく、あらたな情報として「長期記憶」に貯蔵されることになるのだという。つまり、二つと同じ記憶情報はないということなのだ。これが脳とコンピュータが似て非なる点、絶対的な違いなのである。思考のすべてをコンピュータとインターネットに任せてしまうわけにはいかない理由がここにある。
 われわれの思考は、コンピュータの思考とは本来は異なるものなのだ。なのに、われわれの思考はコンピュータの情報処理のような方向に進んでいるのではないか、というのが著者の大きな懸念なのだ。

 だからこそ、こういう状況においては、圧倒的多数となりつつあるネット依存者と大きな差をつける方法が「逆転の発想」としてありうるのではだろうか。深読みかもしれないが、この事実に早く気づくに越したことはない。
 ふだんはインターネット世界の「浅瀬」にどっぷりと浸かっていても、ときには、この浅瀬から出て日光浴することを定期的に行えばいい。つまり、意識的で意図的な「情報遮断」を行うことだ。何も読まず、電話にもでず、ウェブもメールもツイッターもSNSも見ない「情報遮断」。
 この「情報遮断」によって、脳の働き方にメリハリをもたらせばいいのだ。著者自身、本書の執筆にあたってはコロラド山中に山ごもりしたと告白している。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツや、韓国のサムソン会長イ・ゴンヒなどの傑出した経営者が、ときどき山ごもりして思考を深く集中させる機会を意図的にもっているのはそのためであろう。

 本書は、現代という時代を「西洋文明史」というコンテクストのなかだけでたどっているが、100%西洋化しているわけではない日本人は、直観力など自らの長所をうまく活かしながら現代という時代を生き抜いたらいいのではないだろうか? 私は、本書を読んで、逆に楽観的な感想をもつに至っている。
 このようにいう私も、飛行機で海外へ移動中の「情報遮断」状態でなければ、こういう長くて深い本を一気読みはできないものだと、ため息をつくところではあるのだが・・・。だからこそ意識的な「情報遮断」が必要なわけなのだ。

 皆さんもぜひ一度は目を通して、インターネットにどっぷりと浸かった生活を送っているのであれば、日々の生活を再考する機会としてほしい。
 本書は、一般人向けのわかりやすい「西洋文明史」と「脳科学」の本として読むことも可能である。

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紙の本

シュールでリアルな人類脳内変貌説

2010/10/22 22:05

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:四十空 - この投稿者のレビュー一覧を見る

非常に興味深く、面白い本。著者は筋金入りのPC最初期からの使用者であり、ネット嫌いどころかむしろ偏愛者だからこそ、単なるネット批判ではなく、それゆえリアルかつ背筋が凍る感じで論理が伝わる。
まずはいつのまにか本を長く読めなくなってしまった自分に気づき、もしかしてこれは(ネット中毒ゆえ)さすがにまずいかもしれない、と思った著者が、あえて山にこもって携帯をほぼ遮断、メールの速度を遅くした。するとだんだんと脳が「回復」し、長い本も読め、長い文章も書けるようになって著した会心の著書なのである。

実際の科学調査がたくさん出てくる。例えば2007年「メディア心理学」より、プレゼンテーションをテキストのみと、マルチメディアの被験者グループに施し感想を聞くと、

・テキストのみの被験者グループは、プレゼンを興味深く、理解しやすく、楽しめるものだと思ったと回答した
・マルチメディアの被験者グループは、「このプレゼンから何も学習しませんでした」という選択肢を選んだ

というから驚く。要は「注意散漫な状態で事実や概念を学べば、結果は悪いものにしかならないことが、この実験から明らかになった」そうである。
ネットで栽培されるのは「マルチタスク能力」でしかなく、これは「おきまりのアイデア・解決策」しかもたらさない。すぐにイライラし、自己コントロールの制御が難しくなる。逆に独創性や創造性は、静かな環境(自然の中、自然の写真ですら有効だそうだ!)でじっくりと考え生きることでどんどん回復するという実験結果も出ている。

またイライザというロボットの(簡単なプログラミングで仕組まれた)回答を「心理カウンセラー」のように思って好きになってしまう人間のカラクリも言及されている。イライザを造ったワイゼンバウムは、うっとりとイライザと話す人々に幻滅したらしい。
ラリー・ペイジ氏によると、「人間のプログラミングはおよそ600メガバイトで、現代のOSより小さい」。人間はPC以下、というお目出度いのがネット支配者の観念なのだ。確かにネット中毒ならばその通りになるというカラクリがあるようである。

著者はローマのセネカの言を引く。「どこにでもいるということは、どこにもいないということだ」。また旧約聖書より「彼らの偶像は金銀の、人の手になるものたちである。口はあるが、語らない。耳はあるが、聞こえない。鼻はあるが、匂わない。手はあるが、取らない。足はあるが、歩かない。のどから声を出すことも無い・・・」
原題はTHE SHALLOWS。確かにネット・バカとは至極名訳のようである。

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紙の本

インターネットは思考の「浅瀬」?

2010/10/24 11:18

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ゆうどう - この投稿者のレビュー一覧を見る

 原題は「The Shallows: What the Internet Is Doing Our Brains」といい、『クラウド化する世界』(翔泳社、2008年10月)の著者による最新作。邦題からの印象では扇動的で情緒的な内容かと思っていたが、まったく違っていた。学術論文を縦横に逍遥し、科学的な研究成果に裏打ちされた論理的な展開により、インターネットが普及した現代(そして将来)、人間の本質がどのように変容していくかということを真面目に論じている。

 原題にある「shallow」がキーワードだ。浅瀬という意味である。インターネットが普及して、知識や情報の獲得をWebに依存するようになり、ヒトの脳の働きは深みと集中力を失い、思考は浅くなる、という含意だろう。ネット社会は、脳という大海原の深海へと活動の場を広げるのではなく、浅瀬にとどまることを強いるのである。

 思考することは人間の本質的な行為である。そして読むことは、「言葉」を用いて思考している以上、当然のことであるが、人間の思考力に大きな影響を与えている。従来、本を「読む」という行為は、忍耐と集中力やリニアな思考を必要とし、同時にそれらを涵養するものだった。

 これに反してWebページを読む行為は、リンクやマルチメディアの視聴を読書体験に頻繁に差し挟むことによって、「読む」行為の中断を余儀なくさせる。注意散漫を引き起こすのだ。つまり、本を読むのとは異なり、Webを読む行為はヒトの思考力から集中力と深さを奪い、脳の力を弱めるのである。

 それは是か非か?

 筆者は、コンピュータ化の流れを押しとどめ、逆流されることは不可能だろうと語る。本も、絵画も、音楽も、映像も、すべてのコンテンツを1台でこなすことができ、しかも同時に扱うことができるコンピュータというメディアの便利さは破格である。筆者自身もネットなしで「生きていけるかどうか、正直自信がない」と告白する。一方で、ヒトの脳を変容させてしまうインターネットに懐疑を表明する。それは決してノスタルジーではない。論理的な思考を経た結論なのである。

 本書の最後の一文に言う――

 「コンピュータに頼って世界を理解するようになれば、われわれの知能のほうこそが人工知能になってしまうのだ」(p309)。

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紙の本

ネットという道具を手足とするか、手足になるか。歴史や脳研究から多角的に考える。

2011/09/12 16:37

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 インターネットを頻繁に使用するようになり生活が変化した、とは誰もが思うことであろう。では、自分自身の反応の変化を感じたことはないだろうか。例えばネット上でリンクがはってある文章を読むと途中でリンクに飛んで本文のコンテクストへの集中が途切れてしまう。時々メールチェックしたり、画面上で他の作業をはさむこともあるだろう。なんだか集中が持続しない気がする、というのは実感でもある。そんな、インターネットがもたらしたと思われる私たち自身の身体、脳の変化を考察したのが本書である。

 文字やメディア、コンピュータの歴史的な展開の話から脳科学の知見までが幅広く織り込まれているので、結構厚い。最初のうちは「その辺の話は知っている」と端折りたくなったり(これも本書の指摘するネット使用の影響だろうか)、どこに話が向いていくのか、と戸惑う。しかし、それらがみな収斂し、著者の主張がだんだんと浮き出してくるのを感じながら読むのは、正直ちょっと快感でもあった。

 ひとそれぞれ注目するポイントはいろいろあると思うが、私は「道具と人の関係」を一つのポイントとして読んだ。
 道具を使いこなし身体の一部にすることは、自分自身が道具に見合った変化をすることでもある。脳研究の成果だけでなく、ニーチェが新型のタイプライターを使用することで文体が変化したという実例も載っている。ネットを効率よく使いこなすというのは、ある意味人間がネットシステムの一部になっていることでもあるのではないだろうか。
 ネットを頻繁に使用することで得るものもあれば失うものもある。使わない機能は衰える、ともいえるだろう。ネットから簡単に多くの情報を受け取ることで、たくさんの事項を素早く並行して処理できるようになった一方、あまり使わなくなり衰えていく人間機能もあるのではないか。それがじっくりとひとつのことに集中して掘り下げること、というのが著者の主張である。その、「集中して深く思考する」力を象徴するのが第四章に登場する「家は静かで、世界は穏やかだった。」という詩である。「静けさが、読書する人が理解し本に近づくことに必要だ」というような内容の詩である。この詩はその後も何度かとりあげられている。確かに、ネットの環境はひとつながりの長い文章を追い、深く潜って考えるようにはできていないかもしれない。
 人間がネットの一部のように行動しはじめたこと自体はよいことなのか悪いことなのか。あまり結論を急いではいけないかもしれない。しかし皆がネットの情報を機械的に(!)処理する端末になってしまったら、誰(なに)が物事を深く検討し、全体を動かしていくのだろうか。一部にならなければ上手にシステムを使えないが、使われてしまってはいないか。ネットという道具を手足とするか、手足になるか。著者はそんなふうに問いかけているようだ。

 深く、全体を理解することが必要なのは本や主張だけでなく、個人に対しても同じではないだろうか。話した言葉の断片だけ、書いた文章の一部だけで理解したと思われるのは、本人にとっては少しさびしいことでもある。ゆっくり向き合って全体を理解する。たくさんでなくていいから、深く向き合うものがやはり誰にでもあって欲しい。
 静かな、ネットも携帯も見ない時間の中でゆっくりと深く思考する。あれ、そういえば「テレビを見ない時間を作ろう」とかいわれた時期もあったような・・・・。どうやら人間は同じような行き過ぎや反省を繰り返すものでもあるらしい。

 本書にも既に良い書評が幾つか寄せられていますが、くり返し取り上げて注意を喚起することも意味があるのではと思い投稿いたします。
 

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紙の本

ネット利用で改めて気づかされること

2012/10/07 17:20

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:乾坤一擲 - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書はネットの過度な利用が潜在的に我々の脳にもたらす問題を、説得力を持って解説している。
確かに、思い当たることが多いので愕然とする。
最近、ネット中毒症が話題となっているが、ぜひ学校教育でも取り上げた方が良い本であろう。

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紙の本

結構納得

2015/10/31 03:57

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:tonma - この投稿者のレビュー一覧を見る

とても読み応えがある本です。『ワープロを使うようになって漢字が。。。』、『携帯にアドレス帳を作ってから電話番号が。。。』なんてことを思う前に、文章を読むのが苦手なったとは気づかなかった。脳が可塑性を持っていることも勉強になった。もっと本を読んで鍛え直さなければ。。。

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紙の本

人間そのものに接続

2017/06/04 07:32

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る

インターネットの技術の中に慣れてしまうことで、ひとりひとりが思考を停止してしまう。そんなSFの世界に描かれていたことが、現実のものになってしまうのかもしれない。

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紙の本

ハイパーテクストと,きりきざまれる文章への警鐘

2011/05/28 22:30

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Kana - この投稿者のレビュー一覧を見る

インターネットのおかげでハイパーリンクをたどってどんどん読んでいくことができるようになり,どんどん情報がえられるようになったかというと,そうではないと著者はいう. つぎつぎに別のページにうつっていくことになり,集中して文章を読むことができなくなっている. その結果,さまざまな調査において,ハイパーリンクをつぎつぎにたどっていく読みかたでは,本を読むときのようにひとつの文章をずっとたどっていくのにくらべて記憶にのこりにくいことがわかったという. つまり,ハイパーテクストは 「読む者により大きな認知的負荷を課する」 のだという.

そういわれると,たしかに,おもいあたるふしがある. ハイパーリンクがあるとおもわずクリックしたくなるが,その誘惑に勝たなければならないのだろう. また,ブログにいろいろリンクをはりたくなるが,とくに文章中にリンクをはるのはさけるべきなのだろう. 著者ももうネットがあともどりさせるべきだとかんがえているわけではないが,そうだとすると,ネットの文章の認知的な負荷をさげる技術を開発し,ひろめる必要があるのだろう.

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2011/08/24 23:39

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2011/07/20 08:51

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2012/02/23 22:10

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2012/01/31 22:05

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2010/10/31 00:51

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2018/05/06 18:54

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2013/09/08 01:17

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