紙の本
ヨーロッパにおけるクラッシック音楽への怨念とも言える音楽ミステリ
2011/11/23 21:15
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:更夜 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「芸術は娯楽で、娯楽は芸術です」
これは、以前、ある映画祭で、ロシア人の映画キュレーターのトークイベントでの言葉です。
21世紀になってからのロシア映画についてのお話でしたが、最後にまだ若いキュレーターは
「映画は娯楽が芸術か?と昔から言われていますが・・・」とこの言葉でトークを終わらせて、
会場から大きな拍手が起きたのを覚えています。
この物語は映画ではなく、音楽、特にピアノについての芸術か娯楽かというものをしつこい、と思うほど
追っています。
作者はピアニストであり、作家でもありますから、その音楽への傾倒ぶりは本格的です。
ドイツではこの本に出てくる音楽を作者が演奏したCDも発売されて話題になったそうです。
音色や調べと書かずに音を「和音」と書くところなどそのこだわりがよくわかります。
主人公は、パリのカフェで覚醒する。アルトゥアは50年後の世界にいきなり生き返って
しまった幽霊なのです。アルトゥアは50年前は、ピアニストでした。ピアニストと言っても
生活は、貴族や成金、金持たちの社交界に出入りし、パトロンを見つけ、ピアノを弾き、愛人の
ような生活をしていて、デカダンスを満喫という暮らしぶりです。
友人のパヴェルも何故か、同じ1999年に覚醒してしまった幽霊でピアニスト。
同じような生活をしていた、性格は違うけれどいつもつるんでいた仲です。
小説で音楽を描くことは難しいことです。映画だったら、音響というものがあるのでその曲を
直接流せばいいわけですが、文字だけで音楽を語る、そしてその音楽が軸になってミステリが
起きる・・・しかし、2人が覚醒した現代のクラッシック音楽なるものは昔とは大いに違っています。
どちらかというと演奏を聞いても辛辣な2人。曲の解釈というものが時代によって変わっていって
しまったことを痛感せざるを得ない。
2人は不思議と宗教にはすがらず神というものは不在で2人にあるのは、ピアノ、そして音楽です。
音楽が信仰であり、すべてです。
ですから、その音楽と芸術をめぐるすさまじいまでの成り行きはミステリ要素もありますが、真の芸術とは、
と考えるヨーロッパが主体のクラッシック音楽の怨念すら感じます。
ヨーロッパ映画というのは娯楽といってもどちらかというと重いものが多いので、アメリカ型、
または日本のテレビ局制作の大作映画のような「すっきり」を求めるのは無理というもので、
ずっと陰鬱なムゥドが貫かれていて、まるでヨーロッパ映画を観ているよう。
美しいものと落ち着いたもの、というのがほとんど同義であるというあたりもヨーロッパ風であり、
また、散りばめられる音楽論、芸術論は深いものがありますので、音楽の世界を知らない人はここら辺、難しく感じるかも
しれません。
音楽しかない人というのは、才能があるということでもありますが、やはりどこか特殊です。
アルトゥア自身、12歳から演奏会に出ていて、どんなに田舎では神童でも、都会の音楽大学に
行けばもっとすごい人たちがいて、その理想が粉々に打ち砕かれる場合もあることを知っています。
そして恐ろしいまでに自分に自信を持って信念を持っていますが、そのぐらい自己が強くないと
やっていけないのが音楽の世界であり、世界が狭くなってしまうのは仕方ないこと。
そんな狭い、深い世界にしか住めない音楽家たち。
その姿は時に滑稽であり、時に醜悪ですらあります。そんな「音楽家の芸術家ぶり」も作者は冷ややかに見ていますが、
同時に、音楽を奏でられる音楽家しか得られない天啓のようなものもたっぷり描ききっています。
事件が起きて、不思議が起きて、音楽をめぐる争いがあって・・・そして戦争の影。
構成もなめらかで、ぎくしゃくとしたところがないし、音楽というものを深く知った作者ならではの、
ヨーロッパならではの音楽の描き方。日本にどう受け入れられるか興味のあるところです。
紙の本
一気に読むのがオススメ
2022/07/13 21:19
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投稿者:MissWhite - この投稿者のレビュー一覧を見る
訳者の酒寄さんの文章が好きで、
他の訳書にて紹介されていたこちらの本が気になり読んでみました。
最初の20ページくらいで、
「お、この本は当たりだな」と思い読み進んでいくうちに、
扱っているテーマの重さに圧倒されそうになりました。
が、その反面、登場人物のキャラの掘り下げがあまりされていない印象が拭い去れませんでした。
「もう本の半分を過ぎたけど本当にこれを解決できるのか?」と思ったら、ジェットコースターのクライマックスみたいに物語は終了しました。
せっかく出てきた個性豊かな音大生たちのそれぞれのキャラが存分に生かされていないまま終わってしまった感じが少しもったいなかったかな。
作者の伝えたいことはそこではなかったのかもしれないけど、
物語を楽しみたい一読者としては最後の方の急ぎ足が気になってしまいました。
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1949年に死んだはずのピアニスト、アルトゥア・ゴルトシュテルンは、50年後の1999年、突然、ハノーファーのカフェで自分が甦っていることに気付く。変人揃いの音楽学校の生徒たちと知り合い、現代の音楽に唖然としつつ、自分がなぜ、どのように死んだのか、徐々に記憶を取り戻していく。
アルトゥアの前に現れる、昔の友人や謎の怪人。そして起こる殺人事件。生者・死者入り乱れての大活劇が繰り広げられる。
作中に多くのクラシック曲がちりばめられて、音楽劇、と言えばよいのか、なかなか野心的な作品である。風変わりで不思議な、つむじ風のような印象を残す。洒脱でやや猥雑で、それでいてどこか哲学的で純粋でもある。
音楽に関する考察も多くを占めるが、主題は愛と誤解、その解消、なのだと思う。
作者、フレドゥン・キアンプールは、ペルシャ人(巻末のあとがきによればイラン人ではないのがミソらしい)とドイツ人の両親を持つピアニスト。経営コンサルタントの経験もあるという人物である。現在は本書の朗読とピアノ演奏を組み合わせたイベントを行っているそうだ。
作者も参加して製作された2枚組のCDというのがドイツでは売られているらしい。本当はそれを聞きながら読むのが、「完成型」のように思う。巻末に主な登場曲のまとめがある。
本書は本国で一部読者に熱狂的に支持されているという。それも何となくうなずける、ちょっと変わったチャーミングなお話である。
*作中、『戦場のピアニスト』や『カサブランカ』を思い出させる場面がある。きっと作者も意図していたのだろう。
*アルトゥア、というのは、アーサーの別の読み方なのだそうで。
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設定は面白いです。不思議な雰囲気がいいですね。
ただ、50年前の時代背景の理解がなかなか難しいところ。
私にはよく分からなかったです。
現地の人たちでないとこの作品を本当に理解できないのでは。
そういう意味も含め、ドイツの読書家たちに大好評というのは納得ですね。
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音楽小説としても楽しめる、ファンタジー要素の濃いサスペンス・ミステリ。著者のフレドゥン・キアンプールは、ペルシャ人とドイツ人の両親の元に生まれ、この小説の舞台ともなっているハノーファー音楽大学で学んだピアニストでもある。ピアニストとして社会に出た後、カナダで経営コンサルタントを務め小説を書き始めたという変わり種。1949年に亡くなった死者が、50年後に甦るという奇想天外な設定から始まるこの物語。甦ったのが若きピアニストなら、迎える時代(1999年)の若者たちも音楽学生。描かれている当世の若者たちの乱痴気ぶりもさることながら、ピアノの腕一つでパリのサロンを渡り歩いてボヘミアンぶりを謳歌していた当時のピアニストも似たり寄ったりだ。一体、幽霊には実体があるのかないのか、この著者は色々な仕掛けでヨーロッパ風の解答を用意している。
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死後50年経って突然蘇ったアルトゥア。ショパン、ショスタコーヴィチなどの香りのする音楽小説でもある。ナチスによるパリの占領時代と現代を交互に描きながら、幽霊の係わる殺人事件の謎に迫る。ミステリーとしての面白さにはかけるが、全体を包む雰囲気が好ましい。
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クラシック音楽を勉強したくなる一冊。
現代になぜか蘇ってしまう音楽家の話なのだけど、その過去は暗いのに登場人物がとにかく明るい、というか軽い。でも軽率ではない。
フランクに物事を捉えているんだけど斜に構えすぎてるわけでもなく…
サクサク読めるのも魅力。登場人物たちの音楽を聴いてみたい。
そして、ホロコーストについて何も知らなかったことも実感。そんなに長い期間ユダヤ人が迫害されていたとは知らなかった。1年とか2年、それくらいだと思っていた。無知なことに罪悪感。
基本的に蘇った主人公(幽霊)の視点で物語が語られるので、終わり方がブツ切れだった。その後の他の登場人物(現代人)の様子とかが気になる…。
サントラ、日本でも発売されてほしい。
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死んでから50年後の世界に自分の意志とは関係なくよみがえってしまったピアニスト、アルトゥアが自分のことを疑いもなく受け入れてくれたベックなどの現代の学生たちと不気味な幽霊が起こしたと思われる不可解な事件を解いていく。解いていきながら、自分が生きていた頃の記憶(彼はユダヤ人で、ナチから逃げていたのだ。これを「やむをえず」という言葉で表現していいものか、難しいところだが)。不気味な幽霊は実は…これ以上は種明かしになるので、書かない(苦笑)。音大が舞台、作者も音大出身ということで、着想はもちろん、話の展開もおもしろかった。現代ドイツという国に生きる人は「ナチ」とどういう風に向き合っているのか、ということもなんとなくかいま見れて興味深かった。
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出てくる音楽のCDとセットにしてほしい本。
最初の数ページのワクワク感がだんだん薄れてくる。読み進むと、50年前の出来事の決着をつけるために甦った、ということが分かるのだが、なぜ50年後?芸術を軽んじ幽霊の逆鱗に触れたために殺されてしまった現代の若者たちが、巻き添えで命を奪われた感じで憐れな感じ。
幽霊たちの生きた厳しい時代のあたりは面白く読んだのだけれど、50年後の世界がミステリーとしてあまり面白く読めなかった。
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本国ドイツでは「人にプレゼントしたい本」 としてダース買いをする人まで出現・・・というカルト的な人気を呼んでいるこの本が、 2011年ついに日本で発売されました。読んで最初のひとことは「もっと早く読みたかった!」です。 このお話は、50年前に死んだはずのピアニストが現代に蘇った、という設定です。 冒頭の1行「コーヒーをすすり、目の端で指の爪を見つめ」という爪がのびる速さで時間の流れを感じとる 登場人物のさりげない仕草だけで、作者がピアノを弾く人の習性を知り尽くしていることがわかります。 それもそのはず、作者のフレドゥン氏はドイツのハノーファー音楽大学卒のピアニストなのです。 女性の気をひこうとショパンの「舟歌」を弾くところや、 ピアノに書かれた「ヤマハ」という文字を見て「ヤマハってなんだ?」と思ったり、 独房のような練習室に閉じこもって練習する音楽大学の現状を知り 「こんなところで音楽家を養成しようとしているのか!?」と嘆いたり・・・。 いくらなんでもショパンの良さが解からなくなる程、人類は変わっていないだろうと思ってみたり・・・。 デティールまでよく描かれています。 しかしこれだけだと、単に20世紀半ば、綺羅星のごとく登場した多くの名ピアニスト達と現代のピアニストの比較論だけで終わるのですが、このお話の奥の深さは、主人公の前世がナチが台頭する第二次世界大戦中のユダヤ人であったところにあります。 数々の大作曲家を輩出しておきながら、戦中には芸術的な行動を禁じたドイツ。 この本はドイツ人であるフレドゥン氏だからこそ、書けたのだろうな、と思いました。
「現代の芸術を許せるのか?」
ラストに作者なりの結論が書かれています。 現在、ドイツではこの本に収録されているピアノ曲を弾きながら朗読、 などといった催しもされ、CDなども出ているそうです。 ぜひ、聴いてみたいものです。
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死後半世紀を経て現代(っていってもギリギリ20世紀)に蘇ったピアニストの話。
どんなきっかけで、どんな理由で蘇ったのか、本人がわかってないから焦りや悲壮感がない。
とりあえずコーヒー代どうしようとか考えている。
というユルい始まり方と雰囲気にもかかわらずストーリーは骨太。
音楽を理解できる人なら、余計に楽しめるんだろうな。
幽霊はホロコーストの時代の人だけど、それがメインではない。あらかじめ逃げることができたから。
それでも、直接痛めつけられることがなくても無傷なわけじゃない。
そういう立場は「戦争をくぐりぬけたおさるのジョージ」http://booklog.jp/asin/4001108879と近い。
主人公はゆるい。軽い。そう見えるけど、読むうちに軽さは思い出したくないからだとわかってくる。
主人公と学生の間には、「戦中の若者と戦争を知らない現代の若者の間」に穿たれた溝がある。
でもその溝は、ユダヤ人と、逃げなくていい裕福な貴族やマダムとの間にもある。
主人公たちとロシア人の間にも。
かかわらなくて済むのならかかわりたくなんかない。
ナチから逃れたパリの人たちは戦争の記憶をもっているけれど、自分と無関係な場所であるロシアの出来事には無関心。
想像できないのは経験がないからじゃない。そういう溝がさりげなく怖い。
面白かったけど文章が理解しにくい。
たとえば"二歳下の学校の友だち"が次のページでは "十八歳になったふたりは"になっている。
パヴェルは二歳下なの?同い年なの?二歳下だったけど同時に十八歳になったの?
"アルトゥアははじめ、この時代には昼食が廃れてしまったのかと思ったが、原則的に昼まで寝ているベックに、午後一時をすぎたら普通朝食は食べないものだという発想が欠けているのだと思いいたった。朝食をぬきたくないアルトゥアにはありがたいことだった。"(p34)
わりと意味が分からない。
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この人はこれが初めての小説だそうです。
ええ、そうでしょう。
そういう感じがそこら中に漂っています。
初めて描きました!感が満載です。
一気に読めてしまう本ではなかったのですが、いつもこの本に立ち戻る時にはわくわくしました。
それはこの本がある世界を作り上げていて、そこに戻っていくのが心地良かったからです。
親しみの持てる登場人物たちがいて、本の世界の中のあたたかなつながりがあって、ドキドキして。
最後は本当に「息切れ」したんだなというのが伝わってくるのですが、これはそんなストリーラインを楽しむ作品ではないと思います。
ディテイルまで描き込まれた、その世界を堪能すべきです。
宝塚とかでやったら楽しそうな話だと思いました。
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第二次大戦下、ナチの脅威から亡命を続けたユダヤ人ピアニストが50年後に蘇る。そこで巻き起こる殺人事件と、過去の回想の2本軸を並行展開。音楽世界と亡命時代の回想が最高。でも誰も期待しない方向にオチを持ってったのが残念。正直回想パートが重厚すぎて、中腹過ぎたあたりから現代の殺人事件が陳腐化してくる。なのにラストはそこに収斂していくため、最終章が非常につまらない。犯人との対決が佳境を迎え熱を増すほど、こちらは冷めていった。こんな真正直に殺人をコネるんでなく、主人公の演奏で〆で欲しかったなぁ
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第二次世界大戦下を生き、1949年に死んだユダヤ人の青年ピアニスト・アルトゥアが、50年後に幽霊として蘇り、蘇った意味を探す。しかし、アルトゥアの周囲には謎の"怪人"が現れ、物騒な事件を起こしていく。それは、アルトゥアが向き合うべき過去でもあって……。
現代(1999年)とアルトゥアの過去が交互に繰り返される章構成で、少しずつ謎が明らかにされていく過程にぐいぐいと引き込まれました。
過去パートでは戦争と亡命、戦時下で抑圧された音楽について語られ、現代での殺人事件も深刻化して、話が進むに連れ暗く重い雰囲気が漂ってくるのですが、それも含め、この本に漂う空気や、その空気を震わせる音楽や音楽家の魂が好きです。
アルトゥアとアンドレイの対比が痛々しいほど心にきます。
最初と最後でじゃっかん矛盾があったり、最後の展開がハイスピードすぎたり、幕切れが唐突すぎて「えっ」となりましたが……。
また、ハノーファーの音楽学校が舞台ということで、各国人の描写も面白かったです。
主役の面々もですが、集団行動する日本人だったり、けんかっ早いロシア人だったり、規律大好き大真面目なドイツ人だったり。
あと、序盤にアルトゥアがピアノの鍵盤の蓋を開けて、「「ヤマハ」ってなんだ」と自問するところとか秀逸だと思いました(笑)
ドイツでは、作中に登場する楽曲がサントラ化されているそうなので、日本でも発売されないかと期待。
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死後50年が経った世界に何故か突然蘇った音楽家を巡るサスペンステイストの物語。
主人公・アルトゥアの生前のナチ時代と復活後の現代を章毎に交互に書き進めていく。
作者がピアニストな事もあり、終始音楽が密接に絡む生活感が色濃く伝わってくる。
当人にも理由のわからない蘇りという案が面白いし、ナチ時代についての話の中では考えさせられる事も多々あり、登場人物達もそれぞれ魅力的。
これだけディテールやモチーフが巧みなのに、作中でいまいちそれが生かしきれていないような感じがするのが勿体ない。
主人公が生前の時代から突然現代に蘇って変わった文化について描写する時に、目の付け所が妙にリアルなところが良かった。