紙の本
絶対に上手な文章を書かないように己を戒めること
2011/07/26 16:11
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
これは昔逗子海岸にあったホテルを舞台にした、著者の青春回顧小説である。
離婚の慰謝料や借金をかかえ実質的には一文なしの風来坊が偶然逗子の海を訪れ、なぎさホテルの支配人の格別の好意に恵まれて出世払いということでその夜から寄宿し、およそ六年間の歳月を海岸に打ち寄せる波の音を枕の友として文学全集を読破し、短編小説を試み、浴びるように酒をくらい、危ない橋を渡り、鎌倉の漁師や寿司屋の主人やおじさんやおばさんと仲良くなり、人気女優と熱愛し、とうとう結婚して思い出多い逗子なぎさホテルを去るまでの夢のような、幻のような、しかし確かに実際にあった物語がとつとつと綴られている。
この作家の文章はどちらかというと拙劣で、用字用語的に都会的で洗練された要素は皆無だが、一字一行をひたすら実直に書き連ねたその下手くそな文章を読んでいるうちに、この人の内面に潜んでいるある種の清々しい倫理観、書かれた内容に関する好ましい節度と誠実さというものが読者の心に少しずつ岩肌から垂れる清水のように沁み込んできて、それがおのずから他の作家との違いを形づくっているような按配である。
こうした著者の芸は、俳優にたえれば高倉健、野球選手にたとえれば松井秀喜といった人物のパフォーマンスに酷似している。高倉健の演技など下手くそでどうにも見ていられないが、じつはその下手くそさが彼の最大の魅力であり、大衆をつかむ武器ともなっているのだ。
かつて私が高倉健氏にインタビューするためにたった一度だけお会いして名刺を渡した時、彼はあの黒々と耀く両のまなこで私を射竦めながら、東映映画のスクリーンから出てくるような太く低い声で「頂戴致します!」と一言いって、両の手を剣のように突き出して紙片を押し頂いてから、深々と一礼された。
私は伊集院氏には会ったことはないが、もしかすると健さんのような振舞いをする人物ではないかな、とふと思った。彼は絶対に上手な文章を書かないように己を戒めることによって、最良の自分を表現しようと努めているのだ。
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昭和直前の大正15年にオープンし、昭和が終わった平成元年に逗子の海岸線から消えてしまって今年で22回目の夏を迎えました。嫁さんの実家が逗子だということもあり、何度もなぎさホテルの横を通って海岸へいきましたが、残念ながら学生だった僕には敷居が高く一度も足を向わせる事がなかったのは、少しだけ悔いが残っています。
本著はそのなぎさホテルに作家の伊集院静さんが1978年から7年余居候のようにそこで生活をしていた、そんな思い出と苦悩の時間が描かれています。
特にI支配人の伊集院さんにかける言葉が、とっても読者をも暖かくしてくれます。はじめて出会った海辺での一言、雑誌に掲載された小説を読んでくれたときの一言、嫌気がさして夜の海を眺めながらの一言。別れが近い時に色々考え出した伊集院さんに語りかける一言がいい。
I支配人の人柄と言葉の重みに接する事で、ひとりの男が壊れずにじっと逗子の海を見つめ、這い上がる時間を待っていた様に思えます。
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http://sgk.me/jbFFHn伊集院静さんって素敵な大人の男性の代表って感じですよね。この作品は、そんな伊集院静さんが苦悩する青春の日々を綴った作品です。逗子の『なぎさホテル』に一度行ってみたくなる夏にぴったりの作品でした。
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ホテルの会った場所のすぐ近くに住んでいるので、なじみのある場所がよく登場しておもしろい。もちろん、なぎさホテルのあった時代もよく覚えている。彼がいた時期と入れ違いで、逗子に行くようになったのだが、あのホテルのたたずまいはすばらしかった。あの頃、都市伝説のように、ここ、逗子の新宿では、この本に登場するM子=夏目雅子を見かけたという話が多かった。逗子住民にお勧め。
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なんでこんなヒドい生活をしているのに夏目雅子と付き合う事が出来たのだろうか?定職も持たず酒ばっかり飲んで、借金まみれなのに。
こういう見方をするのは凡人なんでしょうね。多くのいい人に囲まれて、助けられているということは、人間的な魅力に満ち溢れているのでしょう。
とは言え、娘の結婚する人がこんな生活していたら心配で寝られないでしょうね。
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伊集院静の自伝です。
前半数ページを読んだ。
面白い…
時間のゆったりとした流れや、風景、心情が、
生き生きとして、それでいて優しく、時に美しく、
その瞬間を感じさせてくれています。
まだ途中ですが、順調に本の世界に引き込まれそうです。
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同じ県にいながら、このホテルの存在は知りませんでした。著者の自伝的内容になりますが、今の著者を見ると当時の姿が信じられない感じがします。逗子、葉山、鎌倉の情景がいいですね。
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登場人物がI支配人はじめ、魅力的な人ばかり。伊集院さん自身も困った生活が続くが、なぜか凛とした姿勢がうかがえて不思議。
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伊集院さんの名前は知っていたものの、本を読んだのは初めてでした。
そしてこの人がどんな人か、わかったような気がします。
登場するホテルの支配人はじめ、従業員全員がとてもいい人。
本当にこんなことがあったのですね。
(夏目雅子さんの旦那だったとは知りませんでした。そして、現在の奥さんが篠ひろ子さんだとも)
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いろいろなエッセイで断片的に記されていた若い頃の伊集院さんの話が、自伝的にまとめられている。I支配人はじめとする登場人物がとても魅力的に描かれていてあっという間に読み終えた。海の見えるところはやっぱりいいね、ということで、バルコニーに出て海を眺めてみた。
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作家 伊集院静さんがなぎさホテルで過ごした7年を綴った本。彼の生き方とそこに関わった人たちが率直に描かれてる。
目に見えない小説というものを相手に、それを仕事とすることが彼にとってどういうことなのか。なんとなくそれを垣間見れる気がする。
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伊集院静先生が作家になる前にすごし、女優の夏目雅子さんと愛を育んだといわれる『なぎさホテル』その七年弱の出来事が15章にわたって記されております。今まで断片的にか語られていないので、貴重な作品です。
伊集院静先生が作家になる前の7年間を過ごした「なぎさホテル」については断片的にエッセイか何かで出てくるだけで、単行本として出版されたのが今回が初めてのことで、伊集院静の小説やエッセイをを20歳くらいのころから読んできた自分としては何がなんでも読まなければならんなと手に入れて読んだしだいであります。
内容に関しては15章に分けてつづられていて、伊集院先生が大学を卒業して入社した広告代理店を一年半で首になり、最初の奥さんと二人の娘がいる家庭を崩壊させ、自身の生活や莫大な慰謝料を支払うために荒い仕事をやり、借りられるところからはすべて借金をしたというムチャクチャな状態で偶然知り合ったI支配人の経営する逗子の「なぎさホテル」に部屋を取るところから物語は始まります。
自身でも述懐しているのであまり重複は避けますが、身元のよくわからない人間を途中から宿泊料金を取らないで7年間もとまらせた支配人の懐の深さもさることながら、ホテルを支えるスタッフたちの人柄が伊集院先生の筆を通して理屈ぬきに自分の心に沁み入ってくるようで、今でこそ「大人の男の流儀とは?」と西原理恵子画伯に言わせると「自分ロンダリング」といわれるくらいに厳しい言葉をわれわれにおっしゃる前にこういう時期があったのかと、しみじみと思いました。
物語のほうで伊集院さんが故郷に弟の十三回忌で帰郷するときの描写は僕にとってのハイライトで、母親に
「今何の仕事をしているの?」
と聞かれ
「いろいろだよ」
と言葉を濁す伊集院先生。次の日には故郷を離れ、
『苦々しい思いだけが残った帰省だった。それは、私が二度と故郷に、あの家に帰ることができない確認をした帰省でもあった。―自分にはもう依るべき場所はない。私は電車の窓を流れる風景を見ながら思っていた。』
いう一文が僕の心をわしづかみにしました。
そして女優であるMさんと新しい生活を始めるためになぎさホテルを出る伊集院さんが
『私は自分がもう二度と、あのホテルに戻れないのだろう、と思った……。』
という一文の中に自分の中で何かが終わったんだろうなと、邪推してしまいました。それからまた二転三転と、伊集院先生の人生には波乱が待っているんですがそれに関しては『いねむり先生』や『乳房』を参考にされるといいと思います。これは、自分の人生の中で否応なく
『立ち止まらざるを得なかった』
時期がある人間には理屈ぬきで迫ってくる一冊だと思います。
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伊集院氏って元から作家だと思っていた。不思議な人生を送っていたんですね。逗子なぎさホテルってまだ有るのかな?行ってみたくなった。
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読了。海辺でページをめくりたくなる一冊です。BGMには波音だけでも充分ですが、CKBの「せぷてんばあ」を思い出しながら読むと良さそうですね。時間を見つけて冬の海に出かけてみますかね。
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逗子海岸の目の前にあった「なぎさホテル」で過ごした日々が書かれている。なんといっても、ホテルの支配人がすばらしく、その他従業員も個性的な面々ぞろい。
いまはなきこのホテルが、まだあったらよかったのに、、、そう心から思う。