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革新幻想の戦後史

革新幻想の戦後史 みんなのレビュー

第13回読売・吉野作造賞 受賞作品

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みんなのレビュー10件

みんなの評価4.3

評価内訳

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10 件中 1 件~ 10 件を表示

紙の本

本書は、頭の整理をするのに丁度良い。一見、丸山真男や清水幾太郎ら進歩的知識人の戦後史のように見えるが、実は戦後の「サヨク」がどのような変遷を辿り、今日に至っているのかが一目瞭然となる「戦後サヨクの歴史」解説本である。

2011/11/29 11:33

17人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

【売国奴でありテロリスト集団であった日本共産党】
戦後日本の歴史は日本共産党の合法化から始まる。これはサヨクが主導するGHQの意向を受けてのことだったのだが、これが大失敗だったことはすぐに分かる。日本共産党はソ連の完全な指導下にあり、スターリンの差し金で国内でテロを繰り返すテロリスト集団であり、ソ連が主導するコミンテルンの指示のもと天皇制打倒、日本政府打倒を目指す売国奴集団だったことが本書を読むと良く分かる。当時の日本共産党のアジトには爆弾製造マニュアルや殺人マニュアルが乱雑に放置され、火炎瓶闘争、爆弾闘争が交番等を標的に繰り返し為され、山村工作隊というテログループさえ編成されていたという。当時のコミンテルンの意図は、スターリンの意を受けて朝鮮半島で一方的な侵略戦争を始めた北朝鮮の戦いを有利に進める為、韓国を支援する米軍の後方たる日本で騒乱を起こし、米軍が十分朝鮮半島に注意を集中出来なくするようにすることにあったという。この為に日本共産党は在日朝鮮人らと組んで数々の暴動(吹田事件など)を実際に起こしている。

【六全協ショックと進歩派知識人・新左翼】
こうした日共のテロ・売国行為にもかかわらず朝鮮戦争は米軍の勝利に終わり、金日成とコミンテルンの野望は挫折する。これと相前後して日共内での権力闘争がはじまり、徳田球一率いる所感派と宮本顕治率いる国際派の争いとなり、最終的に宮本一派が勝利して、それまでの「革命は銃口から生まれる」テロ路線から日共は決別し、「愛される共産党」を目指す方針の180度転換を行う。これが世に言う「六全協ショック」で、今から見ると宮顕の方針転換は議会制民主主義を大前提とする日本国民には至極当たり前の決断のように思えるが、当時の若者(ヴァカ者)には、これを「日本共産党に裏切られた」と感じるものが多くいたという(信じられない)。これがサヨクが「代々木」と「反代々木」に分裂する出発点で、日本共産党に対する不信感にとらわれたヴァカ者たちの受け皿になったのが、ひとつはブント、革マル、中核派、革労協へと連なる「新左翼」の系譜で、要するにこいつらは「平和主義路線を標榜する日本共産党」に飽き足らず、あくまで殺人と暴動によって日本国政府を転覆し、暴力革命を以て日本にマルクス主義政権を樹立するという、完全に日本国憲法の精神を踏みにじり無視する「とんでもない連中」ということになる。もうひとつが、岩波書店「世界」、朝日ジャーナルに巣食って戦後の日本に「有害」としか思えない無責任な言論を垂れ流した丸山真男、清水幾太郎ら「進歩的知識人」の系譜で、彼らの意図は「出家(日本共産党に入党する)しなくても、在家のままでも真理(マルクス主義)を追求することは出来る」という、今から思うとお笑いとしか言いようのないものだった。しかし、著者の竹内洋の丹念な調査によると、戦後の世論の支持を、実は進歩的知識人はあまり受けておらず、「世界」の販売は一貫して低迷。むしろ、高坂正尭や永井陽之助ら「現実主義知識人」を担ぎ出した粕谷一希編集長率いる「中央公論」の方が、遥かに販売を伸ばしていたことが分かる。「世界」が売れていたのは東大などごく一部の大学で、慶應大学などでははじめから「中央公論」の方が売れていたのである。これが六全協ショックを受けて生まれた新左翼と進歩派知識人のヒストリーである。丸山真男はそれでも岩波・朝日の後押しもあって「時流」に乗る。しかし調子こいた丸ちゃんの全盛時代は長くは続かない。丸山の全盛時代は60年安保で、その後は一貫して影響力は凋落し、丸山が育てた全共闘世代は丸ちゃんを教壇から引きずり降ろし罵倒する。そのショックもあって丸山は東大を辞職してしまう。全共闘を商売のネタとしてフルに活用したのが悪名高き朝日ジャーナルだが、その全共闘もあさま山荘事件やそれに関連する一連の虐殺(総括と奴らは呼んだ)で世間の支持を完全に失い、糸が切れた凧状態になって迷走し、やがて急速に高齢化していく。

【花より団子派の台頭を見過ごした丸ちゃん】
丸山は戦後日本に「戦争がおかしいと思いながらも止めることができなかったという悔恨が、戦後の知識人の出発点」だとする「悔恨共同体」と名付けた一群の知識人集団が現れたと断じた。そしてこいつ等は「戦前から一貫して戦争に反対し続けた日本共産党へも尊敬の念を持つ」とした。しかし竹内洋は、終戦直後から昭和30年前後まで一貫して憲法改正再軍備を求める国民の声が非常に大きかったことを例に取りつつ、悔恨共同体とは別の「無念共同体(今回は惜しくも米英に負けたが、次は上手くやる。おれたち日本は決して間違っていなかったと考える一群の知識人)」がいたとする。彼ら無念共同体の主張を端的に纏めたのが林房雄「大東亜戦争肯定論」というわけだ。ところが昭和30年代が進むにつれ、憲法改正再軍備を支持する国民の声は次第に小さくなる。これを以て丸山は「我々進歩的知識人の主張が広く国民に浸透したから」だと勝利宣言を行うが、これは丸ちゃんや鶴見俊輔、大塚久雄ら一群の「進歩的知識人」の我田引水の暴論であり、日本国民の実体とはかけ離れた都合のよい世論調査解釈ではないかと竹内洋は主張する。竹内はここに無念共同体(右翼)でも悔恨共同体(サヨク)でもない「花より団子派(憲法改正や再軍備なんかどうでもよい。それよりも経済成長であり生活水準の改善が最優先)」と考える人々が国民の多数派になったことが憲法改正支持を唱える人たちの相対的低下をもたらした本当の原因であり、憲法改正支持率の低下は決して丸ちゃんら進歩的知識人の主張が国民の大多数の支持を得たからではないと主張するのであり。その証拠に丸山ら進歩的知識人の牙城である岩波書店の雑誌「世界」は昭和30年代も半ばを過ぎると売上が一貫して低下し、長期低落傾向に一度も歯止めがかからない状況に転落したことを挙げているのである。

【疎外論の意味】
昭和40年代に入ると日本の高度経済成長は佳境に入り、マルクス主義者が唱える資本主義経済における絶対窮乏化論が完全なる間違いであることが誰の目にも明らかになってくる。するとサヨクは「疎外論」というアサッテな話を持ち出して経済成長の果実を裏口から貶めようと悪あがきをする。「確かに我々は物質的には豊かになったが精神的には疎外され、」むしろ貧しくなった」というアレだ。「物質的には我々より遥かに貧しいカンボジアの子供たちの笑顔は、受験地獄で疎外された日本の子供たち比べ、遥かに明るく希望に満ちている」式の話がこの類型だという。

私が敬愛する池田信夫氏は「日本の左翼は、論壇では主流でも、現実の政治には何の影響も与えなかった「負け組」であり、反原発派はその最後の末裔である。しかし右翼がそれをしのぐ思想をもっているわけでもない。マルクス主義があまりにも長く日本の知識人を毒してきたため、まともな社会科学が育っていないのだ。この毒が抜けるには、団塊の世代が退場するのを待つしかない」と断じている。同感である。

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紙の本

教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

2012/04/22 13:25

7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る

1942年生まれで1961年に大学に入学した教育社会学者が、「自分史」を戦後史に位置づける試みによって、「左翼にあらざればインテリにあらず」という「革新幻想」の時代を、立体的に浮かび上がらせることに成功したのが本書である。

「革命幻想」をまき散らした左翼知識人たちを俎上に乗せた知識人論と、高度成長によって「革命幻想」がいかに変容し、衰退していったかを論じた大衆社会論でもある。索引を含めると540ページを越える大冊だが、着眼点が面白く文章もうまいので、良質なノンフィクション作品を読むような感覚で、最後まで読みとおすことができる。

本書は、社会学の方法論で歴史が分析されているが、教育社会学、歴史社会学、知識社会学、ネットワークの社会学、大学史、教育史、メディア論、人口統計学など、じつに多岐にわたった内容がカバーされたものになっている。だが、学者が書いたものにかかわらずキーワードやコンセプトがキャッチーでなことも特徴だ。「革新幻想」、「悔恨共同体」、「無念共同体」、『世界』の時代、「旭丘中学校事件」など、目次を見るだけでもなんだろうと引き寄せられるのを感じるのではないだろうか。また、詳細なデータ分析をもとにした記述は、常識とは異なる結果を見せてくれるものであり、意外な印象を読者に与えてくれるだろう。時代を知る手がかりになるエピソードや文学作品などの豊富な引用がまた、本書を読ませる一冊としているといっていい。

それにしても、「革新幻想」の時代とは、いまから振り返ると、なんと異常な「空気」が充満していた時代であったことかと思わざるをえない。著者は、丸山眞男など有名な「進歩派」学者たちだけでなく、教育学の世界を牛耳っていた左翼学者たちの発言や行動を取り上げているが、かれらの言動をいま読むとほとんど理解不能である。教育学部の内情について知らないわたしには、はじめて知る事実も多く、教育学部とはなんと不思議な学部なのだろうかという印象を抱かされたのであった。

わたし自身は1962年生まれで1981年に大学に入学した人間なので、著者とは年齢がちょうど20年違う。したがって、「革新幻想」が変容したのちの末期しか知らないのだが、なぜそのような時代の空気ができあがり、それが大学キャンパスにおいて長く尾を引いていたのかを知ることができて、たいへん興味深く感じている。大学を卒業して実社会で働き始めると、ビジネス界はすでに著者のいう「実務家型知識人」の時代であった。大学という実社会とは切り放された空間においてのみ、「幻想」が「幻想」のまま再生産され続けていたことをあたらためて再確認することができた。

1960年代までの「革新幻想」の時代は、すでに過ぎ去った過去の異様な時代であり、いまになってはどうでもいいように思えなくもない。だが、「大衆」という「見えない権力」によって監視される状態がいまの時代である以上、大衆人とは「革新知識人が啓蒙し創出しようとした大衆(市民)の鬼子(大衆エゴイズム)」(P.310)の担い手になっているという著者の指摘を読むと、「革新幻想」の影響は、けっして過ぎ去った過去ではないのだと思わされるのである。

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2012/02/03 14:35

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2012/11/19 22:51

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2012/08/03 19:32

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2012/01/31 20:57

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2012/10/19 21:57

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2012/05/07 07:58

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2012/07/12 03:07

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2013/12/20 19:41

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