紙の本
はいからさん罷り通る
2017/11/18 21:24
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本で最初の言文一致体小説「武蔵野」は南北朝時代、「胡蝶」は源平合戦、そして「いちご姫」は応仁の乱と、それも戦乱の時代の悲劇を題材にしている。時代物で言文一致にする必然性はどうか分からないが、ですます調に体言止めなどを多用したこの文体は、講談を書き言葉にしたようにも見える。
円朝の速記本が流行した頃のことだから、文学の世界ではともかく、一般民衆の世界ではさほど違和感を感じられない文体ではないかという気もする。ただ戦乱の世を舞台にしたとて、英雄豪傑の話ではない。南北朝では新田方の侍、壇ノ浦で落ちのびた安徳天皇を守ろうとする女官、そして武家に権勢を奪われた公家の少女が、応仁の乱で荒廃した京の街で武家への復讐に走る。いずれも未来のない生き方、破滅に向かうしかない信条の人々だ。歴史を知っているからそう思うのでなく、たぶん同時代の人々にも先行きを見ようとすれば分かることであるのに、それをせずに突き進んでいく。いや、たとえ忍従の暮らしを続けていても滅びる側の運命にあることはどうしても避けられないのなら、信じる道を進むのが唯一の選択肢なのかもしれない。
「いちご姫」は長編としての長さと起伏を備えていて、読み応えがあるよ。落ちぶれた公家の姫君とて、貧乏ではあるが箱入りで世間知らず、気が強くて誇り高くい。それが公家にとって仇敵とも言うべき将軍義政近習の武士に関わったことで、義政暗殺のチャンスを得るが、見破られて流浪の身の上となる。そこからは策略と美貌を駆使して、武家や盗賊まがいまで様々な男たちを取り込んで勢力を増していく。その無軌道ぶりを生み出す憎悪のエネルギーは凄まじく、ノワールじみてさえいる。高貴な家の姫君といえども、この時代は生活のために身を売る者もいたというのに、決してくじけないプライド、強靭な自我をいちご姫は保っている。それは無垢であるがゆえの野生かもしれないが、時代の約束事を突き抜けて、恋の道にも、義の道にも、欲望を解放していくパワーがあり、室町時代どころか、明治時代さえも突き抜けて、現代をも置き去りにしかねないアナーキーさだ。
文体の話に戻ると、表現方法に色々工夫を凝らしており、新しい日本語を生み出そうと言う意欲が押し出されている。奇をてらいすぎているように思えるところもあるのは、完成した日本語と比べるからであって、作者から読者への語りかけや、独特の用語の多用などは、やはり語り芸を意識しているのではないか。もっとも新しい文体の創出にあたっての題材が時代物というのも、微妙な選択をしているわけで、新しい物語の創生と、二兎を追おうとしていると言えるかもしれない。そしてどのストーリーもラストに残酷テイストが待っているのも特徴で、こちらは講談、落語の世界から踏み出そうという意思の表れではないか。
文体にも、展開にも、作者の世界観にも、古いものから新しいものへの転換を目指す様々な冒険があり、開花期の明治期を動かしていった熱情が、ここにもひしひしと感じられる。
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長編「いちご姫」のみ読了。
<あらすじ>
公家の息女いちご姫は、敵方足利義政の使・窟子(うろこ)太郎に恋をしてしまう。出奔し盗賊に身を堕としながら、美貌と気の強さを武器に戦国末世をわたり歩く。
<感想>
・文体…短文を重ね、「!」を多用し、やたら文章の勢いが強い。美妙の造語かと疑いたくなるような間投詞が登場し、語注を見て驚くことしきり。
・ヒロイン…自己愛過多で気が強く貞操観念のうすい主人公は、現代以上に突き抜けた感覚の持ち主。こんな主人公にはお目にかかったことがない。
・構成・ストーリー…章回制。各回にきちんとクライマックスが用意されており、連続ドラマに仕立てられそうである。通俗的で波瀾万丈なストーリーとも相俟って、読者の期待をあおる。「大団円」の章名を裏切る、あまりにも衝撃的な結末には腰が砕けてしまった。
強烈な女主人公といい、奇想天外なストーリーといい、明治時代の古臭い作品と思ってかかると裏切られる作品。なんとなく舞城王太郎を読んだときの当惑を思い出した。
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山田美妙はあまり面白くないと聞いてはいたけど、読むのがしんどかった;
文章を華美にしすぎてニュアンスが伝わりづらく、話がすんなりと入ってこないです。
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勇敢な女子(おなご)が次々と降りかかってくる災難に敢然と立ち向っていくさまに、心踊らされる。が、一方で、連れ添う男運のなさからか、頽廃への道を歩むことになり、憐れな結末を迎えることに…。
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明治期の小説を読むのが久しぶりだったのだけれども、わりとすらすらと読めました。短編はラストの鮮やかなイメージがどれも素敵でした。いちご姫は思うところはあるけれども楽しめたのでよしとします。
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校訂:十川信介、評論:内田魯庵、石橋忍月、依田学海、注:大橋崇行、福井辰彦
武蔵野◆蝴蝶◆いちご姫◆笹りんどう◆山田美妙大人の小説(内田魯庵)◆蝴蝶(内田魯庵)◆近日出色の小説(抄)(内田魯庵)◆夏木たち(石橋忍月)◆国民之友二小説評(依田学海)
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空き地で紙芝居を見ているような気持になる(経験はないけれども)。講談を聞いているような文章が心地良い。
いちご姫が力強く、明治の作品でもこんな女性が描けるんだと驚き。
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まじめなのかふざけているのか判らないほどぶっとんだ内容のいちご姫は面白い。古典を引いたり故事を引いたりもこの作品に於いてはユーモアに映る。ただ、稍冗長。
武蔵と胡蝶は内容が薄く、同じように古典や故事を引いても、知識の披歴くらいにしか思えず、却って退屈だった。
山田美妙のことは詳しく知らないので、どの作品がどういう経緯で書かれてどういう評価を受けているのかまで知らないが、言文一致に尽力したという以外で何か評価できることは特にはない気もする。言文一致させたのはしかも山田美妙だけではなし。
この人は辞書も編纂していて、確かに語彙力とか古典故事には詳しかった模様。変態的に知識を蓄えていた森鷗外と比べてどうかまでは知らないが。
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収録された4編は1887(明治20)年から1891(明治24)年の作。
二葉亭四迷と同時期に言文一致の小説を切り拓いた作家だという。しかし山田美妙の場合は、内容が鎌倉から室町時代を舞台にした時代小説なので、地の文が口語体であっても登場人物の台詞が古めかしい古語なので、二葉亭四迷のような近代性は感じられない。その地の文も、
「で、闇? 驚・・・あら、膝に加わる妖獣の手の生温い——ちッ! きっぱらってしまおうか。」
といったふうに、感嘆符が頻出するとともに、妙に「調子の良い」リズムの取り方が際立ち、「日常の口語」とは差異がある。
おまけに、どうもくどい文体で、一つのことを延々と「言い換え」し続けて無駄にページを費やし、なかなか話が進まないのがもどかしく感じられた。長編の「いちご姫」の前半はそれでじれったいような文章だった。
この「いちご姫」は、室町時代の公家出身の娘としてはずいぶん破格な女主人公が数奇な運命を経て凋落していき、やがて破滅に至るという、明らかにエミール・ゾラの影響が濃厚。物語内容としては興味深いが、姫の人格にあまりリアリティが感じられないようにも思った。
風変わりな「奇書」と言ってもよさそうな作品である。