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紙の本
一過性の意識変革。
2011/11/13 11:28
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る
東日本大震災は日本人の意識を変えたといわれる。確かに、人と人の絆を求めるようになったとか、他者に対して優しくなったとか、日本と日本人に自信を深めたという。これはこれで大変良いことだが、根本的な問題が解決されたかというと、何も変わらない。
首都圏では膨大な数の帰宅難民を生みだしながら、その後の台風の直撃でも同じ轍を踏んだ。首都圏への一極集中が莫大な人的被害をもたらす危険と知りつつも、解決の方向性は見つからない。危険と知りつつも住み続ける首都圏の住民に福島原発の避難区域から立ち退かない住民を批判する事はできない。
ひとつの熱狂が鎮まった頃、しみじみと語られる本書の内容は軽いタッチでありながら、言葉が重い。「言葉の職人」を自認される著者だけに、ひとつ、ひとつ、言葉を選び、考えている。その言葉の使い方についても、指摘は鋭い。感じる事ごとは読み手の環境や体験によって異なると思うが、35ページから始まる「三島の「意地」」という一文は何か心にひっかかる。「人間が自覚して愚行を選べぬようになってはおしまいだ。」という一行は、いかに現代が賢く生きることを人々に求めてきたかがわかる。その賢いという言葉にしても、人間性を求めてではなく、「より」多く、「より」良く、他者と比較して「より」快適な暮らしぶりの高さを求めてのものである。
著者は中国大連からの引き揚げ者である。着の身着のまま、身体一つで日本に帰国してきて、何もないところから再スタートを切っている。今の東日本大震災の被災者と同じ環境であり、広島、長崎の原爆投下を考えれば、福島原発の事故からも立ち直ることが可能と喝破する。やんわりと、マスコミが騒ぎすぎとも注意を忘れていない。
三島の切腹について、ぶざまな姿であろうが生き延びることも「愚行」であると著者は語る。ここに、自ら死を望まぬとも「生きる」ことも「自覚した愚行なのでは」と三島に生き抜いて欲しかったという著者の願いがある。中国から引き揚げ、結核に冒されてでも生き抜いた人だけに、生命の尊さを知っているから言えることである。
東日本大震災は日本人の意識を変えたというが、その後も、親殺し、子殺し、自殺が止まらない現実を見ると、意識変革は一過性のものであることがわかる。
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