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紙の本
マーラーの巨大な森にようこそ
2012/02/27 19:08
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:稲葉 芳明 - この投稿者のレビュー一覧を見る
今でこそ筆者も熱狂的マーラー・ファンと胸を張って公言できるけれど、こうなるまでには結構時間と元手を費やしてきた。
マーラーの交響曲は演奏時間がやたら長く、おまけに構造が入り組んでいるので、慣れ親しむのに相当時間がかかる。数回聞いただけでは全体像など分かる筈もなく、数十回――出来ればスコア片手に謹聴する事で――ようやく全貌が見えてくる。また、CDで聞いているだけでは真に聞いたことにはならず、実演に接してみて初めて、ああホールの中ではこんな風に響くのか、こういうスペクタキュラーな効果・迫力を意図していたのかが「体感」出来る。物理的時間の長さ、曲の中に詰め込まれた音数の多さ(=オケの規模の大きさ)と音色の多彩さ(=使用楽器の多さ)、主題の難解さ――等々の理由から、マーラーの交響曲という巨大な森に分け入るには、良きガイドブックを伴侶とするに越したことは無い。
しかし、音楽評論家や研究家が著すガイドブックは概して、楽曲の主題をやたら観念的・文学的(?)に述べるものだったり、指揮者・オケの解釈の違いを詳細に記すディスク・ガイドであったり、あるいは何小節目から第1主題が出てきてこれはニ長調でこれがこうなってってという楽理的分析であったりして、百戦錬磨のマーラー通ならともかく、初心者にはネコに小判となりがちである。その点、この書物は出色のマーラー入門書となり得ている。指揮者の金聖響氏が玉木正之に語ったものをまとめたシリーズとしては、『ベートーヴェンの交響曲』『ロマン派の交響曲』に次ぐ第3弾だが、本書が一番中身が濃く充実している(何と366頁もある!)。
まず、マーラーが個々の交響曲を作曲した経緯がうまくまとめられており、曲を理解するための背景知識がすーっと頭に入ってくる。次に、指揮者が語るマーラーという観点がフルに活用され、個々の交響曲を指揮/演奏する際のポイントを押さえていって、音楽構造の骨組みや全体の流れ(=俯瞰図)が見えてくる。更に、楽曲のテーマを金氏が独自に考察することで、長大複雑なマーラーの交響曲が語る「大きな物語」を聞き手はどんな風に解釈していけばいいのか、その手がかりが与えられる。
語り口調をそのまま生かしているので読み易いが、決して中身が安直軽佻浮薄なわけではない。マーラーの交響曲を何度も聞き直しながら、正に金氏の言うとおりだと賛同したり、いや自分は違う解釈をするぞと異議申し立てをしていくのにうってつけの本である。金氏があとがきで述べているように、「彼の音楽に接している時間は本当に刺激的で音楽家冥利に尽きるのですが、やはり睡眠は短くそして浅くなり、正直いって私生活が破綻します(笑)。(中略)それほどまでに魅惑的かつ麻薬的な音楽を創り出したマーラーは真の天才」である。書棚に仕舞い込むのではなく、マーラーのCDの隣に並べ置き、CDを聞く度に該当章を繰り返し玩味熟読することで、マーラーの世界に深く深く入り込み、そして此処に又一人、新たなマーラー中毒者が誕生するのである。
紙の本
親しみやすいマーラー解説本
2012/01/24 11:54
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:神楽坂 - この投稿者のレビュー一覧を見る
好きなクラシック音楽作曲家は? 一般のアンケートなら、1位モーツァルト、2位ベートーヴェンといったところだろう。しかし、クラシックファンに限れば、最近はマーラーが一番人気だそうだ。近年増えた安価なクラシックCD BOXの影響だろうか?
この本は、『ベートーヴェンの交響曲』、『ロマン派の交響曲』に続く第3弾。ベートーヴェンは交響曲の代名詞だし、第2弾がその後の時代なのもうなづける。その次となるとマーラーは順当かなと思う。交響曲第5番はドラマ等でよく使われているので、聴けば分かる人は多いはず。そのわりに内容が知られていないのが、マーラーといえるだろう。
これまでもマーラーの交響曲を解説した本はあったが、高価で専門的なものばかりで敷居が高かった。この本は、マーラーと他の作曲家等とのエピソードも多く書かれ、親しみやすい。ハンス・ロット(!)の影響をそんなに受けていたとは初めて知った。
また、(未完含め)11曲の交響曲が章ごと分けて解説されており、曲の内容や作曲の背景を知ることができる。マーラー交響曲全集は持っていても、よく分からないまま聴いている人は多いだろう。私もそうだった。この本を読んで全曲聴き直そうと思った。
紙の本
食わず嫌いが治りました
2021/09/11 23:02
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:miyajima - この投稿者のレビュー一覧を見る
小中高校とクラシック大好き少年だったんですが、マーラー、あんまり聞いたことないんですよね。バロック→古典派→ロマン派の耳なじみのいいわかりやすさからすれば、マーラーなんてのは、音楽だけでなくライナーノートあたりに書かれているその意味なんか全然わからん、俺は哲学書を読んでるんじゃないぞ、ということで。せいぜい「巨人」と「大地の歌」くらいで他の交響曲はほとんど聞いたことはなかったです。
でもたまたま手にした本書。「あれ、これ読めばマーラー好きになるんじゃないのかな」と思わせる匂いがしたので買ってみました。
結論から言えば実に面白かった。音楽的な面白さだけでなくマーラーの人間性などまで含めて交響曲ごとに解説をしているのです。どの曲も、その技法へのこだわりとか音楽的(譜面的な)面白さとかそのテーマだけではないんですね。その時マーラーはこんな状況にいたんだよだからこの曲もその時のマーラーのことを考えるとこんな風に解釈できたりするよね、なんて感じ。そこまで言われれば全部の曲を聞きたくなろうというもの。
本書によればマーラー自身、自分についての分析や注釈を嫌悪し、晩年にはそれを禁止したほどだそうです。実は著者の金 聖響も当初は「音楽で最も重要なのは楽譜に書き残された音符であり、そこに表された音楽そのものだ」と考えていたそうですが、もう一人の著者の玉木正之から「作曲家や作品にまつわるエピソードを知るのも音楽を聴くうえで大いに参考になる」といわれたのが本書(正確には本シリーズ)執筆のきっかけだったとか。
で、マーラー。ベートーベンを超えようとして後期ロマン派の作曲家たちは悩んたものの、結局それを乗り越えられずにいたわけです。音楽的な技法の進化だけでなく、人間社会も複雑化したり深化したことから、単に「勝利」とか「歓喜」だけを表現するのではない「音楽的解決」が求められました。
リヒャルト・シュトラウスは「ツァラトゥストラ」であらわしたようにニーチェ的なニヒリズムで回答しようとしました。一方、ユダヤ人としてのアイデンティティだけでなく恋愛や死など人生に対して悩みぬいたマーラーはもっと違うアプローチをとります。その音楽は巨大で複雑化しました。ですが、そのサウンドのなかに、苦悩・絶望・愛・救済・鎮魂・大いなる肯定といった様々なメッセージを織り込んだのです。
交響曲1番から未完の十番までの11曲(大地の歌をふくむ)は、順を追って音楽としてもマーラーの人間としての成長も理解できるという著者の主張も大変に説得力があります。その中で、著者は交響曲第8番を「19世紀ロマン派作曲家たちの100年の歩みを経て発展した交響曲を、規模においてもメッセージにおいても一つの集大成として到達点に達した作品」と評しました。
ですが、さらに第9番がすごい。8番ですでにすばらしい高みに至ったはずですが、9番は「その頂点は雲を突き抜けて別世界に突入した」とまで言い切ります。9番のテーマは「疑いなく人生との別れ」「死」なのですが、だからと言って悲しいとか否定的なということなのです。しかも劇的で英雄的な死などではなく「普通の一生を送った普通の人間が迎える普通の死の瞬間」なのです。
著者は余計な説明などしなくてもこの交響曲のすばらしさはわかるからとにかく聞けと言っておりましたので、このメモはバーンスタイン、ニューヨークフィル版を聞きながら書いております。
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