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以前からもやもやと考えてはまとまらずにいた「公」と「私」の新しい関係について、多くの事例を介してハッキリとした一つの方向を示してくれている。
アサダさんの着眼点が取材を通して「住まいを開く」ことから「生活(日常)を開く」事に移行していく過程を追体験できるよう。
改めて、やっぱり場所じゃないんだよな、と言う事を再確認。
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一年くらい前からシェアハウスなどの新感覚な動きには注目していたのだが、本書は日本全国31の様々な事例が一望できる一冊だ。住居としてのシェアのみならず、自宅を核としてテーマ特化型のサロンの役割を持たせるもの、協働でソリューションを行うものまであるという。これらが、日常編集家なる著者の手によって「住み開き」と命名されている。
日常/非日常の境界線を意図的に編集することによって生まれる、地縁、血縁に続く第三の縁。もちろん昔の長屋の感覚に近いものではあるのだが、決して無理や窮屈を感じている様子はなく、意識的にパプリックを作り出すことで、プライベートの線引きも明確になっている印象だ。
この「住み開き」というものの持つ特性に、突如現れる外来者を招き入れることへの受容性が高いということがあげられる。震災時の帰宅難民の受け入れや疎開先としても、ずいぶん機能していた模様である。
特に興味を持ったのは、東京あきる野市にある約4万冊の蔵書を誇る自宅ライブラリー「少女まんが館」や、大阪西区の絵本や児童文学などを貸し出している自宅図書館「ぶんぶん文庫」など、本に関するもの。いつか、こんな空間が持てると良いですね!
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各地の住み開き事例をアサダワタルさんが取材し、編集したのがこの本。
端的でわかりやすく、また住み開きに興味を持つ1冊です。
また、改めて地域コミュニティや自然災害とのかかわりについても
改めて感じました。
大阪編はリアル友達や自分が参加したことがある場所などがあり
楽しく読ませてもらいました。
住み開けるぐらいの家とココロの余裕がほしいな。
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本屋でたまたま見つけた一冊。今月はお金が苦しい中どうしても気になったので買ってしまった。。。
「無理はしないでやりたい事をできる範囲で」
とりあえずやってみる精神の僕にとっては新しい発見が出来ました。
SNSが流行って全く知らない人との出会いも面白いですが、地域にある小さなコミュニティこそ忘れてはいけない。希薄になっている近所付き合い。過剰すぎるプライベート思考、および空間。ちとさみしい気がします。
「住み開き」という新しい表現ですが、ひと昔前まであった縁側での井戸端会議も住み開きの一つ。そこから発展した現代の住み開き実践者の楽しさが伝わる一冊でした。
こういう事したいですね。
できる事からやってみようかな?
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プライバシーのあり方、他人とのコミュニケーションのあり方の模索を、いろいろな事例で紹介。
経済は今後大きな発展はなく、高齢化が進む社会では、必要なかたちの試みだと思う。自分自身についても変化の必要を感じるているのもあって、興味深い。
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自宅の一部を公共のスペースとして開放しているとか、複数人でシェアしているとか。
そういうのが住み開き。
人とのつながりを求める新しい形態かと思います。
何か新しいことができそうな、そんな気持ちになりました。
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経済原理主義の中で時間も空間も他者とのふれあいが希薄になっている。隣の住民のことはほとんど知らない。道で出会っても「こんにちは」程度の挨拶くらい。しかし本当はもっとお互いに情報を盛っていたり、それが愉しかったり、生きることのちょっとだけの共感があるだろう。
若い頃は友人のそのまた知り合いなんかも一緒にホームパーティをよくやっていた。ただの飲み会だったけど、それなりに愉しかった。
自家を開放して集まるっていうことはいいな。でもコンセプトがやはりしっかりしていないとね。
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興味深いいろんな活動をしている人たちの
家兼アトリエ兼ライブハウス兼cafe兼・・・・・
人と人との繋がりが希薄になっている現代社会で、
こんな風にして人脈をつくって
空間や、夢や、時間を共有していけるとは
面白いです。
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自宅の一部を開放し、コミュニティとして活用している家々の取材を集めた本。
まるで放課後の部室のような、出入り自由な関係のあり方に興味を惹かれる1冊です。
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家(自宅)の一部を他者に開放する「住み開き」を提唱する筆者の、全国(主には東京、大阪)にある住み開きの事例集。
面白いのは、きっとオシャレクリエーターぶった若者だけだと思っていたら、半分くらいがおじちゃんオバチャンだったりするところ。
彼らにすればこんなことを提唱する前からいかに楽しく生きるかって考えた時の、シンプルな答えなんだろうと思うし、そもそも過去には普通に家というものが開いていたんだとわかる。
今はプライバシーの比重が高くて、自分にとってもそれが普通の感覚になっていることを痛感させられる。
事例のひとつに少女まんが館(蔵書4万冊)というのがあったんで、
真似て少年・青年まんが館でも開くかなー
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「住み開き」とは、自宅の一部を博物館やギャラリー、劇場、地域
サロンなどの形で地域に開いていく行為のことです。ここ数年、ど
うもそういうことがいたるところで起きていて、自宅を核にした新
しい形のコミュニティが同時多発的に生まれ始めている。その可能
性に気づいた著者が、これらの現象を総称して「住み開き」と呼び
始めたのが2008年のこと。以来、著者は「家を開く」ことでコミュ
ニティが生まれる「住み開き」を提唱してきたのです。
本書は、そんな著者の2009年からの足掛け2年にわたる取材と思索
と実践の成果をまとめたもので、31の住み開きの実践を紹介しなが
ら、住み開きの持つ意味と可能性について考察しています。どの実
践もユニークで、関わっている人達もとても楽しそうですし、住み
開きを実践するための「9つのコツ」なんてものまでまとめられて
いるので、住み開きの実践へと誘われること請け合いの一冊です。
31の実践例を見ていて思ったのは、家のあり方というのは本当に多
様なんだなということでした。家は何も家族が寝て食べて団欒する
ためだけのものではありません。家の役割はもっと創造的になり得
るし、家を少しだけ開くことによって、思いがけずに色々な人達と
つながることができるのです。
プライベートを開くことでつながる世界。自らを開くことによって
生まれる自律的で創造的なコミュニティ。そこで出現するものを著
者は「僕らの小さな公共」と呼びます。
その言葉がとてもいいなと思いました。政府や自治体といった「誰
かがやってくれる、大きな公共」でなく、顔の見える範囲で、各自
が自分の持っているものを差し出すことで成立する持ちつ持たれつ
の世界。それが「僕らの小さな公共」で、人が幸せを実感して生き
ていくために必要なのは、実はそういう身近で具体的な人間のつな
がりや支え合いなのかもしれないということに、本書は改めて気づ
かせてくれます。
事例の紹介が中心の本ですが、ところどころにはさまれる著者のコ
ラムや巻末の対談が良いので飽きさせません。暮しを楽しくするた
めのヒントにも満ちた一冊ですので、是非、読んでみてください。
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▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)
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無理せず自分のできる範囲で自分の好きなことをきっかけにちょっ
とだけ開いていること。これは公共施設や商売のためのお店ではな
かなかできないことだ。また同時に昭和初期の地域コミュニティに
あるような開きっぱなしともちょっと違う。とにかく「私」があら
ゆる条件の核になる。しかしただのエゴではない。個人宅をちょっ
とだけ開くことで小さなコミュニティが生まれ、自分の仕事や趣味
の活動が他者へと自然にかつ確実に共有されていくのだ。
「私」が少しひらくことによる、小さな「公」の場。「住み開き」
は、自分の日常生活の中で区切られてしまっている様々な役割――
仕事、学業、家事、趣味――といったものを再編集し、人間同士の
関係性を限りなくフラットに再構築する。
住み開きにおいて、「ケアする人もケアされる」コミュニティのあ
り方が問われているのかもしれない。
住み開き実践論「9つのコツ」
・目玉を用意する
・プライベートを確保する
・経済的に無理をしない
・日時を決める
・徐々に輪を広げていく
・大家さんと仲良くする
・なるべく大きな音は出さない
・子どもとペットを媒体とみなす
・困った時は”ここ私の家ですから”
「昔の人はもっと街を使っていたと思うんです。台所としてこの商
店街を使い、風呂は銭湯にいき、街の人が集まる呑み屋で語り合っ
て、といったように。だから私たちなりの方法で、街の機能の一部
として使ってもらえるようにしてきたいな、と」
団塊世代がこれから老いて自由に動けなくなる前に、この団地内で
お互いが助け合って、いつでも文化や娯楽に触れられる環境を、自
分たちで獲得しておく。その仕組みとして「まるごと展示会」が開
催されているのだ。そして注目すべきはその活動の中心は女性であ
ること。一般に女性は男性よりもこれまで家、ひいては地域で過ご
す時間が圧倒的に多かった。そしてそのことにより住む地域での社
会性が非常に高い。だから彼女たちの「表現の場としての家」が開
放されることに意義がある。(…)主婦が培ってきた「地域での社
会性」と「生活の延長線上にある表現」を通して住民同士の理解を
深め合うことが、これからのシニアコミュニティを創造的に生み出
す秘訣なのかもしれない。
開いていくと「庭ももっと綺麗にしよう」とか「ちょっと路面に椅
子でも置いとくか」とかなってきて、家が「スペース」ではなく、
街の中の「プレイス」になる。
つながりたいけども、でもガチガチの関係性じゃない。そのどこか
隙間がある感じが、結果的にいろんなタイプのシェアを生んでると
思うんです。そこでガチガチになりすぎると、おそらくシェアの円
が閉じると思うんですよね。
3.11を経て、「勝手に自分たちで何かをやる」っていう空気は確実
に蔓延してきてますが、行政はその動きを察知するところまでには
全然追いついていないと思います。例えば、住み開きでも取材をし
たシェアハウスをやっているような人達が、3.11当日に、「一日中
開いているから誰でもきていいよ」って情報をツイッターで流して
帰宅難民を受け入れたり。僕はこれまで各地で行われてきた住み開
き的な活動は、まさしく緊急時に対する「つながりのレッスン」と
して非常に機能していると確信しました。
仕事の中に「素」の自分を適度に獲得しつつ、同時に自らの専門性
を地域コミュニティへとしなやかに転用してゆく、こういったスキ
ルが必要なのではないか。職業/雇用形態の多様化が一層進むであ
ろう未来において、「仕事を開く」というレッスンはより必要性を
増していくだ���う。
しごく単純に言えば、「お互いがお互いの持てるもの(経験や知識
や技術)において相手を幸せにすることで、お互いがもっと幸せに
なる」という関係性の構築だと思う。
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●[2]編集後
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住み開きとはほど遠いですが、昨日は、20代のワーキングマザー2
人が我が家に遊びに来たので、彼女達の話を聞いていました。
良い大学を出て、有名企業で働き、かつ、二人の子どもをそれぞれ
育てている彼女達。お洒落にも、自分磨きにも余念がない彼女達の
口から何度か出てきたキーワードが「自己実現」でした。
自己実現を説く本を読み、自己実現をしている人のセミナーに参加
し、母親達の自己実現をサポートするための場をつくり…。
「母親になっても自己実現して内面から輝く美しい女性でありたい」
というのが彼女達の切実な願望で、そのためには時間もお金も惜し
みなく投資する。そういう母親達がソーシャルメディアでつながっ
て、互いに想いを増幅し合ったり、支え合ったりしている。
男達の視界にはなかなか入ってこない世界ですね。夫達は彼女達の
願望と行動をどう受け止めていくのか。彼女達の自己実現を前提と
した時、家族の姿はどんなふうに変わっていくのか。そもそも自己
実現って何なのか…。
そんなことをモヤモヤと考えた日曜日でした。
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自宅などを地域や知り合いに開いていくことでコミュニティを作っている事例を集めた1冊。本当に素敵な事例ばかり。せっかく一軒屋に住んでいるのだから、もっと住み開きしたい!!
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自宅を一般に開放して日常を楽しむ。
色んなケースが紹介されており、シェアハウスに興味がある自分にとってもとても興味深い一冊でした。
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自宅スペースを開放して、人とのつながりを大切に育てている人たちのスタイルを紹介した一冊。
むか~しの村社会と現代のソーシャルネットワークがうまく融合した状態を作っているようです。今後、ゆるやかに人口が減っていく日本では、このような場が増えていくのでしょうか。
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稼ぎが悪くなってくると、こういう本が読みたくなる。良いことなのか悪いことなのか。何にせよ、フラリと行って、こういう本との出合いがある鶴見図書館は、今や僕には無くてはならない場所になっています。