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病院で 働いているから余計に感じるのだろうが、ある程度の年齢になったら 自然のままで いいのではないかと思ってたが、やはり この本を読んで 確信した。高齢の人に ガンを見つけても 何もしないのだったら 苦痛を伴う検査なんかしなくていいのにと 思う。
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マイスローガン「明るく元気に末期ガン」は更にこの本を読んで確固たるものとなりました。人間ドックいかね~。
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一つとても心強い事実を知った。
自然死が近づいてくると、脳内モルヒネが出て意識レベルが下がり、夢うつつの状態になるそうだ。だから苦しみもなくすんなり死ねるらしい。
しかしそれは、医療行為が介入してこない場合だけのようで、やはり昨今の延命治療に感じていた無意味さは、あながち的外れではなかったようだ。
「生きる」ということは、ただ呼吸をして心臓が動いているだけではない。それでも生きているということが大事だというのは、あくまでも周囲の他人の都合にすぎない。
私は一切の検診を受けていないのだが、それは、表面化していない病気をわざわざ掘り起こして自ら病人になることもあるまいと思うからだ。
著者の意見はそういう私にとってたいそう心強い味方である。
私も死ぬなら癌がいい、と思っている。
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僕の生涯に永遠に残りそうな一冊です。
※一生懸命書いていたレビューが消えてしまったのでその内容を簡潔に一言でまとめました。
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嫌いではないです、このお医者さん。かなりぶっちゃけたこと言ってますが。ぴんぴんころり、なんてことが言われてますが、これだけ延命技術が発達すると難しそう。現代は死ぬリスクより「長生きするリスク」のほうが高そうです。
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生殖機能を使い終わり、
賞味期限が過ぎた人、必読。
まだ、の人は、読まない方がいいかも。
まだ。
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人間(すべての動物?)には、本来、自然治癒力というものを持っているので、熱が出た、咳が出る、鼻水が出るなど・・・ですぐ薬は使わない方が良い(体内でウィルスと戦っている、ウィルスを体外へ排出しているから)という話は、別の本でも書いてあります。いまある状況を治すのではなく、原因となっているものを排除しなければ、意味がない。
知人(医者が)以前「ガンになって、医者に行くから、苦しむん(苦しめられるん)だよ。自分だったら、絶対行かないね」と言っていたのを思い出しました。
生まれてくるときは、自然に生まれてくるのだから、死ぬ時も自然に死ぬ方がいいんだろうな、と思いました。生かされるのではなく・・・。
「縁起でもない」でなく、「死」について、きちんと考えておくべき、または家族とも話し合っておくべきだと思いました。
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医者が「大往生したければ医療とかかわるな。自然死のススメ」というのが面白くて読んでみたかった本。
「繁殖を終えたら死ぬのが生物界の掟」「医療が“穏やかな死”を邪魔している」多少首をかしげる部分も多いが、本筋ではないので横に置いておくとして、私には今までの疑問が解ける部分も多かった。
「できるかぎり手を尽くすとは、できる限り苦しめると同義語。」「何もしないで見ているだけなんてできないは、こちら側の都合。死ぬべき時期に死なせてあげるのが家族の愛情。」 「できるだけの手を尽くすはできる限り苦しめる。」「何が何でも苦しんでも手術・治療してしまおうという価値観が、むしろ自然の摂理に反している。」「死ぬのはガンに限る。」
本筋とは違うが、インフルエンザワクチンの政府広報に「重症化や死亡の防止には一定の効果が期待されます。ただし、接種しても感染しない訳ではありません。」とは知らなかった。予防で打つのは笑止・・・。
大酒のみのじいちゃんがガンで医者は要らんと家で亡くなる直前に、「お酒を飲みたいと言って、お猪口に口をつけて笑顔になってすーと逝った。」あれが理想なんだがな。
以前に買ったエンディングノート書いとこ。「延命はするな。葬式もお墓も要らない。」
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母を看取ってから気になる死について、とても考えて読みました。いつか必ずくるその時をむかえる準備をしたい。
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2012.02.25 購入。
2012.02.27 一回目読。薬漬けではなく自然死のすすめ。死を意識した時にこそ生が見えてくる。死ぬときまでの生き方が大事。これまでの人生を振り返り自分史を書いておく。実際に棺桶に入ってみる。など
2012.03.02 二回目読。父3月3日より再々入院。今回は今までと違い痛み・辛さとの闘い。
2012.03.12 父の死。病院で看病しながら読んだ本。とても勉強になった。
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自然死の実体は「餓死(飢餓)(脱水)」。一見、悲惨に聞こえがちだが、医師の立場から、人の死に際の妙をわかりやすく教えてくれる。
胃瘻や鼻チューブ、吸引など、病院の死に際に多く見られる処置。それさえしていれば「手を尽くした」となりがちな現在の医療。
食べないから死ぬのではなく、死に時が来たから食べないのだ。と言う言葉は、とても共感できる。
本人が自力で食べられるように、調理は工夫して目の前に置くが、手を出さなければそのまま下げてしまう北欧式や『「平穏死」のすすめ』の中に出てくる「栄養を取らずに横たわる人を、水だけ与えて静かに看取る」という三宅島の先人の知恵をもう一度かみしめる必要があると思います。
とあるように、死ぬときのスタイルをきちんと選択したいと思います。
現実的には、「手を尽くさない」ことへの批判や後ろめたさなど葛藤がたくさんあると思います。
自分が死ぬときには、あれこれ医療を施さずとも、寿命だと静かに枯れていきたいなと思いました。
救急車は呼ばないとかAEDも使わないでもらいたいとか、葬式もお墓もいらないとか・・そこまで出来たらあっぱれとも無理かもとも思いますが。
考え方としてはとても共感出来ます。自分の意志が入りにくいと思いますが。とてもおもしろく読みました。
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軽々には感想もかけない気がする。人の死、人の尊厳にかかわる問題なので・・・
私も80歳になり受け取り方は切実なものがある。
自然死、できればそうしたいがそれができないから誰しも悩むのだろう。
共鳴する部分もある、あまりにも極端な感じもする・・・
しかし、これを読んでガンが怖くなくなった。
ゆっくり読みこなしてから、また感想を書き改めたい。
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おっしゃるとおりです。
現実の死はどうしてこんなにタブーなんだろう。
絶対に避けられないものなのに。
ぽっくり死ぬなんてほとんどの人は無理。
自分の死に方をじっくり考えるべきである。
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「死」について普段から考えておくことは大事だと当方も思います。身内や知人の最期に接したり間接的に経験談を見聞きして,終末期にはどのような状況になるのか知っておくことは,自分自身や自分にとって大切な方が最期を迎えるときの判断材料になるでしょう。とはいえ,経過も周囲の環境も十人十色である以上,個人的経験を過度に一般化することで一律に「こうあるべき」という結論を出してしまうことはむしろ弊害にもなりえます。特に本書ではそうした「こうあるべき」の主張において必要と思われる医療までも否定しかねない一種の自然志向が目立っていて,かなり気になるところです。一般の方が読むに当たっては,そのあたりに注意して頂く必要があると考えます。
全文→http://d.hatena.ne.jp/DrPooh/20120405/1333574095
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医療は「こわい」と思っている。基本的に「治っていく」のは「自然治癒力」なのに「よけい」なことをする商売だからだ。自分の身体なのに「他人にまかせる」と「ろくなことはない」と思う。特に高齢者は「強い意思表示」をしなければその不自然な発想の「商売」に身をまかせることになる。自分は『せめて最期くらいまっとうな死を見せる強い意志を持てるようになりたい』たとえ迷惑かけようとも。