投稿元:
レビューを見る
新聞記者のサツ回り、60年代学生運動など、著者の実体験やつぶさな観察眼によってメディア言論の構造を解き明かす。
思いを伝えるのに、どれだけ当事者意識になれるかなんて、結局のところムリな話で、期待するようなスッキリしたオチはない。
著者のこれまでの本と比べると、かなり哲学寄りな印象で、ソーシャルメディアの話題も随所に及ぶが、咀嚼するのに若干時間を要する。かなり読み応えはある。再読必至。
投稿元:
レビューを見る
読み終えて感極まっている自分がいる。どういう感情なのかうまく表現できないが、間違いなく僕の心には突き刺さった。
SNSを使用して以来、また東日本大震災以来自分の中にあった、マスメディアやネット上の発言に対する違和感。なんとなく理由はわかっていたが、その理由を歴史的に、構造的に解き明かしてくた1冊です。
どれだけ情報があって、どれだけ想像しても、遠くにいる他者にはなれるはずがない、どこまでいっても第三者であり、傍観者であるという事実。その事実を前提に自分がやるべき事をやり、この時代をサバイバルしていくことを最近意識してきました。そして、本書を読みその思いを新たにしました。
投稿元:
レビューを見る
19世紀終わりのテンニースはゲマインシャフトとゲゼルシャフトという構図を考えたことで有名だ。前者は伝統的な地縁関係の共同体で、後者が自分の意思で参加する企業や組合といった近代以降の新しいタイプの共同体。またもう少し後の20世紀半ばに出てきたマッキーヴァーは前者をコミュニティ、後者をアソシエーションと呼んだ。コミュニティは特定の地域に人が集まって生活している共同生活で、アソシエーションはコミュニティを基盤として、その上に一人ひとりの関心にしたがって形づくられる結社のような集団である。p90
「市民感覚」と「当局依存」がメディアの業界のなかでは、なぜか矛盾なく両立しているのだ。そしてこの矛盾のない両立こそが、実はメディア言論の基底となっているのだ。p143
マイノリティへの憑依。憑依することによって得られる神の視点。神の舞いが演じられる辺境最深部。その神域から見下ろされる日本社会。p292
小田実と津村喬が種を蒔いた<被害者=加害者論>からオーバードースしていった<マイノリティ憑依>論は、太田竜や大森勝久などの極論をどんどん生み出し、先鋭化していった。p300
マスメディアは、<異邦人の庶民>という社会の外側の幻想の存在を仮構し、この存在から社会を逆照射することによって、絶対的な立場を確保し、その高みから社会を見下ろすというアプローチを採っている。p304
異邦人への憑依。絶対的な神への憑依。異邦人に憑依することによって、私たちは「絶対」を社会の外部に求めてしまったのだ。p352
マルクス主義にとって代わるような「皆が幸せになれるかもしれない」という幻想を支える政治思想など、もはや存在しない。いま語られているさまざまな政治思想- リバタリアニズムやコミュニタリアニズム、リベラリズムなど- はずっとリアルで身も蓋もなく、すべての人が幸せになれるというような幻想は提供していないのだ。p425
メディアの空間は<マイノリティ憑依>というアウトサイドからの視点と、<夜回り共同体>という徹底的なインサイドからの視点の両極端に断絶してしまっている。p428
投稿元:
レビューを見る
当事者にはなれないが、当事者の意識に近づくための努力をひたすら続けることが、メディアに関わる者の目指す道である、との本書の主張に同意。2011年3月11日に発生した震災後、私は被災地に飛んだTVアナウンサーから発せられる言葉を聞くにつけ、独り善がりなエゴのようなものを感じていた。それが何であるのか説明がつかなかったが、不快感を抱いていた。本書に登場する「マイノリティー憑依」という佐々木俊尚氏が名付けた言葉が、まさにこのことを論じてくれているように思う。
投稿元:
レビューを見る
#023 当事者の時代
佐々木俊尚氏新刊、佐々木さんのファンなので迷わず購入。おっさんがおっさんのファンを公言するのもアレだが。Amazon予約での購入だが、今回は配送業者がゆうメールとやらになって、発売後2日で到着。こういう本は予約じゃなくて発売日に本屋で買った方がいいね。渋谷のBook1stでも平積みされてたし。それより、Amazonで買っちゃったので20日のサイン会行けないんだな。ちぇ。
新書で472ページ。どんだけ詰め込んだんだと読む前から躊躇するも、実際読んでみるとこれまた内容が濃い。濃いと言うよりくどい。前作キュレーションではあらかじめ敷いたレールの上をすっ飛ばすような論調だったのが、今回はケーキのうえにこれでもかこれでもかと生クリームを塗りたくり続けるような感じ、って説明下手だな・・・(笑)。そこまで説明しなくても言いたいことは分かりますよ、と思うのは普段からメルマガ等で佐々木さんの視座に触れているからそう思うのかしら。
新聞記者時代の経験や、(いつも通り)よくぞここまで広範囲にネタをかき集めてくるなあと感心するくらいの論拠を並べて、自説の裏付けを作り上げて行く。市民運動、人種差別、在日、ベトナム戦争、そして古代日本史。雑然とした感じがしないでもないが、戦後から受け継がれるメディア空間を論じきるには必要なのだろう。
正直な感想は、「そうなんすかー」しか言えない。「そうじゃないっすよー」と反論できるほどメディア空間に通じているわけでなし、「そうっすよねー」と同調できるほど日本人の言論を憂いてるわけでなし。ちと難しいっす。
ところでこれ読んでから、ほぼ日の糸井×佐々木対談読み返すと、当事者意識って結構腹に落ちました。これから当事者意識が大切になるかはよくわからないけど。
投稿元:
レビューを見る
三つの物語から始まるプロローグ、そして現代に至るまでの様々な時代背景から、佐々木さんの視点で語られるこの本は自分の生きている上での様々なシーンと重なり合わせて深く考えさせられる内容でした。
「そう、あなたはあなたでやるしかないのだ」(抜粋)・・・この一文は自分の心に深く突き刺さりました。
投稿元:
レビューを見る
日本の歴史、民族を踏まえながら、戦後から現在に至る日本人の意識の変遷が描かれている。このジャンルは初挑戦のため難しかったが、メディアがどういった役割を果たしてきたのか、被害者意識からマイノリティ憑依、その破綻。そして当事者意識を如何に獲得するかという現代。自分自身が理解できなかったマイノリティ憑依することでの帰属意識を得るという考え方、一方で、いかに当事者意識をもてばいいのかという自分自身が悩んでいたことに対する日本社会全体からみた立場、今自分たちに求められていることがわかった気がする。
投稿元:
レビューを見る
Facebookの実名の意義、自己責任の下での情報発信と弱者の名を借りた押し付けの違いとは?、不当な批判にどう対処すべきだったのか…。
今まで私が遭遇し悩んできたことの答えを、「マイノリティ憑依」という言葉を通して、投げかけている気がしました。
「あなたはあなたでやるしかないのだ」。ここに佐々木さんのまっとうな良心を見た気がして安心した気がします。
マイノリティ憑依する人をただ断罪するのでなく、憑依していないそのままの自分で発言や行動をしてみてもいい、主導権を他人に手渡さなくてもいい。そういった思いやりともとれるからです。
本当の意味での当事者とは何なのか、自分は何についてどんな当事者なのだろか、もしやこれまでの自分はマイノリティゆえのマイノリティ憑依だったのか、これからの自分はどうあるべきだろうかと、深く考えさせられます。
マイノリティ憑依からの攻撃に怯え続けてしまった感のある私には、一歩そこから抜けだそうという気持ちにさせてくれるものでした。
これからソーシャル・ネットワーク上であれ、リアルであれ、この本をきっかけに、私の「つぶやき」も変わるかも知れない、いや、いい方向に変えていけるようでありたい、と思うのです。
投稿元:
レビューを見る
約1年ぶりとなる佐々木 俊尚さんの新刊。事前に御本人から本書の執筆についてお話を聞かせていただく機会などもあり、非常に楽しみにしていた。新書で468ページはさすがに肩が凝ったのだが、歯を食いしばって一気読み。ただし歯を食いしばったのは、頁数の問題だけではなかったのだが・・・
これまでの佐々木さんの著書というのは、「今」もしくは「時代の先端」を的確に切り取りながら、進むべき方向を示唆するというものが多かったと思う。つまり「これからの時代がどう変わるかを知りたい!」というニーズに応えるためのものであった。そこには多分にマーケティング的な意味合いも含まれていたのだろう。
しかし本書には、その類の要素やソーシャルメディア周りの情報が少ししか登場しない。どちらかというと時代の潮流とは別に、自分自身の内部にある本当に書きたいものを書きましたという印象なのだ。
本書を読まれるにあたっては、佐々木さんの過去のTweetが纏められた以下のtogetterを副音声 代わりに読まれると、非常に面白いと思う。話の文脈がよくわかる上に、佐々木さん自身の苛立ちもダイレクトに伝わってくる。当事者→トゥジッシャー→トゥギャッター。うん、語呂もいい!
「弱者を勝手に代弁する人たち」について(2011/5/3)
佐々木俊尚さん、心ないフォロワーに怒る(2011/5/24)
「当事者性 VS ないものねだり論者」という対立軸(2011/8/29)
さて本題だが、本書の大きな問題意識は昨今の言論に蔓延る「マイノリティ憑依」というものにある。上記のリンク内にも登場するのだが、マイノリティ憑依とは、例えば被災地以外のエリアに住む人が「被災者の前でそれが言えますか」などと被災者の立場を勝手に代弁して、反論してくることを指している。
つまり当事者としてのインサイダーから一歩アウトサイダーに出ることによって、空を飛ぶような俯瞰的な視点ですべてを見下ろすことができるというものだ。本来どこのエリアにいようとも、そのエリアとしての当事者性があるはず。しかしエリアのアウトサイドに立ち位置を置くことによって、インサイドにいることによって引き受けなければならなかった苦悩も取り払われ、神の視点を持つことが出来てしまうのだ。
日本人の本音と建前という二層構造は、誰もが知るところである。限られた範囲の中でしか語られることのない本音、パブリックではあるが誰にも非難されることのないように細心の注意を払う建前。この建前を構築する際の絶対的な安全弁として、マイノリティ憑依という技法が育まれてきたというのだ。
そして、このマイノリティ憑依というものの源泉を辿って、1960年代のメディアの論調まで遡り、戦後の思想史の在り方そのものを一刀両断してみせる。
1960年代半ばに勃興してきたベ平連のリーダー・小田 実による「加害者=被害者」論や、続く津村 喬の「内なる差別」論。そして本多 勝一が67年に『戦場の村』で書いた当事者主義。だが、その難しい領域に入り込んでいった結果、本多 勝一のような卓越したジャーナリストでも勢いをつけすぎてもんどりうって、マイノリティ憑依という壁の向こう側に転げ落ちてしまったのだという。
これら全体を構成する個々のエピソード自体も、本当に面白い。まるで、キュレーション仕立てで仮説を検証してみましたと言わんばかりだ。日頃目にする佐々木さんのTweetが、いかに氷山の一角であるか。水面下には無数のコンテンツがトポロジー構造で眠っていたのだ。これが視座というヤツか。
Twitterという言論の刹那をきっかけに、過去の言論のアーカイブへと深く入り込み、時空を超えて構造を描き出す。願わくば、こんな読書がしたいものだ。
また、本書にはソーシャルメディア周りの話はほとんど出てこないが、着眼の一端をソーシャルメディアが担っていたという点には注目したい。フォロワー数が15万を超える佐々木さんが、無償の評判経済の領域において、時には窮屈な思いもしながら着想を得て、出版という貨幣経済の領域では本当に書きたいものを書く。ここに評判経済における格差の一端が垣間見えているとも言えるだろう。
本書の内容は、誰もが容易に情報発信ができる総表現社会だからこそ、多くの人にとって示唆に富むものだと思う。ただ僕自身の場合、マイノリティ憑依という状況に陥る危険性というのは、あまり実感が湧かない。昨日は〇〇、今日は××とマイノリティのテーマを取り扱った本ばかり数多く読んでいるので、憑依するほど憶えていられないというのが本当のところだ。そういった意味で、マイノリティに関する本をたくさん読むというのは、マイノリティ憑依を防ぐための特効薬になるのかもしれない。これが必ずしも当事者意識を持つということとイコールではないとは思うのだが。
僕はむしろ、逆方向への憑依にも落とし穴があるのではないかと感じている。それは権威への憑依や空気への同調というものだ。例えば、本のレビューなどを書く際にあたっては、著者への憑依というものが考えられる。レコメンドするうえでの自分の立ち位置を見失うと、それが著者の意見なのか、自分の意見なのか、曖昧になるということは起こりうるのだ。特に本書のように、直球ど真ん中でボールを放り込まれた時に、それは時折顔を出す。
これを広く捉えると、情報の送り手としてのマイノリティ憑依、情報の受け手としての権威への憑依、この両者のねじれが「当事者」不在の加速装置となっていたとも考えられる。いずれにしても重要なのは、自分自身の立ち位置を明確にしておかなければならないということだろう。
本書は全体の構造がフィクションのようでもあり、いつくもの伏線が一本の線に収斂されていく様は壮快だ。著者の肩書きが、「ITジャーナリスト」から「ジャーナリスト・作家」へと変わったのも頷ける。
ただ予めお断りしておくと、結論部分の後味は必ずしも良いものではない。何か自分が会社に入ったころの古傷を触られたようでもあり、自分の弱さをまざまざと見せつけられたような気分にもなる。これも「当事者」というテーマの難しさを表す象徴的な心象風景なのだと思う。いつもは「こうすべき」と明快に回答を示す佐々木さんが、「私はこうします」という言い方に留めているところからもその一端が伺える。
様々な文献や著者自身の経験に裏打ちされている部分も多く、時代の風雪に十分耐えうる息の長い一��になると思う。しかし40年前の「当事者」と今の「当事者」という言葉の受け止め方が違うように、40年後にもきっと「当事者」という言葉の意味は変わっているのだろう。そして、それがどのように変わるのかは、私たち今の「当事者」が鍵を握っている、そんな覚悟を迫る一冊だ。
投稿元:
レビューを見る
全部で460ページ以上にも及ぶ長編で,新書では珍しい長さだ。
読み始める前にはどれだけ難解なことが長く書かれているのかと心配にもなったのだが,長さの理由は簡単で慎重に丁寧に書かれているからだ。
著者の大きなテーマはシンプルであるように思う。『当事者であれ。ただそれは他人から強要されるものでも教えられるものでもなく,自分自身で考え行動していく必要がある。』ということである。
今回のテーマはここ2年間くらい自分の中でモヤモヤしていたものに対して一応のヒントを与え,新たなモヤモヤを作り出してくれるものであった。
一番のキーワードは<マイノリティ憑依>。
自分たちの世界のアウトサイドの人間たちの声を代弁し,かっこよさや満足感を得るというものである。それでいて自分たちがインサイドにいることを確かめるために,表現するためにアウトサイドのマイノリティを利用するのである。
うーん。まだ自分の中で消化しきれてないようでうまく書けない。
とりあえず読みながら考えたことを断片的に書き残しておく。
ある対象を批判をする時には,その対象の背後を想像してものを見る必要がある。自分はどの立場で話すのか,当事者なのは誰か,当事者とは何かということを常に自問しなければならない。そういうことを常に考えて発信していくことが重要であるということを再認識させられた。
「可哀想!」とか「何かしてあげたい!」と同情したり批判することは簡単だし気持ちいい。でも明日には忘れてるだろうし,自分自身が安全だと本当に行動に起こすことは難しい。
被害者であると同時に加害者であるという認識。その自己矛盾を乗り越えていくことによって当事者意識を持つことができるようになるのだ。メタ認知が必要。
でも読んでいて強く感じたのは,著者の佐々木さん自身がこの本を執筆するにあたって<マイノリティ憑依>しないように慎重に丁寧に書かれているということが感じ取れた。
これだけ内容がクリティカルな上,現代のメディア空間の過渡期にあることもあり,著書に対しての評価は様々のよう。ただそれだけ読む人が多いわけだし,統計的に考えればごく自然なこと。もっともっと多くの人が手に取り,議論が活発になっていくことが望まれる。
投稿元:
レビューを見る
ようやく読了。ここのところ、本を読む集中力がない。
著者の実体験をもとに主観的に論を展開。著者の言葉を借りれば、多分客観的論展開なんてあり得ないので「俺はこう思うぞー!」ということでよいのかもしれない。
加害者~被害者の中でどこに立ち位置をとるのか、それを認識しておくことが確かに重要。立ち位置を意識できないと知らず知らずのうちに「マイノリティ憑依」が起こってしまう。
最後の新宿西口バス放火事件と東日本大震災のくだりで全てが腑に落ちた。
投稿元:
レビューを見る
書評については検索すれば、沢山の方がわかりやすくまとめを書かれています。
皆さんがおっしゃるように、最後まで読まないといけないとおもいます。私自身は終章に書かれていた「完全な<加害者>でもなく、完全な<被害者>でもなく、その間の宙ぶらりんのグレーな状態」という箇所が印象的。これはメディアの空間に足を踏み入れる人たちというのが、ほとんどの人のことを指すのではないかと思うからです。
当事者になれないというのではなく、グレーな域の中に各人が立つその無数の点がその人が当事者である場所なのではないでしょうか。
投稿元:
レビューを見る
いろいろ心にグッサグッサとくる部分が多くあり、おもしろかったです!
でも「どこかで聞いたことのある正論を文章のうまさでうまくごまかして読み物にしている感じ」と思ったのは私が佐々木さんのフォロワーだからなのかジャーナリズム専攻だったから少しぐらいは話しの文脈がつかめているからなのか私も伝える仕事のはしくれをしているからなのか。
壮大な展開の後に、最後がものすごく「THE・優等生」なオチで読後感がひどかった。「そんなこと誰でもわかってるんだよーー!」っていいたくなるような。なんかここまで壮大に話を広げて結論はオーマイニュースかよ?みたいな。
頭のいい人は絶対に物事を単純化して語らない。その知性がものすごく憎たらしくなるのはこういうときだ。
「物事を複雑なまま見るべき」って頭いい人がよくドヤ顔で言うけどそれって私を含め凡人にはすごくしんどい。。。
当事者となった人々の全員が自ら発信するだけのリテラシーを持っているかってところは・・・・傲慢と思われるかもしれないけれど、個人的には疑問なんだけど・・・。
投稿元:
レビューを見る
結構ボリュームがあったけど、いろんな事例や分析があってスラスラ読めた。学生運動とかがあった時代のことはわからないけど、地震後に一時あった過度な自粛ムードは、書かれているようなことが影響してるなぁと納得。
投稿元:
レビューを見る
PubooでePub版をダウンロード!
http://p.booklog.jp/book/47797
iPhoneで読む。