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紙の本

どん底に生きる男と女が求め合う究極の安らぎとは?

2012/06/10 19:32

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん  - この投稿者のレビュー一覧を見る

第一話の「かたちないもの」を読んだ限りでは、仮想の恋愛ごっこで無理矢理「粋な別れ」を演出したような味気なさが第一印象だった。

暇に任せて読んでいる途中で、特別手配されていた女が17年の逃亡生活の挙句に逮捕されたという報道があった。逮捕されホッとしたという心境には17年間の地獄がうかがえた。何人かの男と同棲し、最後の男にはプロポーズされたものの、断るために自分の正体を打ち明けたという。それでも同棲を続けていた男と女である。これは現実であって仮想の恋愛ゲームではない。
極限にある男女の求心と遠心の微妙な揺れを描いているこの短編集の気配は思いのほか実際にもありうる状況なのかもしれない。

物語にはいくつかの共通点がある。
まず、この社会からドロップアウトしたものたちであり、それぞれの孤独がある。ドロップアウトには「かたちのないもの」や「たたかいにやぶれて咲けよ」のように本人の強い意志で孤立する孤高のケースもあるが、「海鳥のゆくえ」は人殺し、「起終点駅」は家族を捨てた駆け落ち、「スクラップロード」は事業の破綻、「潮風の家」は殺人者を出した家族と、社会から咎められて追放されたことに始まる転落である。男も女も再生しようとする気持ちは失い、ただ沈潜という安らぎに生きようとしている。その孤独の慰めになる相手を、こころのどこかで求め、男と女の同棲が始まる(起点)のであるが、それぞれが結局は究極の孤独に生きようと別れを決意し、やせ我慢の人生を選択する(終点)。その先に自殺、病死、飢え死、事故死と様々な終末があるが、あえてここに腹をくくっている群像である。
読んでいてやりきれなさを感じる以前に「勝手にしろ」といいたくなるのだが………。全編を読み通すと、そうはならずにじわりと哀しさがにじみでるところが桜木紫乃の手腕である。
飾り帯に
「苦しんでも、泣いても、立ち止まっても、生きていさえすれば、きっといいことがある。」
とある。
「だからなんとしても生きよ」との前向きのメッセージがあるようにはとうてい思えない。仮に誰かが登場人物たちにこの言葉をかけてあげたとしても、シカトされ「慰めなんていらないよ」と乾ききった捨てゼリフがかえってくることだろう。
ただ、登場人物からは「これからは他人に迷惑をかけない生き方をしたい」という節度、それは矜持といってもいいのだが、うっすらと立ち上っているのが見えてくる。これがミソである。他人とは世の中一般のこともあり、残っている家族のこともあり、恋人のこともある。「だから余計な口出しをしないで欲しい。器用に生きようとすればどこかで他人を傷つけることになるのだから」と彼ら彼女等の内心をわたしはこう推察している。だから並の人より純であるかのようにも思え、その人生には哀しさがあるのだ。

もうひとつ哀切の思いを抱かせる共通点がみえる。主人公たちは究極の孤独死に向き合いながら、いずれもが、「私が生きていたことを誰かに知っておいてもらいたい」と、ささやかではあるがこの世へ名残を惜しむ心境であの世へ旅立つところがやるせない。
「たたかいにやぶれて咲けよ」の老婦人は極端にその思いが強い人であった。「かたちのないもの」の男も明らかだ。一方「海鳥のゆくえ」ではその思いが本人にはまったくないように見せつつ、残された元妻に投影されている描写も捨てがたい。

色彩のないザラットした基調の風景には見つめるものの哀調が潜んでいる。桜木紫乃の作風がギュッと詰まった傑作であった。

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