投稿元:
レビューを見る
生き返った徹生は、自殺した事を受け入れられず死の真相を探るが・・・
突拍子も無い話と思いきや、誰もが感じる自分自身の存在についての漠然とした不安への対処法のひとつを提示している様に感じた。
そして、いつものように何気ない比喩とか言葉の選び方が気持ちいい。
この人にしては読みやすいし、いろんな人に読んでみて欲しい。
投稿元:
レビューを見る
暗くて重くて読んでいて息をするのもやっと、という小説は久しぶりだったのでなかなか頁をめくる手が進まなかった。
読書を楽しむというより、人生を模索するための本という感じ。
つらいことがあると「あぁ、しにたい……」と簡単に呟いてしまうけれど、じゃあ実際にしんだらどうなるか、という疑似体験のような物語に思えた。
もちろん、すっきりさっぱりとはいきません。
投稿元:
レビューを見る
家族、恋人、友達・・・。対人関係の数だけ自分の顔が存在するという分人主義。この人といる自分は好きだけど、この人といる自分は嫌い。多数の顔を持つ自分を認め、俯瞰することができれば理想の自分に縛られることなく、生きやすくなるのではないかと感じた。 死者が再生するという一見突拍子もない題材を扱いながら、死生観や愛、自殺の問題についての著者の確たる思いをひしひし感じ、すっかりその世界に引き込まれてしまった。何度も読み返したくなる一冊だ。分人主義について言及した「私とは何か」を合わせて読むことをおすすめしたい。
投稿元:
レビューを見る
過去の平野作品の中でも、ストレートな表現という意味では一番。幸せとは?、孤独とは?、死にたいという気持ちとは?、自分とは?死とは?生きるとは?
死者の復生という現象を通じて、様々な人間の中に生まれる様々な問いと葛藤を、もつれた糸をほどくように展開していくストーリーは、謎解きのミステリーよりもドキドキする。
人間の死は、寿命か、寿命未満かのどちらかである。途中の死がいつ来るかもしれない不安を慰めるものは、生の充実や疲労である。一方、寿命に向かっていく穏やかな歩みは、生きている人から遠ざかって「無」に近づいていく道程である。
自殺が罪であるキリスト教社会と対照的に、日本には社会的分人を消す方法として「出家」があったということは興味深い。
ゴッホの自画像の件から、自殺をする瞬間の人間は、幸せに生きたいと願うがために、その支障となる分人を「消したい」と願うのだ、と徹生が気づくところは圧巻。
ラデックとの最後の手紙のやり取り。
ラデックは、人生に起こる1回だけの重大な瞬間に何を決断するのか、がその人を規定するという考え方を我々の人間性に対して試練を与える意味で「悪魔的である」とし、死の一回性を肯定しつつも、「切れ味の悪いはさみ」と形容したことに、とても救われた感じがした。
死を語る資格を持つ者の分人に影響を残すことが死するものの幸福である、ということは、死の恐怖を少なからず軽減してくれるものであるはずだし、この死生観に立つことにより、日常を生きていく上でいかに足場となる分人を大切にして(誠実に)過ごしていくべきか、という教訓にもなると思われる。
このような筆者の呈示する死生観があるからこそ、この小説は最後に感動的なハッピーエンドを迎えることができたのであり、これこそ「決壊」での悲劇的なラストを越えて産み出された作品なのだ、と思った。
投稿元:
レビューを見る
「ドーン」で明確になった、分人主義の集大成。
前作「かたちだけの愛」は、愛というテーマを分人主義のフレームワークで語った。この小説は、それを自分自身、死者、そして世界にまで考え方を広げて、「自殺」というテーマの中で上手く消化している。とても上手く。
若干分人主義の説明くさいところも鼻につくこともあったけれど、第一にプロットや伏線の回収の仕方、言葉の使い方は素直に感心してしまったし、何より深い感動を得ることができた。それは思いやりであり、人間が素直に希求する何かを的確に捉えているからだろう。
「自殺者が生き返る=復生する」という突飛な世界観を丁寧に伝え、それを限りなく有効に働かせている。平野啓一郎の世界観の作り方には毎回感心させられるけれど、これをスムーズにやってのけるのは卓越した筆力と構成力に違いない。
いずれにせよ、読んでいて共感で涙がこぼれる小説はなかなか出会えない。自分の中で大切な作品になっていくのだと思う。
投稿元:
レビューを見る
講談社さんが募集していたモニターに応募し、見本版を読ませて頂いた。
初めての平野啓一郎作品、ページも500ページ近くあったので読み切れるか若干不安になりつつ。
*****
ある日目が覚めると、主人公は自分が3年前に妻子を残し自殺したことを知る。
同じように生き返った人々-復生者-が続々と見つかる中、自殺の原因が分からず納得できない主人公は自分の死について調べ始める。
*****
まず、徹生は自分がなぜ死んだかが思い出せない。
そういったスタートから前半はミステリのよう。
事故なのか自殺なのか他殺なのか?
容疑者として、そして徹生と家族に大きく影響を与え、不吉な影を落としてきた佐伯。
とにかく気持ち悪くて怖くてインパクトがある。
加速して読み進んだ。
あの妙な存在感がすごい。
ある意味カリスマ。
死の謎が解けてからの後半は改めて自分自身の内側を見つめ、そして周囲の人々とのつながりが密に描かれる、人間ドラマの色が強く感じられた。
多重人格ではなく、“分人”、そう考えるといいことも悪いことも世界が改めてひろがってゆく。
“分人”という言葉では考えていなかったけれど、ひとによって表情や声の高さ、姿勢ってどうしても変わるものだと常々思っていて。
親しいひとだとしてもね。
本人的に変えているつもりはないし、気兼ねしない仲だとは思っているひとたちでもそれぞれ違う自分な気がする。
ぜーんぶ自分なんだけれどね。
だから、個人的には死生観どうこうよりこちらが気になってしまったりして。
ひとはみんな生きて、死ぬ。
いつか、かたちは違えどその時が来る。
過ぎてしまってからでないと気づくことができない幸福も間違いもある。
復生したことにより徹生が再び生きる日々は周囲の人間にとってもきっとまぶしくて満たされている。それは彼が復生したから得られたもの。
だから、彼の生き返ったという事実には価値があった。
まぶしくて切なかった。
周りの人々のおかげで自分が形作られているということへの感謝、そして、もっとみんなと一緒にいたいと願わずにはいられない。
思っていたよりも読みやすくて。
内容はライトではないけれど、もっと文章自体が重々しいのではないかと思い込んでいたので、ほっとした。
投稿元:
レビューを見る
一度にほとんど中断なく読み切りました。平野さんの作品を一度に読み切ったのは「決壊」以来だと思います。最近の平野さんのテーマである「分人」の話なども興味深く読みましたが,この作品に読後の感想としてはひとこと。「生き続けることは大切」
投稿元:
レビューを見る
死んだ人がよみがえるという話と言ってしまうとありふれたファンタジーに聞こえてしまうが、そこは平野啓一郎先生。
訳も分からずよみがえった主人公は、実はその死因が自殺だと知り、自分はなぜ自殺したのかを問いながら、そもそも自分とは何者だったのか?どうあるべきなのか?なぜ生き返ったのか?生き返ったことは周りにとっても自分にとっても幸せなことだったのか?なんていう禅問答満載の哲学的テーマに落とし込む。
何でもかんでも「死」を消費の道具として使ってしまうエンタメ業界へのアンチテーゼ小説でもある気がしますね。
投稿元:
レビューを見る
死生観というのは、ある種の人にとっては重要なものだ。もちろん、そんなもの考えたって腹の足しにもならない、と考える人もいる。以前、友人を介して知り合った同い年ぐらいの女性は、「なんで死ぬとか、そんな暗いことばっかり考えてるの? せっかくなんだから、楽しいことばっかり考えたほうがいいじゃない」と言っていた。それはもちろん、そうだと思う。生きている限り、できる限り楽しく、前向きに、明るく過ごした方が〝幸福〟だろう。でも今の世の中、それだけじゃ乗り越えられない瞬間が襲ってくることもある。
平野啓一郎さんの最新刊『空白を満たしなさい』では、〝自殺〟という現代社会における象徴的な暗闇にスポットをあてることで、その病理を解明しようとしている。
世界中で、ある奇妙な出来事が報告される。
《死んだはずの人間が、次々に蘇る—。》会社の会議室で目を覚ました主人公の徹生は、自分が死んだこともわからないまま家に帰り、自分が死んだ経緯を知らされる。それは身に覚えのない〝自殺〟だった。……
本書は単行本で500ページ弱にもおよぶ長編で内容も〝自殺〟を描くという暗いものだが、驚くぐらいにスラスラ読める。それはおそらく、この作品が『モーニング』という漫画雑誌に掲載されていたからだろう。著者のインタビューを見てみたが、読みやすさには特に注意をしたらしい。軽快なプロット進行で次の展開がとても気になり、難解な言葉は極力使われていない。漫画読者を対象に書かれているためかそういう〝軽さ〟を感じる文章だったが、そこはさすが平野啓一郎、独特な比喩や登場人物の心情描写などは何度読み返しても味わいのあるいわゆる〝文学的〟な匂いも随所で感じられた。
死ぬということはどういうことか。その問いに関しては、学生時代に随分考えた。すぐ思い浮かぶのは村上春樹の『ノルウェイの森』で、〝死は生の対極としてではなく、その一部として存在する〟なんて文は、僕の腹の深いところにしっかりと根を下ろしている。
しかし、これまで考える〝死〟が持つベクトルは、自分自身に向けられたもののみだった。〝死んだら僕の思考はどこへいくのだろう〟〝無、というのはなんなんだろう〟など、僕の内側の直接的な恐怖心を沸き上がらせるようなものだ。
本書を読んで、誰かの〝死〟の背景には無数の人間関係があることを改めて思い知らされた。本書で言えば、妻、子、会社の上司、近所の知り合い、…… そういった人たちにとっての〝死〟は、これまであまり考えたことはなかった。「もし、自分が死んだら、あの人はそのあとどういう風にして生きていくのだろう」という考えは、著者が提案する《分人》という概念を下敷きにすれば、観念的というよりは実際的に腑に落ちる。
〝死を思い、今を生きる—〟その考え方が「自分自身の人生に対してしっかり責任を持つ」という、どちらかというと閉鎖的なものから、「自分自身の人生と、巻き込んでいる周りの友人、家族、同僚、すべての人の人生に少なからず影響を与えているという自覚を持つ」という開放的なものへアップグレードされたような、そういうタフな読後感を与えてく��る小説だった。
投稿元:
レビューを見る
生き方、対人関係、死についてなどいろいろ考えさせられる
いい作品でした
が、僕の中では小説というよりは自己啓発本という認識です
新しい考え方が新鮮で凄いなあと興奮させられました
学ぶ事も多かったです
でも小説としてはスッキリしなかった
最後の終わり方が僕の中では悪い予想外でしたし・・・・
え?って感じで終わってしまいモヤモヤしてます
結局、分人主義の説明がしたかっただけかよと思ってしまうんですが・・・
やっぱり最後は予想通りの展開にしてほしかったなと思ってしまいます
投稿元:
レビューを見る
ドーンから続く"分人"をテーマとした現代小説。とても興味深く読みました。
単純に小説としての面白さとともに、個人として生きづらい世の中に対するひとつの解としての"分人"という考え方を見事に説明していて、日本版の「ソフィーの世界」「アルケミスト」といった感じ。
小説を通して面白さとともに、もう一つ"何か"人生にとって重要な何かを得たい人には是非ともお勧めしたい小説です。
投稿元:
レビューを見る
ちょっと重めの話。
死を身近に感じた、怖い。
何かでも読んだ。日常で魔の瞬間が訪れた時に
ふっと死を選んでしまったりって話を思い出した。
多重人格とは違う、分人っていう考え方
相手や状況で僕らは沢山の自分を使ってる。
でも体は一つ。 分人通しが干渉したり、
分人が抱える疲労が自分のキャパを越えると・・・・
怖い話。
投稿元:
レビューを見る
平野さんの小説。しっかり文を読んだのは初めてかもしれない。今回は飛ばさずに読めた気がする。
分人の下りは新書で読んでいたから、結構すんなり入ってきた。それによって救われる様子も登場人物の描写でわかる。
それよりも、生きていることの特異性の方が今回は心に残った。考えるとブラックホールに落ちていく感覚になる。正直読み返したいと思う本ではないけど、20年経って自分が歳を取って、この本ともう一度向き合ったときに、その感覚が少し変わって感じるのか、確かめてみたい本だと思う。
投稿元:
レビューを見る
分人シリーズ第3段。ドーンも良かったけれど、こちらの方が文章としては読みやすかった。でも内容はずしりと重い。終わり方が不安定で、でもそこから考える余裕を残してくれているので、そこがこの作品の好きなところでもある。大切な人を亡くしてしまった人も、これを読んだら少しは癒されるかも。これから私がそういう状況に置かれた時もきっと読み返すだろう。
投稿元:
レビューを見る
著者が最近テーマとしている「分人主義」を扱った小説です。分人主義とは、Aさんといるときの私、Bさんといるときの私、というように、本当の自分はひとつではなく、色々な人との分人の寄せ集めで出来ているという考え方です。
この物語では、死んだ主人公が生き返り、自分はなぜ死んだのかを探るなかで分人という考え方に出会います。
自殺を扱った作品なので重いと言えば重いですが、自分とは無縁と思っていた自殺をある意味身近に、理解できてしまった恐ろしい作品です。