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今年出た行政学の教科書です。行政学の論点を体系的に理解するのに役立つ内容でした。
本書の特徴は、4つのテーマに沿って論点を整理している点にあります。
第Ⅰ部で政治と行政の関係、第Ⅱ部で行政組織の内部構造、第Ⅲ部で地方行政・国際行政を合わせたマルチレベルの行政、第Ⅳ部で行政と民間領域の関係が扱われます。また、それぞれの部では、1章目でテーマの整理に有用な鍵概念と各国比較データの紹介、2章目で日本行政の経緯と特徴、3章目で日本行政を特徴づける要因、4章目でその特徴から生じる帰結、といった形で整理されています。
テーマの全体像を把握しやすい構成であり、各部で立ち止まって考えることのできる、教科書にふさわしい内容になっています。
また、「委任」と「分業」を本書の中心概念として位置づけていることも本書の特徴の1つです。これは、「委任」が政治学的な概念であり、「分業」が組織論的な概念であるという意味では、両学知の影響を強く受ける行政学の問題領域にふさわしい設定と言えます。
さらに、豊富な諸外国との比較データによって日本行政を位置づけ、その中で日本行政の特徴を考察していくスタイルも、本書に特徴的です。比較政治学者でもある著者ならではの論理構成です。
続いてそれぞれの部について。
第Ⅰ部では、民主主義下での行政活動の基礎となる、政治からの「委任」に焦点が当てられ、「委任」をコントロールする様々な仕組みが、本人-代理人モデルを用いて整理されています。ここでは主に、行政から見た「本人の複数性」や政治家から見た「代理人の隠された情報・行動」といったキーワードによって論点が整理されていきます。ただ、このモデルを使用する政治学や行政学の文献は多くあるので、この部分は既学者なら読み飛ばしてよい内容かもしれません。
第Ⅱ部では、「委任」内容の効果的の執行に不可欠な、行政の「分業」の仕組みに焦点が当てられます。とはいえ、「分業」の仕組みは、様々な「分業」を組織内部でどのように「統合(=まとまりの確保、目標の共有)」するかによって規定されます。ここで本書に特徴的なのは、「統合」手法を①統制、②調整、③専門性の3つに分類している箇所です。
①はトップダウンの指示によって統合を確保する集権的な手法です。標準的ルールの確立による手続きの「公式化」もこれに含まれ、ウエーバーの官僚制論に典型的な組織形態です。反対に、分権的な統合手法としては、同僚間・組織間の水平的な繋がりを重視する②と、業務内容を明確にした職務に外部の専門性を有する人材を登用する③があります。
②と③の差異は、②では業務内容について下部組織に一定の裁量が与えられる半面、人・カネを集権的にコントロールする必要があり、③では業務内容や業務に必要な技能を集権的に割り当てながら、人・カネは分権化することが可能です。著者は、②を情報共有型組織、③を機能特化型組織と呼び、日本の行政は②の特徴を持つものとして位置づけられます。
この分類は、いずれの組織形態も何らかの集権性を有するものとして捉えることを可能にしている点で、有意義と言えます。著者は、このような集権性���分権性の必然的な併存を「組織編成の双対原理」と呼びます。
以上のような「委任」と「分業」の仕組みを理解することによって、行政の基本的な仕組みは押さえることができます。ただ、政治学・組織論から独立した、行政学固有のレゾンデートルを確立するためには、「委任」と「分業」を繋ぐ一般理論の構築こそが重要であるようにも感じました。実際、近年の「政治主導」論議においても、「委任」と行政内部の「分業」構造との因果関係を理解する枠組みが不足していたようにも思います。
第Ⅲ部では、集権・分権と総合・分立の軸を用いて、国家行政と地方・国際行政の関係性が論じられます。この部の新規性は、地方行政と同様の切り口で国際行政を整理している点にありますが、国際行政研究の蓄積が少ないためか、残念ながら両者を連関させるメリットを感じ取れる内容とは言い難いです。
ただ、地方分権のもたらす帰結が、政治的・政策的・財政的に整理されていた点は勉強になりました。特に、日本の中央地方関係が「分権・総合」化する中、公共財の最適供給を重視するなら「分権・分立」、規模の経済を重視するなら「集権・総合」にそれぞれ優位性があるとされていた点には関心を持ちました。
最後に、第Ⅳ部では、政府部門と民間部門の役割分担にかかわる論点が、「ガバナンス」の問題として多面的に考察されます。ここでの本書の特徴は、これらの論点を政府が4つの資源(権限、財源、人的資源、情報)をどの程度活用できるかによって整理されている点にあります。例えば、民営化は人的資源から権限の活用への転換であり、民間委託は財源の活用への転換であるとして整理されます。
これら資源の有効な活用方法を決定するためには、政策効果の把握が必須であるため、終章ではそれを担保する仕組みとして政策評価制度が丁寧に紹介されます。ここで、政策評価を困難にする要因の1つとして、前回レビューを書いた手塚洋輔の『戦後行政の構造とディレンマ』が紹介されていた点は興味深いです。著者は、政府活動への評価が厳格になると政府が不作為を志向しやすくなることを指摘し、それを回避するためにも、政策の失敗は全体構造を踏まえて把握する必要があるとしています。
以上、長めのレビューになってしまいましたが、それだけ学ぶところの多い内容でした。
既学者にも初学者にも読み応えのある教科書だと思うので、一読をおすすめします。