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加藤楸邨の句に出会ったのは高校生の頃。「雉子の眸のかうかうとして売られけり」「鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる」という二句で、ひとつの言葉に籠められた弾丸のような言葉の重力に驚嘆した。それ以来、短歌よりも俳句が好きでいる。
俳句の魅力にみちびいてくれた楸邨の句集がひとつ手元に欲しいな、と思って買い求めたのがこれ。若手の実力派として注目を集めた戦時中から晩年までの代表作が時系列で紹介されている。先に挙げた二句のほか、
「蟻殺すわれを三人の子に見られぬ」
「しづかなる力満ちゆき飛蝗とぶ」
「死ににゆく猫に真青の薄原」
「糞ころがしと生まれ糞押すほかはなし」
など、動物に仮託した生の重み、
「鰯雲人に告ぐべきことならず」
「学問の黄昏さむく物を言はず」
「蟇(ひきがえる)誰かものいへ声かぎり」
「つひに戦死一匹の蟻ゆけどゆけど」
「火の奥に牡丹崩るるさまを見つ」
等の暗い時代に詠まれた歌、
「隠岐やいま木の芽をかこむ怒涛かな」
「霜夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び」
「葱切って溌剌たる香悪の中」
「霜つよき日は君の息つよくせよ」
「百合の終りはおのが重さの終りにて」
といった、深さと気魄を呼びよせるような句、さらに
「秋草にお頼み申す猫ふたつ」
「くすぐったいぞ円空仏に子猫の手」
といったユーモラスで愛らしい句もおさめられていて、楸邨という作家の多面的な像をつかむのにはいい。ただ、楸邨の弟子であった選者の個人的な思い出話が多いのは正直言って邪魔。あくまで作品の観賞を助けるための解説にとどめてもらいたかった。