投稿元:
レビューを見る
ヤンキーをコケにすることを経由して、最近の保守化右傾化する日本社会をバカだといいたいのかな、と。
隈研吾との対談だけは面白かった。
投稿元:
レビューを見る
「Believe your 鳥肌」「心でっかち」等々面白いフレーズ満載。『瑞穂の国の資本主義』を内容空疎な極上ポエムと言い放つ。斉藤先生は安倍が大嫌いという事がひしひしと伝わってくる。橋下はヤンキーだが、石原はヤンキーではないという指摘もわかるような、わからないような。『金八先生』はヤンキーで『鈴木先生』は非ヤンキーという比較はわかりやすい。(『いまを生きる 』はどっちなんだろ?ヤンキーかな?)
知性よりも感情を、所有よりも関係を、理論よりも現場を、分析よりも行動を。日本人のほとんどはヤンキーでそれが自民政権の支持基盤(愛国NG郷土愛OK的「左版ヤンキー2.0」の存在を指摘する与那覇氏の考えも興味深い)。但し、斉藤先生は安倍は矮小なのでファシズムにはならない(ヒトラーにはなれない)と楽観している。その指摘は間違ってないのかもしれない。が、ヤンキーが集団的パワーで暴走しはじめた時はちょっと怖いような気もする。
自分も『男はつらいよ』とか高倉健の任侠モノとか大好きだし、ヤンキー的な所も大いにあるが(そもそも映画というメディアが大衆文化でありヤンキー的なんだろうけど)、物事をヤンキーか非ヤンキーかを意識し見極めつつ、ファンタジーを現実世界に持ち込まない、適用させない理性は必要なんだろうと思う。
投稿元:
レビューを見る
不良って意味じゃないヤンキーって定義の理解が必須。それが分かれば、何となく言いたいことはわかる、気はする。
投稿元:
レビューを見る
世代論の延長にある文化論に基づく社会論であり、その根拠となるような統計的データや学術的考察、さらには他の学問(特に社会学、経済学)の参照もないまったく独自の「文化論」ないし「日本人論」を臆面も出すことができるのはある意味では貴重ではあるかもしれない。少なくともこの本における「ヤンキー」をめぐる議論を見る限りでは、最初に「ヤンキー化」なる独自の規定が存在し、そこからいろいろなことがつなげて論じられているが、結局のところ独りよがりな概念の弄びでしかないだろう。また「日本人は逃れることができない」「日本人は多かれ少なかれヤンキーの要素がある」式の物言いや、昨今の(筆者が好まない)政治的状況を絡めて劣化言説を弄する様も、完全に不毛な「日本人論」そのものでしかない。
投稿元:
レビューを見る
ヤンキーという言葉であらわされるもの。気合という名の「エア資源」、バッドテイスト、そしてポエジーな表現でまたエア資源を消費(?)する。
なんといっても僕らが(誰のだ)海猫沢めろんも対談に名を連ねているし、めろん先生のあとには隈研吾が登場する。めろん先生はヤンキーとオタクのハイブリッドな実体験から生々しい語をする一方で、隈研吾はバッドテイスト建築のことを語り、また丹下健三の「美しいものは機能的である」という言葉からヤンキー思想を、そしてマンションポエムさえ語っている。僕がヤンキー嫌いなわけも再確認し、そして我が中にあるヤンキー成分にゲンナリするのである。
投稿元:
レビューを見る
「気合いとアゲアゲのノリさえあれば何とかなる」というヤンキー文化が広がっている。
ここでは「ヤンキー」と「インテリorオタク」と分類されているが、高校時代「ネアカ」「ネクラ」でクラスメイトが二分された時の気分を思い出した。
維新の会や阿倍首相など、近年の趨勢には驚くばかりだが、「オタク」が少数派なのは自明の理だったのだ…!
投稿元:
レビューを見る
ヤンキー的芸人は島田伸介
ヤンキー的政治家は田中角栄
利益誘導、口利き政治、金権政治
地頭が良いのがヤンキー
投稿元:
レビューを見る
「この国は”気合”で動いている」、それを
確認すべきの対談集。
溝口さんとの中で出てきた、暴力団が
礼儀作法を教えるようなビジネス、というものが
なんだか現実味があって、怖い。
投稿元:
レビューを見る
精神科医で社会評論家の斎藤先生の「ヤンキー」論。
昔からヤンキーにカテゴライズされる人たちは沢山いたわけであるが、何故か最近「発見」されて、消費マーケティングの世界でも人気だったりする。
これはネットをはじめ「トンガッた」ところにいる「オタク」たちは、弁は立つし、知識も豊富で、ロゴスの世界では優位にいるように見えるのだが、じつはマイノリティだ。世界は「気合い」=ヤンキーの精神的な支柱で動いているのだw
<齋藤先生のヤンキーの定義=笑える>
・過剰装飾を好む「バッドセンス」な美的感性
・気合とかその場の勢いをなにより大事にし、「深く考えない」ことを美徳とする精神(反知性・教養主義)
・大局的・本質的な理解よりも、実際的な技能を至上とする価値観(戦略軽視、戦術重視)
・循環的な社会関係を重要視する志向性(結果としての家族重視)
・本物とフェイクのすり替わりを許容する程度の「伝統」重視
投稿元:
レビューを見る
ヤンキーという概念が、なかなかつかみづらい。
いろんなひととの対談を通して、ヤンキーの話をそんなにしていたか!?というのが読み終わった感想。
斎藤さんの本にしては、さらっとまとめられている本でした。
投稿元:
レビューを見る
こうやって何かにカテゴライズしてしまうのってあまり好きではないけど、この「ヤンキー化」の雰囲気はなんだかすごく腑に落ちた。私がこの世の中の雰囲気になじめないわけも。だって私、相田みつをキライだし(笑)。なんだかなーこんな雰囲気の世の中を生きていかなきゃならないのかと思うとなんかウンザリ。。。
デーブ・スペクターさんとの対談と、與与覇潤さんとの対談が面白かった。
投稿元:
レビューを見る
冷静さと情熱,理性と情念,合理と非合理,といった異質な要素の何らかの結合によって生み出された行為への一定の傾向性。エートスを,人間と社会の相互規定性をとらえる戦略概念として最初に用いたのはアリストテレスであり,社会認識の基軸として再びとらえたのがM.ウェーバーである。ウェーバーによれば,この行為性向は次の三つの性質をあわせもつ。(1)ギリシア語の〈習慣(エトス)〉に名称が由来していることからうかがえるように,エートスは,それにふさわしい行為を実践するなかで体得される〈習慣によって形作られた〉行為性向である。
アマルガム (amalgam) 水銀と他の金属との合金の総称。 広義では、混合物 一般を指す。
シンメトリー 【symmetry】左右の大きさ・形・色などの釣り合いがとれていること。対称。均斉。ファッションにおいて,左右対称の形状。
コミュニケーションスキル スクールカーストの解体 オカルティックな信念 大和魂 日露戦争 一世風靡セピア デフォルト標準仕様 ヤンキーはポエムが大好き 和洋折衷わようせっちゅう うまいこと言ったドヤァ感 ビリーブユア鳥肌 閑話休題かんわきゅうだい おたくとヤンキーのフュージョン融合が最も人々の心を掴みやすいアイテムになる
何故か千葉県に多いけど、車の後ろに7人の小人を全部並べていたり 頑張れって言葉には言い訳が入っている 日本はアマチュアが大好きなのね 盆栽文化 アデル 小林克也 たすき掛け
タカ派(タカは、鷹派)とは、強硬的な政治信条を持つ人または集団を指す言葉。強硬派(きょうこうは)ともいう。対義語はハト派である。
経済力や趣味性の誇示 オタク痛車 ルイジアナ 偉大なる田舎、ヤンキー都市、名古屋 都市の美学がない 快楽原則ぜんぶ載せ ひつまぶし CoCo壱番屋 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 地球のはぐれ方 都築響一 ヌエ的 そして山本太郎だけが残った ビジョンが欲しかったのに
ヨシキ バッドセンスの系譜 基本的にロリコン性がなければオタクになれないといわれるわけで 瓜田純志 戸塚ヨットスクール スパルタの海
アーバニズム(英: urbanism)は、一般には、都市を志向し求める文化的・社会的な傾向のこと。あるいは専ら都市において特徴的な生活様式。または、近代以降の都市計画全般を指す。
アイロニー【irony】1 皮肉。あてこすり。2 反語。逆説。3 修辞学で、反語法。4 ソクラテスの問答法。無知を装いながら、知者を自認する相手と問答を重ね、かえって相手が無知であることをあらわにし、その知識が見せかけのものでしかなかったことを悟らせる。
パビリオンpavilionとは、展示会や博覧会などに用いられる仮設の建築物、テント、展示館のこと。大阪万博で一般化した言葉であり、何々館と言う場合の館とほぼ同義である。
同じ事象でも視点を変えるとこれほど違った風景が見えるものか 海猫沢メロン 全滅脳フューチャー フェイクを取り込んで本物にしてしまう変換回路 外道 横浜銀蝿みんな大卒か大学中退 綾小路翔 ネタとベタを完全に理解した上であのスタイルを選んでいる 相田みつを ヤンキーはつっぱってるのにディズニーが大好き よなはじゅん 名古屋はええよ!やっとかめ=久しぶり
投稿元:
レビューを見る
ヤンキーが流行だが、その発信元の一人の著者が各界の人達と対談。おもしろかった。日本人の総ヤンキー化が言われている昨今、マーケティングを考える際にも考慮に入れるべきで、ヤンキーに人気のあるヴィトンのモノグラムやディズニーなども取り上げられている。
投稿元:
レビューを見る
2014年3月初版
斎藤環 著
==
若者に限らず、日本は今“ヤンキー化”が全体的に進んでいる
日本人論=日本人特殊論であり、=ヤンキー論。ヤンキー文化とは“気合いとアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ。
本物の非行少年や不良が減る一方で、彼らに特有と思われていた文化的エートス(ヤンキー性)が、非行とは無関係な層にまで浸透している。知性よりも感情を、所有よりも関係を、理論よりも現場を、分析よりも行動を重んじるのが特徴。
などなど。
ヤンキーはそもそも、ある意味この島国の「原住民的」な気質を表出させている、という捉え方をしている本。面白かったです。
投稿元:
レビューを見る
『ヤンキー経済』とほぼ同時期に読み終わったので比較するけど、こっちの方が読み物としては読みごたえがある。
ただ、子どもを持つ身としては、このまま日本が進むとどーなるよ、と暗澹たる気分になるのもまた事実。
この本で言う「ヤンキー」は、反知性ではないけど、地頭のいいヤンキーは実学のみを目指す(弁護士とか)、とか、その通り過ぎて頭が痛い。
帯の、『この国は”気合い(だけ)”で動いている。』は、違う意味に勘違いする人続出しそう。