投稿元:
レビューを見る
ヴィクトリア朝の英国人女性のメンタリティ、セクシュアリティを
当時の文学から読み解く――
といった話を期待していたのだが、
残念ながら、そのテーマに切り込む内容ではなかった。
しかし、一般人にもわかりやすいヴィクトリア朝文化の概説書ではある。
■子どもの純粋性と残虐性
ディケンズ『大いなる遺産』とハーディ『日陰者ジュード』における
作者の「子供観」「教育観」の類似性と相違点。
■カルー台地に吹く赤い風
南アフリカのケープ植民地に生まれ、
フェミニストとなったオリーヴ・シュライナーの『アフリカ農場物語』は、
故郷である南アフリカの荒涼とした風景を舞台にしながら、
英国産業主義の問題を織り込み、帝国主義の矛盾を暴露した。
■劇場人ヘンリー・アーヴィング
苦学して舞台人となり、プライヴェートでは苦い経験をしながらも
生涯を演劇に捧げ、俳優の地位向上に尽力した Sirヘンリー・アーヴィング。
ちなみに側近として彼を支えたのが、あのブラム・ストーカーであった。
■オスカー・ワイルドの『まじめが肝心』から劇場を覗く
19世紀末の劇場には、
富裕層に加えて中産階級以下の客も足を運ぶようになったため、
立ち位置の異なるすべての客に面白がられる芝居が必要となり、
それを巧みに実現したのがオスカー・ワイルドだった。
■女性の攻撃性と殺人
ヴィクトリア朝の価値観によれば、
良妻賢母=「家庭の天使」がリスペクタブル(尊敬に値する)女性と見なされ、
そんな女性が殺人を企図・実行することなどあり得ないと考えられていた。
実際の殺人事件について、そうしたコンセンサスに基づく偏向報道がなされ、
文学作品の中でも、この通念に従ったストーリーが構築されることが多かった。
■愛に生きたヴィクトリア
18歳で即位したヴィクトリア女王は、
実務能力に長け、人格も優れた伴侶を得たことによって、
良妻賢母として、中産階級にも支持される「家庭の天使」の模範となった。
産業革命以後、女性が社会に進出するも、
女王の姿勢はそれを支持しない極めて保守的なものだった。
■田園化された身体
19-20世紀への転換期に
イギリス人のメンタリティを形成する重要な要素となった「田園」。
新たな労働力としてロンドンに集中した人々の多くは劣悪な環境で生活していたので、
子供の健康を守るべく、田園ホームステイや徒歩旅行が奨励された。
■世紀末イギリスの柔術ブーム
「身体文化(physical culture)」の浸透。
日本との交流が出来、柔道の元の形態の「柔術」が流入し、ブームに。
アフガン戦争、ボーア戦争などに苦戦し、
個人の脆弱さ・体格や戦闘能力が敵に劣ることなどが露呈。
「東洋の未知なる技」を「帝国主義的身体」の育成に取り込もうとした。
■ラスキンの美学論
19世紀英国=ヴィクトリア時代を生きた芸術批評家にして社会改革者、
ゴシック・リヴァイヴァルに多大な影響を及ぼした
ジョン・ラスキン(1819-1900)の芸術論とは。
彼は人間精神を内包しないゴシック建築の再建・修復を嫌悪し、
形を真似ただけのものに憤慨した。
建築は自然の模倣と人間精神の融合により、見る者に美と規則性と崇高さを感じさせ、
「自然」とは本質的な真実の美に生活を融合させたもので、
芸術の中心には「生活と共にある喜び」が存在しなければならない――という。
■アルフレッド・テニスンと進化論
科学万能時代の19世紀、ヴィクトリア朝の詩壇を代表した詩人テニスンも
科学技術の普及に強い関心を持ち、テクノロジー浸透の有り様を活写したが、
彼が想いを馳せた「人類進化」のヴィジョンはキリスト教的信条に彩られていた。