紙の本
仏像は人を救えるのか
2016/04/17 07:31
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
平安時代後期、末法思想が広まる時代に、一人の仏師と天台僧侶との友情を軸に、多くの登場人物が、仏師が彫る仏像が、苦悩する人々を救うのだろうかという一人の主人公の悩みは、ある面、重い。
電子書籍
それなりに面白い
2017/08/13 05:14
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:プロビデンス - この投稿者のレビュー一覧を見る
実在の人物が主人公のようです。仏師定朝の悩みと成長と当時の政権の様子がそれなりに面白いが、途中の絡みや物語の転機がやや物足りない気もしました。
投稿元:
レビューを見る
仏師を題材にした歴史小説は初めて読んだ。非常に興味深かった。歴史学者である著者の知識だけでなく、1000年も昔の情景を容易に想像させてくれるような描写に、感心しっぱなしだった。
他の著書も全部読んでみたいと思った。
投稿元:
レビューを見る
平安時代を題材にした歴史小説を読んだのは初めて。仏像や和歌に対する深い知識がなければこれだけの中身の小説は書けないだろう。優雅さと猥雑さで混沌とした平安時代の情景を味わいながら読んだ。
投稿元:
レビューを見る
仏像は大好きだけど、じゃあ仏師は当時どんな暮らしをして、どうやって仏像を作っていたのかはほとんど知らなかったなと思った。平等院に行くといつも飛天にばかり心を動かされてしまっていたけど、今度はちゃんとご本尊も拝観しよう。それにしてもこの時代の系図は複雑で誰が誰だかちょっとわからなくなった。
投稿元:
レビューを見る
登場人物が多すぎて、途中でわけわからなくなりました。そんなに多くの登場人物は物語上、必要でしょうか。描写も詳細で割と物語に入れるかと思ったのですが、読むのは断念しました。
投稿元:
レビューを見る
平等院の阿弥陀如来像へと至る仏師定朝の軌跡を藤原道長全盛の時代の中で描く.延暦寺の僧侶隆範との関係,関わってくる貴族の横暴,国母彰子の苦悩,貧しい人々の救いなどたくさんの登場人物のそれぞれがそれぞれの苦しみに喘いでいる末法の世が現れている.読みながらとても息苦しく感じた.
敦明親王の苦悩にみんなが同情しているが,この甘ったれの大人子供に腹が立って仕方なかった.みんなお前のせいだ!と言ってやりたい.
投稿元:
レビューを見る
平等院鳳凰堂にて若き日の自分を思い出す定朝。
阿弥陀仏を見るとき、この物語を思い出してうるっとくるんだろうなあ( ´^`° )
それぞれが違う理由でこの世の地獄にいらだつ。
そしてちょっとずつかみ合わなくなり疎遠になったり、ふとしたきっかけで近づいた人との縁で人生が開けたり。
仏像など作っても世の中は救われないという心中を吐露した定朝に「おぬしは愚かじゃ」と語った甘楽丸の言葉が素晴らしかった。
隆範の牛飼童滝緒、彰子の女童小諾(こなぎ)といった端役も光る温かい話。
ほぼ1000年前の話だなあ。末法の世は先年続くのか
投稿元:
レビューを見る
大好きな澤田瞳子さんの作品だが本作はいまいち。最近造仏の話を読んでいたので定朝にとても興味を持っていただけに主人公(で良いのか?)の定朝の造形が少し物足りなく感じた。
本作は若き日の定朝とそれを支える内供奉の隆範の交流から始まるも早々に身分を背景に二人の仲は亀裂。そこから中務と敦明親王を巡るドタバタ騒動を経て定朝が本当の仏の姿を見つけるというストーリー。思い返しても「事件」と定朝の成長の繋がりは無理があるように感じる。「本当の仏の姿」を模索し成長していく定朝を正面から描いて欲しかったなという思い。
本作に登場する彰子の存在が非常に気になった。どちらかと言うと悲劇の中宮定子のライバルというイメージであまり良い印象はなかったが、本作でもキャラが立っており、「国母」というパワーワードも強烈に残った。冲方丁さんの『月と日の后』を読みたいと思う。
投稿元:
レビューを見る
藤原道長人生終盤頃の時代背景。平安時代の仏教、貴族や庶民の仏教感をわかりやすく物語られていた。
仏師の定朝の若い頃から平等院鳳凰堂に阿弥陀如来像を安置する晩年期頃までが舞台。
登場人物 中務。他登場人物(定期、敦明、隆範、彰子、道雅…)の心に宿ることとなる菩薩な存在の偉大さに愛を越える慈悲をみた気になった。
又読み返したいと思う小説だ。
投稿元:
レビューを見る
時は平安中期、藤原道長全盛の時代の話。主人公は仏師定朝と内供部の僧侶隆範。彼ら2人の視線を通じて平安時代の情勢、仏教感、貴族の権謀術数、市井の暮らしぶりなどが描かれています。時は末法の世が近く、平安京の治安は最悪と言っていい状況。その中での仏教の役割とはどいうものだったのでしょう。仏教があるからこそ救われる心と、所詮宗教では病気を治癒できない冷酷な事実と、仏師や僧侶という登場人物を通じて考えさせられるものがあります。貴族の優雅な暮らしの影で、多くの市民が野垂れ死ぬ世の中。そこに一筋の光を届けるのは、仏教や仏像なのでしょうか。それとも仏教を信じる人の心にあるのでしょうか。