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表紙は横尾忠則さん。全シリーズ持っているけど、ごく短いセンテンスでの表現は素晴らしい。音読すると気持ち良い感じ。ダーリンからの抜粋も多め。読後は「おじさんたちやるなぁ」「負けてらんないよね(肩に力入れずに)」
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~のため、ってゆうところは大変腑に落ちる。
自分のために好きなことしてる人が好き。
それにつけてもお腹が減る本だ。コロッケ食べたい。
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イトイさんのことばは、スッと胸に納まる。もしくはザワザワする。シンプルな言葉の向こうに、それにともなう行動があるから、「わかる」というのではなく「響く」のだとおもう。地に足がついている言葉、といえるのではないだろうか。イトイさんのことばをきくと(読むと)行動しなければという気持ちになる。
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ブイヨンの写真とコメント見たさで読んだ。相変わらず、ボールが好きなんだな。時間を忘れて
本を読む奥様と同類だと思う糸井さんが印象的だった。
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旅行のパッキングが終わらない夢、私もよく見る。
糸井さんの言葉、素直に入ってくる。そうだよなって。
メモしたいのが多すぎて、必要なときに脳みそが思い出してくれたらいい。
なんでもないような写真もいいな。
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糸井さんが2013年にほぼ日に書いたり、tweetしたりしたもの。
励まされた思い出の記事があったり、考えたり、はっとしたり、笑わせてもらったり。
どこかほっとする空気が全体にあって、笑顔で読了したのでした。
案外最初から順番に読むのがバランスよくて、夢中になって1日で読んでしまった。
次はじっくり再読しよう。
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本書の真ん中くらいに、コロッケへのこだわりと熱情とたぶん愛もたっぷりのエッセイがあるんですが、いやあ好い文章でした。ここのところだけ額にいれて飾っておきたいくらい。そこまで手を伸ばすか、ってくらい伸びのびと、隅っこや裏側や暗がりにまで言葉が届いていました。中身の豊かなエッセイの見本ですね。食べもののエッセイっていうと、昔読んだ開高健さんのものがありましたが、熱気的には近いものがあったかもしれません。最後の方ではおまじないをみつけてしまいました。これはとっても使えそうです。「じぶんなりのせいいっぱい」を「やってみようか」と自分に言ってれたら、少なくとも、自分は取り戻せると思う、と述べているところです。これはなんとなく頭でイメージしてみたらしっくりきました。僕は接客業ですけれど、一対一とか一対一家族くらいだとすんなり接客できるんです。そのくらいの規模だったら、比較的うまく喋れます。ただ、30名の高校生を相手にガイドを、だとかになると、途端にわけがわからなくなり、うまくやれたとしても杓子定規になってしまう。そこで、この、「じぶんなりのせいいっぱい」をこころがけたら、なんだかうまくいきそうな気がしました。30人だとかのみんなの心象を気にしちゃうからなんだろうなあ。100人だとかいたらも無理ですからね。でも、「じぶんなりのせいいっぱい」でいいなら、なんとかなりそうな気配がある。このあたりの話は、大勢の客さんを前にしたときの「楽しめ」と自分に言ってやるという矢沢永吉さんの話につながっていきますが、僕の場合は、「楽しめ」よりも、「じぶんなりのせいいっぱい」を考えた方がわかりやすいみたいです。
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溺愛するコロッケを、因数分解していらっしゃるのが、糸井さんの生業を通した眼だよなぁ、さすがだなぁ。
「ちいさなことば」シリーズです。
装丁デザインは、横尾忠則さん。
・重要なのは、どれだけ打席に立てるか、つまり機会をどれだけ持てるか。
・いただいた短いメールのなかに、こんな文章がありました。
「幸せを感じるには、大好きなひとたちの生きている姿をただ見ることだと思います。」
・「ともだちが困ったとき、力になるために」というのが、勉強をする理由かもしれない。
「だれかの力になりたいと思ったときに、じぶんに力がなかったら、とても残念だろう?」
・北へ向かって歩きながら、南に行きたいと言っているようなことは、ほんとうによくある。
・「ぜんぶは無理だ」って、当たり前のことなのに、
できている1つや2つのことよりも、
やれてないことのほうを勘定してしまう。
・だけど、目に見えない無数のすり傷があるんでしょうね。
・なんか、この誰もトクをしない「あたまよく思われたい欲」みたいなもの、これがあるから、ほんとのことが見えにくくなる。
・じぶんをよく見せようという気持ちを、
忘れられたら、ずいぶん自由になれます。
・ああすればいいこうすればいいは言えなくても、
未来から見て「あきらめなかった」人間に、
こころからなりたいと思う。
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糸井さんのこのシリーズ、昔からすごく好きで。
あたらしいのが出たら購入するか図書館で借りて読んでた。
今回ひさしぶりに図書館で見かけたので借りてみた。
自分が変わってしまったのか?
糸井さんが変わった、もしくは、変わらないのか?
なんだか、前よりおもしろく読めなくなってた。
説教くさく感じてしまう部分があるというか、、
あと、糸井さんの本はいろいろ読んでるので、あ、これまた前と一緒のこと言ってる、とか、あったりね。
この次に出た本も読むと思うけど、もう糸井さんは卒業したのかもしれない。私的に。