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第51回文藝賞受賞作 刊行前サンプル版レビュー。
理屈をこねるような文体なのだが、言葉選びは適確のようで、物語の終結点までの流れは淀みなく体に浸み透った。本質的にとまでは言わないまでも、作者の言わんとする恍惚や高揚が生に対して持つ意味、あるいは死に向かい合う緊密な距離のようなものを享受できた。そんな気がする。
本間は人間の本性をある程度バランスよく備えた人格を持っていて、だからこそ生きているということが死んでいくことと同義であることも心から理解している。
モイパラシアの生を受け継ぐかのような始まりだったが、本間の生を彼のものに戻し、彼の死をあるべき位置にまで遠ざける契機を与えたのが、亜紀であることは意外だった。
「点描の恍惚の夜」を迎えるまで、アルタッドとの関わりはアロポポルと同じくモイパラシアの残像としてのそれだった。
しかし本間自身の学生時代…彼には大切だった時間の共有者であると同時に、彼と現実社会を軋ませることなく繋いでいる唯一の存在である亜紀が、まるで触媒のような働きで、本間の生と死を本間の中に取り戻したように感じる。
そう言えば、妄想の産物であり、実体など存在しないはずのアルタッドに亜紀は触れ、餌をやり、絵に描く。
亜紀もまた、本間の一部。そんな陳腐な言い方しか浮かばないが。
ものを書くひとりの人間が、ものを書くという行為それ自体に倦み、取り憑かれ、現実の中に非現実を生み出す狂気。彼の言う積極的諦念はアルタッドとの穏やかな暮らしの中で醸成され、生が死の対極ではないことをも悟らせてくれたのだと思う。
心地よく、本当に心地よく読み終えた。清々しい。だからこそ、一部の文学愛好者には物足りないかもしれない。私には丁度良い。
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作中の主人公は、原稿用紙に手書きをしている。インクが血液のように流れるというのだから、万年筆か、ペンにインク、いや、やはり万年筆か。
作者本人も万年筆で書いた手書き原稿で応募したのだろうか。
などという、細かいことが気になってしまう、悪い癖(笑。
トカゲのアルタッドとサボテンがいい味を出している。劇中劇の砂漠のファンタジー小説が完成したら、ぜひ読みたい。
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実際に読んだのは、Bound Proofの非売品。作家を生業とせん若者の葛藤をいかにも幻影的に描いた作品で、こういうのは玄人好みなんだろう。分かんないや。
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文藝大賞の献本企画でいただいた。
主人公の書く小説の中から出てきた(と表現していいのかどうか?)トカゲのアルタッドとの生活。比喩表現なのか何なのか、非常に不思議で幻想的な雰囲気の小説で、それが夢なのか、現実なのか、生活のスパイスの比喩表現なのか、そもそもファンタジー要素でアルタッド実際にいるんじゃないかとか、いろんな考えが頭をもたげる。
アルタッドが妙に可愛いし雰囲気は好きだけど、巧みな表現方法が全体に及んでいて、国語の授業中にやった「この比喩表現は何を言っているのでしょうか」という課題をひたすら投げつけられているような気分になって結局の所なんだったのかよく分からないままに読んでいた。
文章に力が入りすぎてやしないか?それか私にはレベルが高過ぎたのか…
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成熟した文章表現と
あまりに幼い主人公の思考とのアンバランスさ。
主人公は学生なのだから考え方が幼くても
不思議はないのだけれど、
計算されてのことだとするとすごいな、と。
自分の創作した世界の顕在化は
創作する者にとっては一度は夢見ることだと思う、
それを或る意味で実現させたわけですね。
”書くこと”に対する考え方に関してはあまり共感できない、というか、
なんだか十数年前の自分の日記を読み返しているような気恥かしさがあった。
それを踏まえて10~20年後、アルタッドと本間のその後を書いていただきたい。
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現実なのか、はたまた現なのか。
物語でふいに死なせることとなった人物から
一匹のトカゲ「アルタッド」を受け取った男。
そして、もう一つ彼はその人物から
植物を受け取るのです。
アルタッドとの不思議な生活。
そして、現実と空想の狭間にいる苦悩。
読み終えても、これは本当の世界での
本当の出来事だったのか。
はたまた少々頭のイカれた男の
煩悩の中だったのか。
わからないだらけだけど、読み心地は
非常によいものでした。
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昨日に続きブクログの献本企画でいただいた、文藝賞受賞作品の未校正サンプル版。
こちらの方が私好みでした。
ものすごく真面目な人なんだと思う。書くことに対して。
「書くこと」という業を、私は持ち合わせていないけれど強く感じることができた。
それが青いということなのかもしれないが、もっと肩の力を抜いたらという評もあったようだが、私は不快ではなかったし、逆に好ましく読んだ。
物語の構成よりも、美しい文章を紡ぐために推敲を重ねたのだろうとも想像できる。
でも読んでいる時にそれほど重苦しく感じないのは、トカゲのアルタッドがキュートであることだったり、薄いユーモアで縁取られた会話の妙だったり。
特に、大学生時代に付き合っていたという亜希。今はどういう関係性になっているのかわからないが、彼女との会話のやり取りが好きだ。
近すぎず遠すぎない距離感が絶妙だと思った。
実際にはその位置を保つことは、なかなかに難しいとは思うけれども。
イグアナと暮らしてみたいという野望を持っている私には、アルタッドと一緒の生活風景も興味深く読めた。詳細な観察記録。
ものに捕まるときにギュッと力が入る指の様子も、目に浮かぶよう。
トカゲとの生活を書いた小説といえば、読んで30年以上たっていてもやっぱり森下一仁の「コスモス・ホテル」を瞬時に思い浮かべてしまうが、喜怒哀楽がなく、今を生きるために生きているトカゲを見ていると、人は内省的になるものなのだろうか。
過去も未来もなく、現在しか持たないトカゲには、音楽を楽しむことができない。音の強弱を感じるだけだ。というような文があった。
確かに音楽は、時間の流れを感じることができないと、単発のただの音になってしまうわけで、音楽と時間の関係について、あとでぐずぐずと考えようと思う。
文藝賞受賞作2作品とも、モラトリアムな生活をしている若者が主人公で、あまり生活感がなかったところが共通点。
高級マンションで暮らすこと、庭付きの一戸建てにひとりで暮らすこと。毎日の些細なことをきちんとしていかないと快適な生活は維持できないし、それは結構時間とお金を必要とすることなんだ、と主婦の私は思うのだが。
そこら辺のリアリティが、ないのよね。
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献本企画で読ませていただきました。うーん、正直言ってなかなか作者の世界に入れませんでした。アルタッドがとても魅力てきなのは伝わりましたが、カタカナや凝った表現が私的には邪魔になって、あまり入り込めませんでした。作者の力は感じましたが。つぎはもう少し気負いない作品でお目にかかりたいです。
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bound proof 未校正版にて。
「書くこと」とは何か。そのことに対する逡巡。これはとても素敵な、そしてとても大切な作品だと思った。
書きたいけれど書いたことがない人は論外として、小説を書き始めたならば、避けては通れない問題がある。なぜ書くのか。いかにして書くのか。小説世界は作者が創るものだとしても、作者の思惑通りにすべてが進むわけではない。作者が創ったはずの登場人物たちにはそれぞれに感情があり、それぞれの為すべきことを為す。だから作者は、書き手であり、同時に第一の読み手でもあるのだ。本間は書き始め、モイパラシアの死によって書くことの孕む問題に突き当たり、そして怖くなって物語を葬る。しかし既にモイパラシアもアルタッドも、そしてアロポポルも存在を始めており、物語を葬ったところで、その事実は覆せない。それは強迫観念であり、また同時に希望でもあると思う。それは、本間が再び書き始めるための、希望だ。
モラトリアム、と言ってしまうことは簡単だ。しかし人間には、人間らしく生きるために思索の時間が必要なのだと思う。ただ思索をするためだけの時間が。その思索の時間を経るからこそ、次に進むことが出来る。それで再び書き始めることが出来ないならば、それまでのことだ。
書くことの歓喜と恍惚。書くことによって汚される物語世界。言葉とは、何か。書かなければならない人間は不幸だ、と誰かが言っていたけれど、これは書きたいとか書きたくないとかの問題ではない。「書かなければならない」のだ。書かずに済ますことは出来ない。書かないことは死を意味する。だから、書く。歓喜と恍惚を与えてくれるような言葉。本間と亜希が点描によってアルタッドの生きた証を描き出したように、書くことで何か大切なものを掬い取れるかもしれないから、そんな奇跡のような一瞬を求めて、書くのだ。
この作品の中で一つ気になったのが、「さて」と「ところで」の使い方だ。この二つの接続詞によって、所々文章が分断されている感じがする。この接続詞だけが宙に浮いているような。これはわざとそうしているのだろうか。
しかしこの作品は間違いなく、美しい小説だった。
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文藝社の企画本で当たりました。なかなか物語の中に入りこむまでに時間がかかりましたが、最後まで読みきるまでも長く感じました。死を常に感じる文章で、所々に興味深い言葉を見つけることができましたが、一度読めば良いかな、という感想を持ちました。
文章力はすごいな、と思うし真似できることはない分、個性的な作品。
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献本企画に当選して、読ませていただきました。
「書く」ということに向き合う話。
どこまでが現実でどこからがそうでないのか。
それともすべてが現実なのか。
分からなくなってしまった。
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未校正バージョンです(ブクログのキャンペーンで頂きました)
ひと通り読んで思ったことは、すごい詩的な小説なのかなと。
物語としては、モノを書きたい青年、本間が大学院受験に失敗し、小説を書いていたトコロ、登場人物が作者の意思に反し、物語内で死んでしまった。
その死んだ時に、原稿用紙から登場人物の左腕、トカゲ(アルタッド)、サボテン(アロポポル)が出てきて、それとともに大学院受験までの間に、書くことへの自問自答を繰り返し、大学院に合格するまでの話です。
原稿用紙から中身が飛び出てくる以外には特にファンタジー的要素は無いですし、特に事件らしい事件も発生しません。
あるのは、本間の書くことへの自問自答ばかり。
評価がすごく難しいのではないかと思います。
なんというか掴みどころがさっぱり無いです。
ただ、なんとなく美しいというか綺麗というか、そんな雰囲気だけはあります。
比較的短編で、読むのに時間はかかりません。
自問自答というか芸術論文学論的な問はありますが、読みやすいです。
そして、読み終わった後、意味はわからないけど頭のなかがすーっとクリアになったような気がします。
小説というカテゴリでいいのだろうかと、ちょっと思いますね。
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献本企画でいただきました。文藝賞受賞作です。 幻想と現実が入り混じった小説家の卵のお話。どこからが幻想でどこまでが現実なのかわからない。すべてが妄想なのかもしれない。きっとどちらでもよいのでしょう。哲学ぶって、理屈をこねくり回しているだけかもしれないけれど、無為に過ごす日々がいつか有為になるかもしれない。ならなかもしれない。それすらもどちらでもよいのでしょう。只々すごく雰囲気のある小説でした。その分、好き嫌いが分かれるかもしれません。
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小説家を目指すニート青年が原稿用紙から飛び出してきたトカゲもどき(ファンタジー作品の動物なので実在はしない)の世話をする話。
原稿用紙から実際に飛び出してくるからファンタジーかと思いきやそこから事件が起きたり話が展開したりするわけではなく、主人公もそれを当然として受け止めているのでファンタジーではない。
持って回った言い回しや凝った文章を書きたい青年の妄想録のような文章は面白かったが、ストーリーがない。
登場人物は自分と創作作品のキャラと元カノだけで、行動範囲は基本的に家の中だけで世界がとても狭く感じた。
創作作品の描写は細かくて情景が浮かぶような文章力はあると思うけど、分かりやすい話が好きな自分には合わなかったな。
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今年の文藝賞受賞作。献本企画で頂き、光栄にも
読ませて頂きました。
難解なお話、というのが最初の印象。
読み進めてゆくと、村上春樹さんの
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」
をどういうわけか思い出しました。
作者様がお好きなのかもと、ふっと考えついたり。
主人公は、何故か物語の中で死んでしまった人物から
アルタッドというトカゲを譲られます。
自ら紡ぐ物語の中からやってきたトカゲ。
アルタッドとの、現実か夢のあわいか…と思うような生活。
そういう側面を見れば、これはもちろんファンタジーで。
主人公が小説をものしようといろんな着想や言葉、
世界観を自分の中で形にしようとする経過を見れば
これは現代小説で。
まとまった作品世界を生み出すまでの、ふわふわとした
思考の塊を、何をするでもなく捻り続ける、小説家の脳内
を垣間見させることと、作品世界が書き手にとっては、
「紛れも無いもう一つの現実」
だと知らしめるような、言葉の世界から具現化してきた
アルタッドとの生活。
異質な二つの世界を、「死」を夢想するということで
繋ぎあわせたのが、この作品です。
このお話を練りながら、作者の金子さんもこういう思考や
心理状態を辿ったのかな、と深読みもしましたし。
二つの側面、どちらかに重点を置いて描いていたら、
もっと分かりやすいお話になったのでしょうね。
アルタッドという同居人を小説世界で自在に動かすために
一見停滞しているような日常の中で考えを尽くす主人公。
振り返れば「現実」にまでやってきてしまったアルタッドとの
日々は、主人公が原稿用紙の上で活写したいことなのだから
愛しくも心和む時間になるのは当然かもしれません。
いいですよ。トカゲ。うん。
実際には主人公、なかなか筆は進まないので
その閉塞感が難解さとか、なんとなく作品を覆う
疲労感になっている気がします。
魅力的な世界を生むために、こんなにも閉塞した中で
降りてきたインスピレーションと付き合うのはキツイ…と
そんな納得の仕方をさせてもらいました。
これが作者様の現実ではなく、小説だというのだから
なおすごい。
実際にこういう経過を辿って作品が
生まれてくるとしたら、本当はもっとシンプルな
掴みどころのない感じなのでしょう。
それを小説にしたら文章がドラマチックになった、という
解釈を私はしました。
書いた経験のない読者には、少々難しい感じがしますが
解りにくいからと放り出さずに、じっくり二度読みがいいかも。
次回作はどんな感じなのでしょう。
意外とガラリと違うものをお書きかもしれないと
何故か思わせる作品でした。