紙の本
高齢者問題を取り上げた作品は多々あるが、本作は綺麗ごとでは済まない現実的視点から出発し、遅れている高齢者対策という社会問題にまで切り込んだ問題提起をも含むものとして興味深い。
2016/12/09 09:21
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ナミ - この投稿者のレビュー一覧を見る
注目の新人登場です。高齢者問題を取り上げた作品は多々あるが、本作は綺麗ごとでは済まない現実的視点から出発し、遅れている高齢者対策という社会問題にまで切り込んだ問題提起をも含むものとして興味深い上に、推理小説としても面白い構成となっていることが注目される。2013年の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。次作『絶叫』(2014年10月、光文社)も楽しみです。
物語は、関係者個人の行動を時系列的に追う形を取っており、高齢者大量殺人犯も<彼>という形で早い時期から登場し、煙草から抽出したニコチンを注射する殺害方法はもとより、対象者の選定方法・基準や、生活環境を克明に調査したうえでの実行方法まで明かされる。これでは推理小説としても面白味は半減してしまうのではと思われるが、いえいえ、まずその動機・目的、<彼>とは誰か、どういう経緯でこの「完全犯罪」が露見して<彼>が捕まるのか本作の肝である。<彼>に関しては、中盤辺りで極めて怪しい人間として介護事業所長・団啓司が登場してきて、<彼>の車・外見などの状況証拠から99%犯人と思われてくる。しかし、この手のお話の例にもれず、それでは余りにも単純すぎる。そこで気になりだすのが、かなり早い時期から主要な役割も無いのに登場し続ける所長・団と同じ介護事業所職員・斯波宗典であるが、どうにも犯人像と結びつかない誠実な真面目人間なのである。一方、本作の主役である検事・大友秀樹がひょんなことからこの高齢者大量殺人事件に気付き、犯人をも割り出してしまうのが中盤から終盤への結節点である。終盤では、ある高齢者宅の鍵を複製した人間がいることに気付きその犯人を明らかにするため介護事業所職員・斯波宗典が張り込みを始めることで、犯人=所長・団という推理が確定してしまうのだが、何と、検事・大友秀樹が割り出した犯人は職員・斯波宗典であった。さて、このどんでん返しが実に用意周到でやられたって感じです。まあ、狡いとも言うか。(笑)さて、ここで終わってしまえば実に良く出来た推理小説でしたで終わってしまうのだが、犯人・斯波宗典の犯行動機・目的が本書の価値を非凡なものとしている。本書では登場人物がそれなりの役割を持って配置されており、冒頭からの登場順では、まず<彼>は当然犯人であり、次いで羽田洋子、斯波宗典=<彼>、佐久間功一郎(大友に事件のヒントを与える役割)、大友秀樹(検事)であり、介護事業所長・団啓司はかなり後での控え目な登場である。(この辺りにも気づくべきであった。)
でこの登場人物配置は、本作の主題である高齢者大量殺人の意味を問う、検事・大友秀樹と犯人・斯波宗典とのその動機・目的の意味を問う熾烈な戦いを描くことにあったのである。出番の少ない羽田洋子は被害者親族の気持ちを代表する役割として配置され、ある意味で事件によって救われたという思い、実際に人生を再出発させることが出来るという形で現実的矛盾を表出する。死刑という罰は確定しつつも、その罪を認めさせることが出来ない検事・大友秀樹が辿り着いた犯人・斯波宗典の真の目的とは、私の直感を要約するなら「救いのない高齢者対策に一つの解決方法という壮大な物語を作り問題提起をしていくこと」となる。このことを、著者は福音書のキリストが息絶える場面の記述を引用して表現している。(361P)
結末の是非に関しては緒論あって当然であるが、推理小説としても強烈な問題提起の書としても一級品であることは間違いない。
紙の本
他人事ではない
2023/10/18 10:51
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ケロケロ - この投稿者のレビュー一覧を見る
他人事ではない介護問題。
ミステリーの要素もありながら、介護現場の現実を書かれており、とてもおもしろかったです。
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この小説を読んだ直後にドラマ「相棒」を見たら、右京さんが監禁されて「なぜ人を殺してはいけないのか」レポートにまとめよ、とせまられていた。まさしくこの小説のテーマです。
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話の構成が上手く、スラスラと読めてあっという間に読み終わる。
老人介護がテーマなんだけど、すごく考えさせられる話でした。
いざ自分の親が、介護が必要になったらきっとこの小説を思いだす
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43の命を奪った男に下された死刑判決。しかしそれを傍聴席で聞いていた被害者遺族は〈彼〉に対し怒りも憎しみも抱いていなかった。そして話は〈彼〉に死刑判決が下される5年前にうつっていく。
この小説で描かれるのは介護の問題です。母親の介護で身をすり減らす女性、父親を高級老人ホームへ入れた検事、大手介護事業の社員、その事業所で働くヘルパー、それぞれの視点から語られます。
お金もなく福祉や保健から排除された老人とその介護をする家族の状況はかなり悲惨です。そしてヘルパーも仕事の過酷さや難しさから常に人材不足…。制度も上手く機能しているとは言い難く、そのうえ行政や国民の無理解と山積みの問題が語られます。
そうした問題の解決策の一つとして〈彼〉が行った犯罪。しかしそれが罪にあたるのか、読み終えたころには分からなくなってしまいます。ひたすらに正義を語ろうとする検事の声があまりにも無力でむなしく聞こえてきます。
医学が進歩しよく言えば寿命が延びたから、悪く言えば簡単に死ぬことがなくなったからこそ生まれた、介護や死への問題に対し、人間はいまだに答えが出せていないように思います。
最近でも尊厳死の是非についても議論になりましたし、このレビューを書く直前にも高齢者向けマンションでのヘルパーによる高齢者への身体拘束が虐待となり指導が入ったというニュースがありました。
こうした話題を聞いていると、今のこの社会では〈彼〉のだした回答以外に最適解がないのかもしれないと思えてきてしまいます。だから自分は〈彼〉の主張に対し何も言い返せないどころか、どこか賛成してしまうところもありました。
ストーリーの内容もそうなのですが、文庫の最終ページがまたある意味では悲痛です。解説の後に「この本はフィクションです」といった内容のことが書かれているのですが、それに続いて書かれている文章が、
『作中に描かれる「完全犯罪」の手法は物語上都合の良い情報だけで構成された創作であり、現実には成立しません』といったことや、
多くの自治体で介護の相談窓口が開設されていること、介護についての問題を一人で抱え込まず、役所や支援センターに相談することを勧めている文章があるのです。
これもまた問題はフィクションの世界ではとどまらないことを示しているように思います。
”寿命が伸びたことの代償”
この問題に対し人類は〈彼〉が選んだような回答しかできないのか、それとも別の回答があるのか、あるとしたらその回答を実行するために、社会は、自分は何を考え行動するべきなのか、
そうしたことを問いかけてくるような、非常に芯の強い社会派ミステリーでした。
またミステリとしてはトリック以上に犯人に迫る過程が独創的というか、他のミステリではあまり見ることのないロジックで面白かったです。
第16回日本ミステリー文学大賞新人賞
2014年版このミステリーがすごい!10位
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面白かったけど、評判ほどではなかったかと。介護の問題は他人事ではすまないことは分かってはいるけど何もしていないのが現実。
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社会問題のインパクトが大きくミステリ感には重きを置いて読んでなかったので、結末には久々の会心の一撃を食らいました。末恐ろしいデビュー作です。
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「絶叫」を読んだ直後、店頭に並ぶこの本を購入していたが、立て続けに重たいのは読みたくないなぁ~と二の足を踏んでいたのですが、一気読み。
「絶叫」ほどの衝撃は残念ながらなかったし、ミステリー色も少なかったのですが、話の内容は身につまされることばかりで、明日は我が身と感じながら読みました。
表社会にちらちら見え隠れする裏社会の世界の話ーー介護事業・人材派遣・クスリ等々、実はTVの世界の話でなく、そこらじゅうにある事実なんだと改めて空恐ろしい気持ちになりました。
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介護をテーマにした、高齢化社会といわれる日本にズバッと鋭いメスを入れた感じ。
リアリティーのある問題なだけに、すごく考えさせられた。
この作家さんのデビュー作だということだけど、次も期待大!
2017.11.21
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2015年9冊目。とても考えさせられた。
社会派本格ミステリ、と一言で表すのはもったいないというか、適切でない気がする。
介護をテーマに、現代日本への問題提起をした作品だと思う。
家族の介護を経験した者なら、あの壮絶さ、絶望感が痛いほどわかるし、「救いのための殺人」というキーワードに、揺れてしまうはず。
最後の大どんでん返しがなくても、じゅうぶん読み応えある作品。
介護、脱法ドラッグ、振り込め詐欺、震災、原発、個人情報…いろいろ盛り込みすぎな感も否めないが、現実の社会もこれらが渦巻いているわけで、逆にリアルなのかもしれない。
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現代介護の闇とミステリーを融合させた物語です。いつか多くの人がする方も、される方も経験する身近な問題であり、大きな社会問題でもあることが、怖さと不安をかき立てないことはない作品でした。
メインテーマを支えるキリスト教や大地震、死刑制度といったサブテーマがスパイスのように物語を面白くさせている感じがします。
情景がテンポよく進むところと、興奮、怒りといった感情の爆発の部分のメリハリで気持ちよく読める。
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社会の穴に落ちた者の叫びであり、自分もいつか同じ穴に落ちるかもしれない恐怖を感じた。圧倒的なリアリティが突きつけられる。ミステリーとしては、最初から犯人も手口もわかっているのにどんなトリックがあるのかと思ったけれど、終盤、おおっ!ときたね(笑)そうきたか!ってね。でもこの本はトリックより、もっと大きな社会問題がテーマなんだと思う。
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介護問題を取り巻く様々な問題に鋭く斬り込んだ社会派ミステリー。
日本ミステリー文学大賞新人賞作。
久々にお気に入りの作家を見つけた。真山仁・日明恩あたりが好きな人には是非お勧めしたい。
社会への問題提起としても、ミステリーとしても良かった。随所に出てくるキリスト教の考えもスパイスになっていて良かった。
“なぜ人を殺してはいけないのか?” この問いに対し、誰もが納得できる答えがあるだろうか。
主人公は性善説を支持する検察官だが、「善」とは何なのか。
生=善、死=悪。本当に?
生きること。それだけで苦しくてたまらない人もいる。生きているだけで図らずも他者の生活を脅かしてしまう人もいる。生きることを誰にも望まれてなくて、自分でも望んでいないなら、死んだっていいじゃない。
《彼》が言うように、“死を与えて救済する”ことは絶対的な悪と言えるのだろうか。
増え続ける高齢者。減り続ける働き手。分かりきった未来に何ら対策が打てない国政。
“安楽死”について議論を深めなければ、国が滅んでしまうと本気で思った。
*以下引用*
つらくない、つらくない、つらくない。本当につらいのは、母さんの方よ。私はつらくない。私は母さんの介護を嫌がるような薄情な人間じゃない。(p39)
人が死なないなんて、こんなに絶望的なことはない!(p45)
俺は自分が受けたサービスに見合った対価を払うよ(p51)
この世で一番えげつない格差は老人の格差だ。特に、要介護状態になった老人の格差は冷酷だ。安全地帯の高級老人ホームで至れり尽くせりの生活をする老人がいる一方で、重すぎる介護の負担で家族を押しつぶす老人がいる。まあ、介護保険が施行されても『家族介護という日本の美風』は残ったわけだ。未だに多くの家庭で介護が原因のノイローゼや鬱が生まれ続けている(p56~57)
「介護」と「ビジネス」。相容れようのないものを掛け合わせてしまったキメラのようなグロテスクさ。(p57)
母さんが死んだ、地獄が終わった。半ば無意識のうちに顔面の筋肉がほころび笑顔を作り出していく。
ああ、これでもう、母さんの世話をしなくていいんだね。もう、母さんになじられることもないんだね。もう、母さんをベッドに縛り付けなくてもいいんだね。もう、母さんのお尻を拭かなくてもいいんだね。これで、もうー。
ーもう、拭いてあげられないんだね。
不意に湧きあがるその感情に、胸が詰まった。小さな、しかし誤魔化しようもない染みのような、喪失感。(p72)
介護の世界に身を置けば、誰でも実感する。この世には死が救いになるということは間違いなくある。(p81)
誰に教えられなくても、人は人を慈しむことや愛することを知っているし、人は人を殺してはいけないと思う。人が倫理と呼ぶものは、全てこういった人が生れながらに備える善性の先にあるのだと俺は思うんだ。この善性は君の中にもある。なぜなら、そうでなければ『なぜ人を殺してはいけないのか?』という問いは立てられないからだ(p102)
介護企業は報酬を減らされた分、人件費や事務経費を圧縮・効率化して、利益を確保しようとした。しかしそうして利益が出るようになると、次の改正でまたその分、報酬が削られたのだ。(p108)
「お婆ちゃん、ごめんなさいね。散歩の付き添いはできなくなっちゃったのよ。だから今日から独りで行ってね。どうしても付き添いして欲しければ、その分は実費でお金を貰うことになるの。保険が利かないから、普段の十倍になるわーって言えっていうの?」(p115)
聖書に誓うことのない日本の裁判は、しかしきわめて宗教的で道徳的だ。法律上の犯罪(クライム)だけでなく、人としての罪(シン)も裁く。(p125)
そう、人間は不完全な存在だ。分かっていてもつい悪事を働いてしまう。知らず知らずのうちに他人を傷つけていることもある。そんな不完全さを罪だと考えることは、やはり善なるものを求めるからなのだろう。(p127)
なぜ人は悪をなすのか?なぜ悪をなしてはいけないのか?問うことがすでに答えだ。善を求めている。(p128)
彼女は害意や悪意を持って罪を犯しているのではない。彼女が人間らしく生きられる場所が刑務所しかなく、そこへ入るための手段として罪を犯しているのだ。これでは罪を罪として自覚しようがない。もし真に彼女を裁くというなら、この社会で彼女が罪を犯さずとも人間らしく生きる術を示さなければならない。(p158)
狂っている。金儲けなんて言語道断?無欲無私の精神で人様に尽くせる人しかやっちゃいけない?
彼らはこれを本気で言っているのか?それを良識だと思っているのか?
金ももらわず、無欲無私で、他人の尻を拭ける人間がどれだけいると思っているのか?恐るべき想像力の欠如。(p170)
もう生まれた時代を呪うのはやめよう。どんな時代、どんな立場だって、やるべきことがあるはずだから。(p180)
ビジネスであれば、合理化は当然だ。不採算部門は凍結したり廃止したりする。しかしその一方で介護は福祉でもある。儲からないという理由で一度始めた事業を止めてしまえば、その利用者、特に介護に頼って生きている者は、生存権が脅かされる。(p198)
殺すことで彼らと彼らの家族を救いました。僕がやっていたことは介護です。喪失の介護、『ロスト・ケア』です(p316)
母の死によって洋子が救われたのは間違いない。そして身も心も自由を失い、尊厳を剥ぎ取られたままに生きていた母にとっても、やはり救いだったのではないだろうか。(p329)
かつて私は自分が母を見捨てるような酷い人間ではないことを証明するために、本当は逃げ出したい介護から逃げずに耐え続けた。同じように今、私は自分が母の死を望むような酷い人間ではないことを証明するために、本当は救いだった死を無念と言い換えるのだ。(p330)
たとえ年老いて身体機能が衰え自立できなくなっても、たとえ認知症で自我が引き裂かれても、人間は人間なのだと。ときに喜び、ときに悲しみ、幸福と不幸の間を行き来する人間なんだと。そして、人間ならば、守られるべき尊厳がある。生き長らえるだけで尊厳が損なわれる状態に陥っているなら死を与えるべきだと。(p340)
もしも死が救いでなく諦めだとしたら、諦めた方��ましだという状況を作っているのは、この世界だ!(p347)
「絆」という字に「絆し(ほだし)」という読みもあることを知った。これは馬をつなぎ止めるための縄のことで、転じて手枷足枷、人の自由を縛るものという意味がある。(p370)
絆は、呪いだ。それでも。それでも、人はどこかで誰かと絆を結ばなければ生きていけない。(p371)
たとえ行く先が地獄と分かっていても、人はつながることから逃れられない。ならば、つなごう。せめて愛する人と。絆でなく絆しなのだとしても。呪いなのだとしても。つないで、生きてゆく。(p372)
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介護問題、介護する側される側、家族と国、企業と自分ならどうすると正解が出ないまま重たい気分になった。犯人を割り出すまでの過程で統計が全面的に出ているのが、新鮮でした。年齢や性別による抽出はしないのか、その数値でいいのかという突っ込みは野暮ですね。
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面白かった。
題材がとても重たいけど、誰もが避けて通ることが出来ない話。
もちろん、葉真中さんの作品は始めてでしたが、とても読みやすくてよかったですね。
ミスリードの仕方もうまかったのか、犯人の1人にに挙げて読んでましたが最後はあれ?という感じで楽しむことができました。