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カズオ・イシグロは大好きな作家だが、新作をリアルタイムで読むのは、これが初めてのことになる。結論から言えば、『わたしを離さないで』『日の名残り』の二作に優るとも劣らぬ素晴らしい傑作だ。
ただし最初のうちは戸惑った。舞台は、アーサー王が死んでから数十年後のブリテン島。鬼やドラゴンや妖精が当たり前のように跋扈し、騎士が重要な登場人物となり、『薔薇の名前』を思わせる修道院まで出てくる。設定だけ見れば、完全な中世ファンタジーの世界だ。これまでのイシグロ作品のイメージとあまりにも違うので、何か入れ小細工のような設定になっているのではと疑いながら読んでいたが、最後まで設定は変わらない。主人公の老夫婦はどことなくホビットを思わせるし、これはカズオ・イシグロ版『ロード・オブ・ザ・リング』なのかと思った。しかし拡散気味に見えた様々な要素がドラゴン退治に集約される終盤に至ると、神話的であると同時に限りなく現代的なテーマを持った物語の全貌が明らかになる。
「記憶と忘却」「捏造された記憶」はイシグロ作品にいつも出てくるテーマだが、今回はそれが個人だけでなく民族の問題にまで発展する。「忘却に基づく平和」が正しいのか「真実の記憶に基づく戦争」が正しいのか…その対立の果てに、憎しみの連鎖(視点を変えればそれは「正義」と呼ばれる)が壮大な悲劇をもたらす。このあたりの展開には、明らかに21世紀の世界が重ね合わされている。ブリトン人とサクソン人の歴史に詳しいイギリス人なら十分に予想出来た結末かもしれないが、知識が乏しい日本人としては、次第に明らかになっていく各人の行動の真意や終盤の劇的な展開に、手に汗握る思いだった。
そして本作は、民族の興亡を描く叙事詩であると同時に、ある老夫婦の愛を描いた抒情詩でもある。主人公のアクセルは一体何者なのか? 彼と妻ベアトリスの間に本当に息子はいるのか? 二人の過去に一体何があったのか? 記憶、忘却、愛、憎しみ、そして赦し…様々なテーマがぶつかり合い溶け合っていく最終章は限りなく美しく、一つの世界の終わりと新たな世界の誕生を同時に見ているかのようでもある。悲劇を乗り越えるためのかすかな希望も、そこには感じられる。
舞台設定こそ『ロード・オブ・ザ・リング』のようだが、途中から強くイメージが重なったのはテオ・アンゲロプロスの映画だった。当初ホビットのように見えた老夫婦は、それ以上に、父親を探して旅をする『霧の中の風景』の姉弟のようであり、ラストは『シテール島への船出』を彷彿とさせる。アンゲロプロスは、民族の歴史と個人の人生を共に描くことに成功した映画作家だったが、同様に、イシグロも本作において叙事詩と抒情詩の融合に成功した。一貫して描き続けてきたテーマをさらに深化させ、同時に全く新しい物語世界を構築した、カズオ・イシグロの見事な傑作。予想とまったく違う形で期待に応えてくれたのが、何よりも嬉しい。
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ネタバレっていうよりも、場所違いな感想のためネタバレにチェックを入れました。
ランキングから外れてから感想を書いたのもそのためです。
この小説自体の途中までの感想としては、もう少し時間がたち、訳者自身の言葉が落ち着き、文章へ根を張るようにいくつか修正されるのを待ってから購入するのも手だと感じました。
もちろん、そんなこと気にしなくても面白いのですが、私の読み手の実力として、この本を読み解けるほど成熟してないんだなと感じるから・・というか新刊を手に取るってこういうこことなんだなと、ほどよい手ごたえを残してくれる物語だった。いや、読み途中なんだけれどね。
ここから場違いな、ほんっとただの妄想な感想です。
読んでいてずっと感じていたことは、
ライトノベル「人類は衰退しました」の始まりと終わり。
それが自分の意識にずっとちらついていた。
私自身、二次創作で2作ほどpixivで投稿しているのだが、最近の一般紙小説の受賞作品は(文芸春秋のやつを見ているだけだけど)、pixivの二次小説,
その実験っぷりの影響が透けて見えいる気がしている。
この作品からもその印象を受けた。
だからなんだと議論する気は全くない。
ただ私が言いたいことはこの本を読んだ方は、
「人類は衰退しました」
読むと面白いかもしれないってこと。
著者でもなんでもないファンがこんなこと書いてもアレなんだけれどね。あくまで、個人の感想としてなら許されるかな・・っと。
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『日の名残り』を映画で観たときに知ったカズオ・イシグロ。本作は小説の初読。
村で除け者にされている老夫妻が、記憶もおぼろながら、息子を訪ねて旅に出る道中記。
アーサー王伝説が下敷きになっているらしい。
2015年8月、時間がないので挫折。
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この作者さんはこういう構成が好きなのかしら。
少しずつ霧が晴れて周りが見えてくる感じ。
最後の解釈をどうしたらいいのか誰かと話したいところ。、
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素直にさみしい、と思った。
もし私が誰かと生涯を、人生を分かち合えたとして、
老いて私が人生を終えたときに。
そのことで必要以上に悲しまずに、
また素晴らしいなにかを見つけて、誰かと出会って、
新しい幸せを見つけてほしい。
とは思うものの。
それが理想的だとは分かるものの。
でもさみしい。
それはさみしい。
さみしいけど、いつまでも縛り続けるのは愛でも優しさでもないから。
だからせめて、
いつか、別れの日が来ても、
それまで幸せだった、
あたたかい時間を分け合えた、
楽しみを喜びをあなたの中にある輝きを十分引き出せた、
と思えるような関係を作りたい。
思い出すだけで幸せな気分を思い出せるような、あたたかい存在になりたい。
と、忘れられた巨人を読んで思いました。
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と、読んだ当初(半年前?)は思っていたけど、しばらく経って印象は変わる。読み返していないのに、不思議。
夫婦って素敵と思う。マイプリンセス、だなんて。そんなふうに、思いやって、思いあって生きるのって、素敵。
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★2015年7月4日読了『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ著 評価B-B+
長崎県出身で5歳から英国に滞在する日本人作家の作品。海外では大変評価が高いらしく、長崎出身と聞いて興味を持ったので、読んでみました。ノーベル賞を村上春樹よりも先にとるのではないかとの噂もあるらしい?!
様々な作風の著作があるようですが、今回は英国のアーサー王没後の時代の物語で、ファンタジー系。
翻訳のために、その作風は本当に日本語訳の通りかどうかは原作に目を通さないと何とも申し上げられませんが、うーん 評価は難しいところ。
ファンタジーとしての物語の出来は、上橋菜穂子さんの方がずっと上のような気もするし、雰囲気、書き込みの表現はイシグロ氏の方が数段上の感じ。おそらく、イシグロ氏はネイティブの英国人と同等の感性で、書いておられるので、日本人の私には理解出来ない世界、背景がやはりあると考えざるを得ません。そう、作品全体にイメージで言えば、英国の荒涼とした原野とどんよりした雲と氷雨という雰囲気が重く感じられると申し上げればお分かりいただけるでしょうか?
ブリトン人の老夫婦のアクセルとベアトリスは、村ではつまはじきにされて苦しい生活を送っていた。ある日、家を出て他の村に住む息子を訪ねようと夫婦は旅立つ。
その旅の途中で、若きサクソン人の戦士、ウィスタンと鬼に襲われて胸に傷を負い、村人から鬼に変わると怖れられ殺されそうになっている少年エドウィンと出会う。
国中を覆うクリエグという雌竜の吐く奇妙な霧によって、皆が昔の記憶を失う状況に、そのクリエグを追い求める旅になってしまう。その旅の道すがら、アーサー王の騎士で年老いた老騎士ガウェインに出会い、危ない目に遭いながらも、クリエグを遂に見つける。そして、、、
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さすが、イシグロ・カズオ。苦手なファンタジーっぽい
設定でも(ファンタジー小説ではないが悪鬼や雌竜、騎士などが出てくる)飽きさせることなく読み終えたよ。
ブリトン人であるアクセルとベアトリスの老夫婦が遠く離れて住む息子を訪ねていく道中の物語。
そこで出会うサクソン人の戦士ウィスタンに助けられた村の勇敢な少年エドウィン、のちにウィスタンと戦うことになるブリトン人のガウェイン爵。
そして重要なのは船頭。
果たして、ひとりづつ乗せて運ぶことになったけど、ちゃんと戻ってアクセルをベアトリスの元へ連れていってくれるのか…
物語は唐突に終わった感があるけど、あの終わり方がベストだと思う。
アクセル自身が多分、忘れられた巨人なのだろう。
(記憶は霧によってあいまいになっているが)
その霧は晴れることがあるのか、獰猛な生物、竜クリエグはウィスタンによって退治されたけど。
なぜ、息子は死んだのかも。
あいまいな部分は残るけど、その独特な文体がなんとも心地いい。
映画化されるみたいだけど、どんな映像になるのか楽しみ~
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忘却の幸せと罪。歪んだ平和に価値はあるのか?全てを知って憎しみあうが良いのか?最後の解釈どうしたものか…
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忘れずにいて、しかし赦しあうことは可能か。
忘却による安寧と、確執による復讐の連鎖と。
縦の論理と、横の倫理と。
仕事と、愛と。
偽の物語にすがることの愚鈍さと、真実を引き受けることの残酷さと。
誰もが引き裂かれている。矛盾を抱えている。
霧が晴れるにつれてさらに痛みは募る。
忘れることなく、
発狂することなく、
誇りを失うことなく、
人は矛盾に耐えていけるのだろうか。
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これはきっと何か大きな歴史や文化の暗喩の物語であるのだと思うのですが、それの意味するところをまったく理解できず、ひたすらに続く老夫婦のまだるっこしい会話やつまらない活劇がただただ退屈で仕方なかった。
訳者の責任もあるのかどうか?登場人物の吐く台詞がいちいち回りくどくて的を得ない。ベアトリス婆さんの台詞には憎しみを抱くほどだった(笑)。
っていうか、根本的な文化の違いなんだろうと思う。
読む人が読めばきっと良い作品なんだろう。。。
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カズオ・イシグロの作品は、シニカルさを感じるものが多いが、この物語では作家のメッセージが直球で届いた。
我々は、平和や愛を求めながら、憎しみや復讐を繰り返す。今も昔も変わらない。
真実と向き合い、時間がかかっても、問題を乗り越えられる時が来ますように。
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忘却の霧に支配された土地で、人々は過去が不確かなまま生活をする。
アクセルとベアトリスは仲のいい老夫婦だが、失くした記憶の向こう側に見える過去から、自分達には息子がいることを知る。そして息子の村へと二人は旅立つ。
二つの国の対立と、強引に解決した過去。
忘却の霧によって二つの国の国民は隣人への憎しみを忘れていたが、やがてその霧を払うために遣わされた男と、老夫婦が出会う。
面白かった。
忘れることで麗らかな関係を築いていたとしても、当然許しにはなっていない。
しかし、全てを思い出したあげくに発生するだろう対立の果てに何が待っているのかはわからない。
老夫婦は人生の終わりを見据えて全てを思い出す道を歩んだのだろうけど、若者にとっては悲惨な結果かもしれないと思う。
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数世代に及ぶ人類の歴史を一世代の夫婦の人生に収斂させた歴史物語なのだろうか。かつての民族間の激しい諍いも、現世を生きる者たちにとってその痛ましさは記憶にない。記録さえも時とともに霧にかすんでいく。邪悪な雌竜、現代ならば核兵器は、眠らされているものの、争いの抑止を担ってきた。その廃絶によってもたらされるものは、平和なのか、新たな諍いなのか。ないがしろにされる古き者ども。彼らは最期の十念を次代に遺すため、つとめて忘れ去ろうとしてきた忌まわしい過去、その巨大な犠牲を手繰り寄せる旅に出る。かな。
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イギリス。夫婦。騎士。竜。霧。記憶。ファンタジー。大切な思い出を忘れて、対立を忘れて、そんな生き方を変えたなら、のところで物語は終わる。夢のような話だった。
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これまで邦訳されたものは全て読んでいるカズオ・イシグロの最新作。作品ごとにテーマが異なるのは彼の作品の一つの特徴だが、今回はイギリス中世を舞台にした歴史ファンタジーという点に驚かされた。鬼や竜が登場し、アーサー王伝説を下敷きにした騎士が活躍するというこれまでの彼の作品世界からはかけ離れたものであったが、読み進めればいつもの彼の文学世界に浸ることができる。
彼が得意とする「信頼できない語り手」の文学技法は、登場人物数名の一人称で語られる本作でも健在であり、主人公の老夫婦の語り口を怪しみながら、どのような結末になるのかを期待するのは、彼らの作品の大きな楽しみ方であるように思う。
大傑作『私を離さないで』のような衝撃的な結末ではないが、序盤に張られた伏線が結末で解きほぐされ、じんわりとした暖かさを与えてくれる佳作。