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訳者あとがきで、小竹さんがルグウィンの書評を紹介して、詩のようなだと述べているのだけど、まさに。
写真花嫁として、会ったこともない夫のもとへアメリカに渡った"わたしたち"が、異国で疎外され、苦労し、戦争という嵐に巻き込まれるさまを細切れのたくさんのシーンで描きとる。
CMで色んな家族の写真をスライドショーにして流したりするのがあるけど、あれに似ている。
会ったこともない家族。見たことのない場所。車のある風景…うちには自家用車があったことなんてないのに。それでもあのムービーに感じる郷愁。
この小説にはぼんやりとした総体としての不安と疲弊とそれでも優しい風や笑い声がある。
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写真花嫁たちの渡米後から収容所連行までを書いたお話です。視点は定まらず話は常に「わたしたち」と「かれら」で進められます。
様々な立場や人間関係が飛び交い、一文一文に登場する日本人名に「この人の人生は...」と憂いを含んでいるように見えました。
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個人の努力や意志ではどうにもならない歴史のうねりや災害などというものがある。そこでの1人1人は、目の前の出来事をなんとかやり繰りしながら必死に生きるだけだ。「わたしたち」という人称代名詞を与えられて、彼女は彼女たちになり、彼女たちは彼女になり、彼女はわたしになる。
端正な訳が、「わたしたち」のささやきの輪郭をくっきりさせる。読んでよかった。
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送られてきた写真と身上書だけを頼りに見知らぬ男と結婚を決め、日本から海を渡って米国へ嫁いだ娘たち。
主語(主人公)をすべて「わたしたち」にして、三等船室からさわさわと娘たちの声が聞こえるようにして物語は始まる。
わたしたちは港に着き、迎えに来た夫は、写真よりずっと年寄りだったり醜男だったり、貿易商や銀行員ではなく貧乏人だったりすることを知る。そうして、日系移民としての苦労の多いわたしたちの人生が幕を開ける。
そっけないほど淡々とした語り口の「わたしたち」の言葉が重なり重なりしていくうちに、全米に散らばったわたしたちそれぞれが積み上げていった人生がゆるやかに繋がる。
リフレインのように連続する短い文章の奥に、実は深刻なドラマもあることもうかがえるが、そこはさらさらと通り過ぎる。そうしているうちに読むわたしも「わたしたち」の中に溶け込んでいく。わたしもまた、若くて無知で貧しかった「わたしたち」のひとりになって、海を渡り、子を育て、子を産まず、きまじめに仕事をし、春をひさぎ、夫を愛し、夫を憎み、夫を裏切り、友を作り、愛人を作り、年をとり、人生を作っていく。
同じ船でやってきて、それぞれの場所でそれぞれの人生を紡いだ「わたしたち」は、だが、戦争によって日系人収容所という同じ場所に追い立てられ、石を積むように作りあげた暮らしを、突然手放さざるを得なくなる。
この本の魅力を伝えるのはとても難しいので、つい言葉が長くなる。少しでも気になった方は、ぜひ読んでほしい。160頁ほどで、すらすらと読める本なのに、深い深い余韻を残す。いつまでも「わたしたち」の声が耳に残る。
この本は、岩本正恵さんが翻訳が未完のまま世を去られたので、小竹由美子さんが後を引き継いで完成させたものだという。訳者もまた「わたしたち」だ。
本編を読了後、小竹さんによるあとがきを読み、一生懸命こらえていたものがわっとあふれ出た。電車で読んでいたので、上を見て涙をこらえねばならなかった。
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アメリカ。写真花嫁。中篇小説。『波』2016.4にて。「20世紀初頭、写真だけを頼りに、アメリカに嫁いでいった日本の女たち。(カバーより)」”わたしたち”として語られる中に浮かぶ一人ひとりの”わたし”。大きな絵画を遠くからずっと見てるみたいな気持ちになる。訳者の岩本正恵さんは亡くなられたのか…。
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「わたしたち」という独特の主語と、淡々とした語り。
そのなかから、「写真花嫁」という形で渡米した女性たちの、つらい運命と、不屈の心と、ほのかな希望と……それやこれやがうかびあがってくる。
そもそも、写真だけの「お見合い」に応じて海を渡るなんて、それなりの冒険心がなければできなかったことだろうなと思うし、それだけに行ってみた先での「これじゃなかった」という失意も一通りではなかっただろう。なかには、そのまま亡くなってしまった人もいる。でもなかには、それでもどうにか堪え忍んで生活を軌道にのせ、子どもを産んで、そこに希望をたくし、そうしたら子どもたちは英語を話すアメリカ人となって、また自分からは離れていくというさびしさを味わった人たちもいる。
そうこうしているうちに、第二次大戦が始まって、日系人排斥。血のにじむような思いで積み上げてきたものはみんなうばわれてしまう。少し明るさの兆していたなかに、きゅうに暗雲がたちこめて、だれもが疑心暗鬼になり、うわさが現実になっていくありさま。それを初めて「歴史」としてではなく、身近で起こったできごとのような感覚で味わった。
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写真だけの「お見合い」で、米国に嫁いだ日本人花嫁たち。
希望と打算を抱いた花嫁達の、絶望や希望の思いが、ふりつもる淡雪ように「わたしたち」によって語られる。
そんな風に結婚した人々がいたなんて知らなかった。
お見合い写真が20年前のものだった、経歴は嘘だったなど、詐欺にあったように渡米し、されど気軽に逃げ帰ることもできないアメリカ。
しかしアメリカで幸せな人生を手に入れた幸運な人もいた。
読むごとにたくさんの人生が押し寄せてきてつぶされそうになった。懸命に生きて、行き着く先が収容所とは。
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書評にあったので、読んでみました。
文章はきれいで、「わたしたち」という一人称単数の書き方はおもしろいと思いました。
内容は、「写真花嫁」といって日本から写真だけを頼りに結婚してアメリカに渡った日本女性の生活を綴ったものですが、悲惨な内容もすばらしい文章で、美しく描かれています。
坦々とした描写にもかかわらず、人々の悲しみ苦しさが伝わってくるのは、さすがといった感じですが、逆に文章が美しすぎて、心に訴えてくるものがなかったようにも思いました。
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20世紀初頭、日本人移民の妻となるため、写真だけを頼りに異国へ嫁いでいった「写真花嫁」たちを描いた小説。
小説といっても特定の主人公はおらず、「わたしたち」を主語にした語りが続く。
「船のわたしたちのなかには、京都から来た者もいて、繊細で色白で、生まれてからずっと家の奥の薄暗い部屋で過ごしていた。奈良から来た者もいて、日に三度、ご先祖様に祈り、今もお寺の鐘が聞こえると言った。山口の農家の娘もいて…」
といった感じ。
写真とは似ても似つかない夫とか、慣れない土地での生活とか、差別とか、そういうものの中で、それぞれがそれぞれに、不幸だったり、幸せだったり…個々の「わたしたち」が重なり合って、全体として一つ大きな絵を描く、そういう語りになっている。
太平洋戦争が始まって、日本人・日系人たちが町から消えるところまでで物語はおしまい。
昨今の日本では「移民受け入れの是非」が議論になることが多いけど、かつては日本人が海を渡る側だった。この物語はそういう日本人を描いた作品だけど、そこに留まらない普遍性を有した物語でもある。
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昔、写真でしか見たこともない男性に嫁ぐためにアメリカに渡った女性たちがいたこと、今では考えられません。とても切ない気持ちになりました。
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写真のみを頼りにアメリカへ渡っていった女性たち。
まったく写真とは異なる伴侶、つらく苦しい労働、差別、戦時下での強制連行。
ひとりひとりの日系女性、「わたし」の声は集約され、抽出され、「わたしたち」の声となる。
読者は彼女らの声に耳をすます。
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ちょうど1世紀ほど前、写真と手紙だけを頼りにアメリカやハワイへ渡った写真花嫁たちのお話。
情報網が発達した今、これほど思い切った行動を取るのは不可能に違いない。
期待と不安を抱えて乗った船の行き着く先に待っていたのは、写真とはまるで違う夫、手紙とはまるで違う環境…。
帰ることもできず、コツコツと作り上げた生活が落ち着いてきた頃に起きる戦争…
横浜の移民博物館(だっけ?)を訪れた時の印象とはだいぶ違う。
この作品のすごいところは、語りが"一人称複数"で進められているところ。斬新。
一人の女性を追うのではなく、たくさんの女性たちのそれぞれ違った状況を同時進行させることによって、写真花嫁たちの生活を一般化せずに全体像を描き出している。
読んでいる私を"わたしたち"がぐるりと取り囲み、一斉に話しかけてきているような不思議な感覚。
本を読んでいるのに演劇を見ているみたい。
スーラの点描画を端から端まで細かく見ているよう。
そんな感覚になる本。
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最初、たくさん声が聞こえすぎて読みにくかったけれど、作りが分かると俄然さくっと読めた。たくさんの声は多重音のように、日本から来た写真花嫁たち一人一人は小さいけれど、読んでいるこちらには彼女たちの声が強く記憶されるように思った。
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ピクチャー・ブライドとしてアメリカへ渡った幾人もの女性たちについて「私たち」という人称で綴る物語。写真1枚を信じてアメリカに来てみれば、似ても似つかないうえ横暴な男がいて、帰るに帰れず過酷な労働に勤しみ、やっと落ち着いたかと思えばアメリカと日本の戦争のためにすべてを失い収容所へ。タイトルは、そんな「私たち」の一人が屋根裏に置いていった仏像を指している。
最初は「私たち」という人称使いに慣れなかったけど、その趣向がわかるとがぜん読みやすくなった。幾人もの女性たちの人生が垣間見えてきた。ピクチャー・ブライドというといかにも苦労した心美しき人々のように描かれがちだけど、奔放なあまり故郷にいられなくて異国に渡った人もいたようで、それはそうだろうなとそのぶん真実味が増した。著者はそのあたりの文献もずいぶん参考にしながら書いたらしい。一方で、この解釈は日本人的な感覚とはちょっと違うなと思うような部分もあった。
最後の最後で語りの人称が変わる。うまく表現できないんだけど、それがまた印象的だった。
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写真を頼りに、海を渡った日本女性たち。夢と期待を持っていたが、現実は写真と違う夫、過酷な労働、そして差別。
何とか生き延びた者たちは、戦争の前に暗い影を落とす。
一人の人物にスポットを当てず、終止「わたしたち」と複数の人物を主役に見立てている。ステージに立つ何人もの女優たちが、こちらに向かい語りかけているような錯覚を覚えた。
「わたしたち」が去った後、「彼ら」(アメリカ人たち)が「わたしたち」に成り代わり展開していくさまも興味深かった。
なお、この作品は2014年に急逝された岩本正恵さんが、最後に手掛けていた翻訳作品であることを付記しておく。