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須賀敦子の担当編集者だった著者が、須賀が生前に出版した五冊のエッセイ、『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』『ユルスナールの靴』と、書かれるはずだった最初の小説作品「アルザスの曲がりくねった道」の創作ノートを須賀の年表と比較しながら精読することで、須賀敦子にとって〈書く〉行為はどんな意味を持っていたのかに迫っていく。
松山巖『須賀敦子の方へ』(20/5/9読了)への不満を解消するために本書を手に取ったが、結論から言うと松山の本も読んでいてよかった。というのは、本書でも最終的には須賀の信仰生活にスポットが当てられるのだが、それが育まれた聖心女子学院時代の話はこちらで取り上げられていないからだ。
須賀はカトリック左派の思想に惹かれ、力強い行動力でコルシア書店の活動に参加し、夫ペッピーノとの五年間と別れの深い悲しみを味わい、さらに約十五年の時を経て書いたものを発表しはじめた。そのとき須賀が採ったのは関わった人びとの思想や活動のあり方を書くのではなく、エピソードとゴシップを重ねてその人となりを伝えるという書き方だった。それは須賀が訳したナタリア・ギンズブルグの自伝的な小説から学んだ方法だった。
「須賀は、思い出すままに過去の経験を語ることが、それが事実かどうかという点からすればあやういものであることをはっきり自覚したはずである。記憶装置がもつ虚構性である。」という一節は、私が須賀作品を読んで誠実さを感じる理由にとても近い。須賀さんは思い出すということがすでに物語化のはじまりだということに自覚的で、その〈物語化する自分〉を受け入れながら書いているとわかる点が誠実だと思うのだ。
「過去に出会った人たちを、現在の意識の中で多角的に見る。記憶によるかに見えて、ほとんどつくりあげている。それによって、回想的なエッセイは、限りなく一個の『作品世界』に近づく。もっと大胆にいってしまえば、エッセイという枠のなかにみごとな『小説』が孕まれているのだ。」も同様だ。須賀さんのエッセイは限りなく小説の読み心地に近い。しかしそれは自伝であるわけでも私小説的であるわけでもなく、「私」という濾過装置を通った人びとの物語だ。実人生を見れば常に行動の人だったはずの須賀さんは、文章のなかでは見る人に徹している。いつか〈私の物語〉と正面から向き合うために、記憶のなかの人びとを語っていたのかもしれない。
信仰生活や自身の社会活動について書くのを躊躇ったのは、日本という国の空気もあるのかと思う。教養があり、ヨーロッパに渡ってその土地の人と結婚して、思想的な活動に関わったということが〈特別な人の特別な話〉として受け入れられてしまうと思ったのではないか。須賀さんの名声を考えれば宗教色を出しても好意的に受け取られたかもしれないけど、ひとりの人間の物語と思ってもらうのは難しかったかもしれない。けれど、「アルザスの曲がりくねった道」という小説を通して、須賀さんが〈私〉を、そしてキリスト教を書こうとしていたと知ることができてよかった。