紙の本
さらなる未知の言葉を
2017/05/18 20:59
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投稿者:844 - この投稿者のレビュー一覧を見る
2016年に東京国立近代美術館で「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」を見た。おびただしい数のノート、原稿、カセットテープ。本書は展覧会前に刊行されたので読んでみた。神保町の古本屋街で詩集を漁っていたころのことを思い出す。文章からして謙虚な語り口の文体。年譜も充実している。突然出くわす「古代天文台」を口に出して読むこと。「空に魔子と書く/空に魔子一千行を書く/魔子の、緑の、魔子の、緑の、魔子の、緑の、」。本書によってこの偉大な詩人の生の語りに耳をすますことになるであろう。さらなる未知の言葉を今後も繰り出してもらいたい。
紙の本
このクニでの、世界での「詩人」とは
2016/04/21 02:28
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投稿者:倉田 昌紀 - この投稿者のレビュー一覧を見る
著作のファンの一人の読者として、著者の原質、深層の一部を例えば幼児体験の記憶などを話し言葉で語って頂き、書き言葉・写真・映像など様々な表現の仕方への道筋やその背景にあるものを知るにはとてもいい一冊だと思う。
著者が時代の不可避の限界の中で、生活様式を選ぶ、このクニや外での姿勢、社会や政治、国家やミクロの権力、天皇制や民俗学などの文化との関わり方や愛読書など、生きるために金銭をえる方法の選択と共に、人間関係の取りかたの歴史が人柄と共にその好みが見えてくるようで、このようにして人の一生は生きて行かれるのだなあと楽しくも感慨深い本である。
著者が77歳まで生きて来られ、詩人としての天賦のその身体が持つ天才ぶりがさらに全的に発揮されて、著者がさらに深く著者に出会われんことを願わずにはいられない。その隠されている才能の発揮のためにも、どのような手段を使ってでも生活の糧が得られますように・・・。
蛇足ながら、できれば著者の好きなニーチェの、『道徳の系譜学』にある、「正直なほんと」、「正直な嘘」、「不正直なほんと」、「不正直な嘘」についてのお話も聞きたかった。著者の「いい気な嘘人間ぶり」、「虚偽意識」、「自己欺瞞ぶり」(笑)への自己意識を、五感から率直に正直に語ってもらいたかった。しかしこれは失礼ないい気な読者のお願いで、この一冊の本が暗にそのことを、読む者一人ひとりの視力に対して、相応しい読み方ができるように証明してくれているのかもしれない、と思わせてくれている一冊であると考えさせてもくれる。感謝したい有り難い本でした。
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【献本+招待券プレゼント】"GOZO"読んで美術館へ行こう!2016年6月7日-8月7日東京国立近代美術館『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』豪華献本+招待券15名様プレゼント!【2016年5月30日まで】
http://info.booklog.jp/?eid=904
吉本隆明はかつて言いました。
「現在、日本に詩人と呼べる存在は3人しかいない。田村隆一、谷川俊太郎、そして吉増剛造だ!」。
現代日本を代表する先鋭的な詩人として、国際的に高い評価を受けている吉増剛造。詩の朗読パフォーマンスの先駆者として海外で「KAMIKAZE GOZO」とセンセーションを巻き起こした若き日から、パノラマカメラや多重露光を多用した写真表現、オブジェ作品、映像作品の制作に至るまで、他ジャンルと積極的に横断した多彩な創作活動を展開しています。
詩人としては稀有なことですが、本年6月からは東京の国立近代美術館で、その芸術活動を俯瞰する大規模な「吉増剛造展」が開催される予定です。
戦時下に多感な幼年期を過ごした「非常時の子供」が、その傷を抱いたまま詩人となるまで。郷里の多摩川の冷たい水の底の記憶。進駐軍の「オンリーさん」と、米国人牧師の「聖書」の言葉の響き。戦後の混乱期の渋谷でのキャバレーバーテン生活と関西への放浪。詩壇へのデビュー。アメリカ、ブラジルなど海外体験。南島、北方など「辺境」への偏愛。ジョナス・メカス、ジャン=リュック・ナンシー、中上健次など内外の芸術家、哲学者、小説家たちとの交流。
本書は、一貫して「市井の人」として筆一本で歩んできた一人の詩人が、自ら内面の軌跡を縦横無尽に語り尽くした驚きの「詩的自伝」です。
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大学で教わっている先生いわく、マラルメ以来の狂人という吉増剛造の語り下ろし自伝。戦中の体験、非常時の思考から現在の破格の活動の謎に至るまで語り尽くす。しかし、語っていることを読んでも理解し尽くせないというのがまた計り知れないんだよなぁ。
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借りたもの。
詩人・吉増剛造氏が語る、自身の半生と、生まれた詩作が織り成す本。
大戦が始まり、敗戦と戦後復興の空気を生々しく語っている。時代の暗い雰囲気が自身の創作(変人気質の性格?生きづらさの正体?)の根幹にあることを強調する。
それを払拭するかのように?欧米の文化――聖書体験と洗礼が節目として語られ、そこから得たインスピレーションが、暗い雰囲気に紅一点のような、花を添えたのかも知れない。
ナルシズムと思える、自身の根暗な部分?を気取って語り、酒と女と声へのフェティシズムを惜しげも無く詩と言葉で語る。(アーティストとは皆そういう者なのかもしれない……)
インターネットの網・その弱い繋がりの無い時代、精力的に人と関わる詩人や周りの人々の活力に圧倒された。今を生きている私には未だ得られていない感覚だった。
詩というもの――
言葉から得られる音・響きと表記の形状が織り成す象徴的・抽象的な世界は、詩人の個人的な体験と、それに触れた人々が想起する、集合的無意識のようなものかもしれない。
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すごくおちゃめな人。根底に流れているのが人間肯定の気持ちだから、この人の詩は心に明るく残りつづけるのだと思う。
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実に「軽い」と思う。この言葉は時に「尻軽」「軽薄」といったイメージを呼び起こしやすいが、吉増剛造の佇まいはぼくの印象ではそういったネガティブな意味を帯びない。「軽々」としたフットワークでジャンル(詩や文学といった芸術的障壁、あるいは国境)を飛び越えてしまう「軽さ」を備えていると思ったのだ。ゆえに彼の詩も、しかめっ面をして小難しく読むよりもぼく自身が動きながら読むべきではないかとも思う。「自伝」というには系統立てて語られたものではなく、せっかちに話題はあっちこっちに動く。これを「うねり」と読むかはあなた次第