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「七緒のために」「水の花火」の2編。
水の花火はデビュー間もない高校生の時に書いたものらしい。すごい。
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心情描写とか、情景描写はさすがだなと思いつつ、でもずっと惹きつけられるほどには入り込めなかった。学生時代の女子同士の友情のねばっこさ?とか、そうとは意識しない閉塞感とか、そういうのは上手いなと思う。
同じく危うい少女同士の濃密さっていうとどうしても桜庭さんの『砂糖菓子〜』を思い出してしまうしあちらが好きだけど、こちらのほうが、リアルでかっこわるい。その分自分たちに近いようにも、思う。七緒みたいな友達もいなかったし、家庭に問題もなかったし、呑気に暮らしていた。だけど、そんなわたしでも確かに傷ついたり傷つけたりしていた。たぶんそれは繊細だったわけではなくて、いまよりお互いに残酷で、世界はドームみたいに狭いからその残酷さに傷つけられる頻度が高かったんだ。
大人になって楽に生きられるようにはなったけど、あれくらいの密度で誰かを思うこともあってもいいな、いややっぱりしんどいかな。
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女子中学生の友情について悩む話。
学校は狭い世界だから
どこかに属していないと不安になるのはわかる。
もっと周りを気にせず生きていければいいんだろうけど
なかなか難しいよね。
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転校した中学で、クラスメイトとは距離をおく多感な少女・七緒と出会った雪子。両親の離婚危機に不安を抱える雪子は、奔放な七緒の言動に振りまわされつつ、そこに居場所を見つけていた。恋よりも特別で濃密な友情が、人生のすべてを染めていた「あの頃」を描く、清冽な救いの物語。他「水の花火」収録。
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あぁ、こんな頃があったな…と。
思春期の女の子同士の友情はとても危うい。“私たち親友だよね”って確認しあって、息が詰まるほど一緒に過ごして。一緒に笑って、泣いて、確かに救われる気持ちもあって大好きなのに、残酷に傷つけあって離れては戻って。お互いに自分の存在そのものを肯定して欲しくて、支えあうどころか寄りかかりあって苦しくて、初めての彼氏みたいな存在が、思春期の親友なのかな。
仕舞い込んだ懐かしい痛みが疼くよ。ズキズキ、ジクジク。
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七緒のことも雪子のことも吐きそうになるくらいよく分かるんだけど、思ったほど苦しくなかった。もう少しリアル感があればよかったのかな。
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この感じ読んだことある、なにに似てるんだろうっておもったら桜庭一樹か。
こういう、女の子同士の唯一無二な関係って憧れる。わたしにはいなかったなあとおもって振り返ってみたら、わたしはいつも三人で行動するパターンが多かった。いつも二人でいる子たちを見ていて、息苦しくないのかなとおもっていたことを覚えている。責任を逃れていたのだなあとおもう。一番同士になっていたら、わたしはたぶん相手に恋人のような気持ちを持って、他の子と仲良くされたら嫉妬とか、めちゃくちゃしていただろうなとおもう。そういうことにならなくて良かったという安堵と、こういうの羨ましいなっておもってしまう気持ちと。大人になった今ですら、こんな女友達がいたらいいのにとおもう。女友達を救おうともがいたり、救われたいと望んだりしてみたかった。
水の花火が好きすぎて、、読み終えて泣いた。いなくなってもなおこんなにも大切におもう女友達ってすごく良い。でも切ない。そして草野くんとの関係性すごい萌えるんですが。。
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この頃にここまで辛くなるほどの体験も自我もなくて、共感できたならまだ良かっただろうにただただ重さを引きずってしまった。
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正直に言って「七緒のために」は星4つで、傑作ですが、
後半の「水の花火」はいかにも習作であって
前のがあるから読めるという体なので
本全体としてはやはり星3つにせざるを得ない。
最高でも星4つなのは
丁寧すぎて繊細すぎるというあたりで
手癖と言うほど雑なものではないけれど
時折これ見よがしなところがある点。
それをのぞけばかなりの濃度でこの時代を描ききっている。
特殊な物語とはまったく思わない。
誠実でないものを用いて誠実であろうとする態度は
小説家としては当たり前の営みで究極の目的であろう。
偉大な嘘つきであることを吹聴するのは
川上弘美で最後になってしまったと思う。
だから島本はこの話をビルドゥングスロマンとしては描かなかった。
思春期の主人公を出しておきながら。
他にもスクールカウンセラーの来栖の関わり方は
本来ならミステリにおける探偵にもなり得たものを打ち捨てた形になっている。
こんな読み方は、叙情性も高く
えぐりに来るようなセリフも多いこの作品の楽しみ方ではないかもしれない。
しかし、誠実さのために闘われた
この作品に敬意を表することを、僕は優先させよう。
作品の面白さは読めばわかるし、読まずにわかるものなら読まなくていい。
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第159回直木賞を受賞した島本理生氏の「七緒のために(2010)」と「水の花火(2001)」を収録。いずれの作品も思春期の女の子の友情を描いた作品ですが、どちらも読んでいて痛いです。登場する女の子たちの感受性が強すぎるんですね。胃がキリキリする。読後も痛みの残る「七緒のために」とラストに救いを感じる「水の花火」を比べた時、後者の方が瑞々しく感じるのは作者が作品の登場人物と同じ高校生だった時の作品だからかな。甘い百合作品に疲れた人たちへ、かなりビターな百合作品はいかがでしょうか。
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青春、といっても、甘酸っぱいフレッシュな感じでなくて、思春期特有の「傷付く」感じを島本さんの豊かな感性で描かれている作品。
確かに自分にも流れていた時間だと思うのに、もうすっかり忘れてしまって共感まではできなかった。
でも、寄り添いきれないこと、は誰にでもあることで、そのことで自分を責める必要はないんだという、この話の伝えようとしてくれている言葉には、誰しもとても癒されるんじゃないかと思う。
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中学生時代に戻ったような感覚になった。
自分の中の葛藤やら、友達関係やらでモヤモヤしたり、怯えたり、浮足立ったり、とにかくいろんな感情を味わったなぁ。
寄り添うほどに互いを救えない。この時期の女の子にはとても難しいことだと感じつつ、今の自分でも無理かもと思った。
あんまり成長してないわ。。
何がどうなって、という感じではないけど、何となく心にズンとくる1冊。
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女友達は綿飴みたいという文にハッとさせられた。その通りだ。関わるたびに神経をすり減らし、好きでも全部は知ることはできない、向こうが恋愛してるとどこか置いてきぼりになったら気分になる。悩んでたのは私だけじゃなかったんだなあ。気持ちを代弁してくれる一冊。
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思春期の女の子同士の関係わかる部分もあった。
ただ、自分の読解力の無さもあると思うんだけど
なんで主人公の女の子は伊達メガネをかけていたのかそこが分からなかった、、、、、
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読み終わってもいま一つ掴み切る事が出来なかった。
ただ、思春期女子の独特な距離感をぼんやりと思い出しながら読了。
表題作ではない方の「水の花火」が好きだったな。