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みんなのレビュー32件

みんなの評価4.5

評価内訳

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32 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

スケールの大きな人類史

2016/11/07 15:18

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Takeshita - この投稿者のレビュー一覧を見る

さすが世界中でベストセラーになっている本だけあって面白い。人類は虚構を想像=創造し、それを集団で信じ行動してきたことに進歩の鍵があると言う。話題は歴史、環境問題、女性、家畜への眼差しまで多岐にわたり、西欧中心主義に偏らない公平さがある。著者が尊敬するジャレット、ダイアモンドにも似ている。それにしつも30代の若さでこれだけの本を書いたと言うのは大したものだ。

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紙の本

常識に切り込む刺激的な一冊。

2016/10/31 23:05

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:わびすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る

以前読んだ「一万年の進化爆発」は刺激的だが言説が嘘臭かったが、同じような先史時代を扱った本書は過激だが、嘘臭さがない。データの扱い方や、論の持っていきかたなどの要因や、やはり世界的に評価されている本書の力を感じる。農耕による社会の変化が決して必然でも、人々の幸福を増すものでもなかったという言説はやはり刺激的。下巻ではどのような話になるのかとても楽しみ。

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2017/02/12 00:12

投稿元:ブクログ

思っていたことをより鮮明にズバッと言ってくれている本。
ただ家父長制度の普遍性と永続性についてはなぜだかわからないと明言している。
卑弥呼やアマテラスについてはご存知ないのかもしれない。

2016/12/30 17:12

投稿元:ブクログ

ホモ・サピエンス、つまりわれわれが生まれて、地球を支配する存在となるに至るまでの大きな歴史を著者の観点から分析・整理したものである。かなり壮大な試みでもあり、また面白い。

著者によると、人類史において、三つの重要な革命があったという。その三つというのは次の通り。

1. 七万年年前の認知革命
2. 一万二千年前の農業革命
3. 五百年前の科学革命

まずは「認知革命」について。これは人類を人類足らしめ、他の生物との基本的な違いをもたらした「革命」である。そのためには生物学的に大きな脳が必要なのだが、まずはなぜ大きな脳を持つようになったのか、というところから話は始まる。大きな脳はエネルギーを大量に消費するため、必ずしも生存や繁殖に有利とも言えないという事実がある。ヒトの脳が安静時に全消費エネルギーの25%を消費しているのに対して、ヒト以外の霊長類は全体の消費エネルギーの8%しか必要としないらしい。さらに出産においても頭の大きさは弊害になり、おかげで子供が未発達な段階で出産するという代償を払うことになった。その代償を支払った上でも二百万年の間、大きな脳は石器以外のものを残さなかったように見える。何が巨大な脳の成長を進化の過程の中でその代償を支払ってでも促したのかは明らかになっていない。

「私たちは、大きな脳、道具の使用、優れた学習能力、複雑な社会構造を、大きな強みだと思い込んでいる。これらのおかげで人類が地上最強の動物になったことは自明に思える。だが、人類はまる二百万年にわたってこれらすべての恩恵に浴しながらも、その間ずっと弱く、取るに足らない生き物でしかなかった」

生物は遺伝子の変異の自然選択によって進化するが、その進化の過程において、大きな脳の獲得にはある種の跳躍が必要であったということだ。著者は、それを可能にした理由を「言語」、つまり抽象的な事象「虚構」について語ることができるコミュニケーションの能力に見る。これが著者の言う人類に生じた「認知革命」である。

「激しい議論はなお尽きないが、最も有力な答えは、その議論を可能にしているものにほかならない。すなわち、ホモ・サピエンスが世界を征服できたのは、何よりも、その比類なき言語のおかげではないだろうか」

少し想像してみればわかる通り、実際に生物の集団において「虚構」を流通させることは思いの他難しく、人類以外の生物で言語に近いものを使うことができるものがいたとしても、「虚構」を語ることができる種がいるとは思えない。

「効力を持つような物語を語るのは楽ではない。難しいのは、物語を語ること自体ではなく、あらゆる人を納得させ、誰からも信じてもらうことだ。歴史の大半は、どうやって膨大な数の人を納得させ、神、あるいは国民、あるいは有限責任会社にまつわる特定の物語を彼らに信じてもらうかという問題を軸に展開してきた」

多くの集団を結びつける「神話」を成立させる能力が私たちを万物の支配者に仕立てたのだ。当然、この「神話」には、宗教だけでなく、貨幣や国家、共産主義、資本主義なども含まれる。それがなければ、膨大��数をひとつに統合して力とすることは適わない。

次に語られる革命が「農業革命」だ。この革命により人類は自らを維持するための食料エネルギーの観点で大幅にその数を増やすことが可能になった。

元々人類は、狩猟採集を行う種であり、そのように進化圧に対応してきた。それは人類が寒冷地であるシベリアにまで拡がっていったことからもわかる。マンモスやトナカイなどの大型の動物が北方には生息していたから、それらの動物を追ってサピエンスが北へその生息域を広げていったことは合理的だといえる。

「私たちの祖先が狩猟採集した何千もの種のうち、農耕や牧畜の候補として適したものはほんのわずかしかなかった。それらは特定の地域に生息しており、そこが農業革命の舞台となったのだ」ー いくつかの偶然もあり、複数の場所で農耕は始まった。具体的にどのような場所であったかは、ジャレット・ダイアモンドの名著『銃・病原菌・鉄』にも似たような論理が展開される。なぜ特定の場所で文明が栄えたのかの理由にもなっている。

著者は、農業革命はわれわれに幸福をもたらしたとは言わない。逆に個々人を見れば、生物的特性とのアンマッチなどから来る多くの不幸をもたらした。では、なぜ農業が広まったのかというと、それが人類の数を増やすこと、すなわちDNAのより多くの複製に役に立ったからだ。「小麦を栽培すれば、単位面積当たりの土地からはるかに多くの食物が得られ、そのおかげでホモ・サピエンスは指数関数的に数を増やせたのだ」ー つまり「以前より劣悪な条件下であってもより多くの人を生かしておく能力こそが農業革命の神髄」ということだ 。人類は幸福の最大化ではなく、これまでのすべての生物と同様、DNA複製の最大化によって、その生活様式含めて淘汰されてきたのだ。DNAの観点からは家畜化された牛・豚・羊・鶏は成功と言える。この例からも、種の繁栄とそこに含まれる個体の成功とは合致せず、常にDNAが優先されることがわかる。家畜が幸せでないであろうとの同じ意味で必ずしも農業革命に励む個人にとっては幸せなことではなかった。著者は皮肉を込めて「私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化したのだ」と書く。

農耕は、当然ながら人類に定住を促した。それは狩猟民族として進化してきた人類に大きな影響を与えることになった。農耕の始まりによって、未来に対する不安が始まった。未来に対して何らかの手が打てたために未来を心配するようになったのだ。結果として、農耕は人類にとってストレスとなった。人類がその長い過程で数十人からなる集団で過ごす中で進化してきたため、農業革命とそれに続いた都市や王国が登場する大規模な協力体制に進化的に適応するには期間が短かった。

一方で、進化・進展に遺伝子の進化を利用することがなくなったことが発展の速度をこれまでにないものとした。それを可能とした「協力のネットワーク」は、「想像上の秩序」であった。その成立のために「神話」を必要とした。人類の生物学的限界を超えた発展は、「認知革命」により手に入れた「共同主観的秩序」によって成立したのである。

「人類は、大規模な協力ネットワークを維持するのに必要な生物学的本能を欠いているのに、自らをどう組織してそのようなネットワークを形成したのか、だ。手短に答えれば、人類は想像上の秩序を生み出し、書記体形を考案することによって、となる。これら二つの発明が、私たちが生物学的に受け継いだものに空いていた穴を埋めたのだ」

著者は、人類が地球上に拡がるために大きな役割を果たした「共同主観的秩序」の例として三つの事例を挙げる。それは、経済面での「貨幣」、政治面での「帝国」、倫理面での「普遍的宗教」だ。人類はこの三つの秩序を発明し、利用し、組み合わせて、地球上でそのフットプリントを拡げることに成功した。

「貨幣」はいつでもだれもがほしがるが、それは想像の中でしか価値を持っていない。それは、もっとも普遍的で強固な相互信頼の制度である。普遍的転換性と普遍的信頼性という二つの原理に基づいている。「宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求める」のである。

「帝国」は、文化的なグローバル化を求める。著者は帝国の条件として、「文化的アイデンティティと独自の領土を持った、いくつもの民族を支配している」ことと「変更可能な境界と潜在的に無尽の欲を特徴とする」ことを挙げる。帝国は人類の多様性が激減した大きな要因だった。その定義において、現在の資本主義のグローバル化は、あらたな「帝国」の出現にほかならない。

「宗教」は、超人間的な秩序の存在を主張する。宗教は信念であり、そのため、どこにいてもいつでも正しくなくてはならず、すべての人に広めなければならない。そのために、普遍的であり、かつ宣教を求めるものなのだ。人類が、狭い範囲に生活がとどまっていれば普遍宗教は必要なかった。著者は、自由主義、共産主義、資本主義、国民主義、ナチズム、これらはすべて宗教と呼んでもさしつかえない。宗教は対立の象徴として挙げられるが、その前に人類を統一するための重要な要素のひとつだったのだ。

その後に来た、今のところは最後の革命が「科学革命」だ。科学は「無知の発見」から始まった。それまでは、正しさは常にどこかに存在していた。それを知っているとされている人や「神」に尋ねるだけでよかった。人類には知らないことがあるが、それは探究することで知ることができ、それを知ることにより多くのことを手に入れることができる。だから、探究しよう、という精神性が現れたのが科学革命の鍵であった。農耕でも、世界宗教でも、帝国でも、それまで世界の中心地となったことがなかった西ヨーロッパが近代において世界を席巻することができたのは、近代科学と近代資本主義のおかげであった。拡大再生産は資本主義の原理だが、それまでの過去の歴史上はかならずしもそうではなかった。過去の世界では世界はもっと定常的なものであった。資本主義・消費主義の価値体系は根本的にこれまでの価値体系とは違う。以前の倫理体系はそうではなかった。

「科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合にのみ栄えることができる。... 科学と帝国と資本主義の間のフィードバック・ループは、過去500年にわたって歴史を動かす最大のエンジンだったと言ってよかろう」

そのことが幸せにつながっているのかはわからないと著者は言う。そして、幸せの概念もこれらの革命によって規定されていると主張する。

「ヨーロッパの帝国は、私たちの知っている今の世界を作り上げたのであり、そのなかには、私たちがそれらの諸帝国を評価するのに用いるイデオロギーも含まれているのだ」

最後に著者は、人類は歴史を通して「幸せ」になっただろうか、そして将来はどうなるだろうと問う。人類は狩猟採集生活に適合するように進化した。それにも関わらず、農業や工業へと移行することとなった。それは生物進化の過程からすると不自然なものだった。大きな影響として、家族と地域コミュニティが崩壊し、国家と市場が台頭した。そして、世界における多様性がなくなった。「過去二世紀の物質面における劇的な状況改善は、家族やコミュニティの崩壊によって相殺されてしまった可能性が浮上する」

「人類にとって過去数十年間は前代未聞の黄金期だったが、これが歴史の趨勢の抜本的転換を意味するのか、それとも一時的に流れが逆転して幸運に恵まれただけなのかを判断するのは時期尚早だ」

「幸せ」という概念も将来にはさらに大きく変わる可能性があることを著者は強く示唆する。将来の大きな変化の可能性として「非死」長寿や若さが手に入れられるようになり、貧富の差によってこれまで貧富の差に関係なく平等であった死と老が、貧富の差によって手に入れられるかどうかが決まるようになったとき、さらなる不満が噴き出すのではないか。それは、どちらの立場の人にとっても幸せではないだろう。「非死」が手に入ると、少しでも危険を避けようとするだろうし、死はさらに大きな喪失になるだろう。さらには、「幸せ」を生化学的な状態の操作にしてしまうという可能性だ。安全な幸福薬のようなものが技術的には得られる可能性は十分にあるだろう。そして、政治的な異議や倫理的な異議があったとしても、可能なものは実現するのがこの世界の趨勢でもある。


「これまでに分かっているところでは、純粋に科学的な視点から言えば、人生には全く何の意味もない。人類は、目的も持たずにやみくもに展開する進化の過程の所産だ。 … 人々が自分の人生に認める意義は、いかなるものもたんなる妄想にすぎない。中世の人々が人生に見出す人間至上主義や、国民主義的意義、資本主義的意義もまた妄想だ...」すべては妄想なのである。が、最後にこう言ってしまう必要はあるのだろうか。

「文明の構造と人類の幸福」という副題が付いた本書の最後の文章はこうだ。

「私たちが自分の欲望を操作できるようになる日は近いかもしれないので、ひょっとすると、私たちが直面している真の疑問は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。この疑問に思わず頭を抱えない人は、おそらくまだ、それに十分考えていないのだろう。」

遺伝子編集技術、ナノテクノロジー、人工知能、といった技術を持った人類に四つ目の「革命」はやってくるのだろうか。人類の認識を変えてしまうほどの「革命」が起きないとは限らないし、起きない方に賭けることも難しい。すでに、それまでの認識をがらりと変えてしまうような三つの革命を経た上で人類の現在があるのだから。世界はどうやら統一の方向に向かって進んでいるようだが、経済も、倫理も、政治も、どのように統一されるのか、想像することは可能だが、その想像自体が現在の中にとらわれた発想でしかないようにも思う。そして、どうやら変化は加速しているらしい。

あとがきに「自分が何を望んでいるのかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?」と書く。非常に射程の大きな本であった。長いが読む価値がある本。



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Courier Japan記事「人類の繁栄とは“虚構”の上にあるのです」 『サピエンス全史』著者ユヴァル・ノア・ハラリ大型インタビュー
http://courrier.jp/news/archives/63841/

『サピエンス全史(下) 文明の構造と人類の幸福』のレビレビュー ~ 『サピエンス全史と柄谷行人』
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309226728

2017/02/10 19:54

投稿元:ブクログ

(「BOOK」データベースより)
なぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらした!48カ国で刊行の世界的ベストセラー!

【目次】
歴史年表
第1部 認知革命
第1章 唯一生き延びた人類種
不面目な秘密/思考力の代償/調理をする動物/兄弟たちはどうなったか?
第2章 虚構が協力を可能にした
プジョー伝説/ゲノムを迂回する/歴史と生物学
第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
原初の豊かな社会/口を利く死者の霊/平和か戦争か?/沈黙の帳
第4章 史上最も危険な種
告発のとおり有罪/オオナマケモノの最期/ノアの方舟
第2部 農業革命
第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
贅沢の罠/聖なる介入/革命の犠牲者たち
第6章 神話による社会の拡大
未来に関する懸念/想像上の秩序/真の信奉者たち/脱出不能の監獄
第7章 書記体系の発明
「クシム」という署名/官僚制の驚異/数の言語
第8章 想像上のヒエラルキーと差別
悪循環/アメリカ大陸における清浄/男女間の格差/生物学的な性別と社会的・文化的性別/
男性のどこがそれほど優れているのか?/筋力/攻撃性/家父長制の遺伝子
第3部 人類の統一
第9章 統一へ向かう世界
歴史は統一に向かって進み続ける/グローバルなビジョン
第10章 最強の征服者、貨幣
物々交換の限界/貝殻とタバコ/貨幣はどのように機能するのか?/金の福音/貨幣の代償
第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
帝国とは何か?/悪の帝国?/これはお前たちのためなのだ/「彼ら」が「私たち」になるとき/
歴史の中の善人と悪人/新しいグローバル帝国
原 註
図版出典

2016/10/29 15:08

投稿元:ブクログ

2016年57冊目。

ホモ・サピエンスが食物連鎖の頂点に立ち、繁栄を続けられている要因は何か?
この本ではそれを、

・7万年前の「認知革命」
・1万2000年前の「農業革命」
・500年前の「科学革命」

の3つに起因させている。

認知革命により、ホモ・サピエンスは「虚構」を信じ、語ることができるようになった。
共通の神話を信じられるようになったホモ・サピエンスは、赤の他人とも協力体制を生み出すことが可能となり、その数の力で他の種を圧倒した。

狩猟採集の時代よりも生活が困難になっていると言われる農業(本書では農業革命を「史上最大の詐欺」としている)の力を信じることにより、余剰作物が生まれ、人口は増加した。

その後もホモ・サピエンスは、貨幣という虚構を信じ、異民族の劣性という虚構を信じ、人権という虚構を信じ、現在に至る発展を遂げていく。
(それによって生み出されるヒエラルキーによって、発展の恩恵を享受できない人々はもちろんいる)

虚構を塗り替えるためには、新たな虚構を生み出すことが必要なのかもしれない。
今、人間を危うい方向に進めてしまっている虚構とは何か。
未来を作るために協働していくために必要な虚構とは何か。
考えてみる価値はあると思う。

2017/01/20 16:24

投稿元:ブクログ

私はいつも自分の存在が人間という枠の中でもがくしかない絶望感にとらわれて悲しみにとらわれていた。本書は救いの書である。新しい解釈で、新しい視点で人間というものの存在を再確認できる。この本を読んで、渋谷の交差点を見下ろしてみるがいい。人間の存在が実にばらばらであるが、妙に統一感がある不思議に、本当に感動する。

2017/01/27 20:31

投稿元:ブクログ

なかなかに刺激的な内容で、文章もイヤミギリギリのユーモアが散りばめられ(日本人からするとアメリカの笑い声が入るコメディドラマを観てるような気分にさせられるやつ)、読みやすい。
視点を転換して「サピエンス」の歴史を見て行くと、違った歴史が見えてくる。はー、なるほど、確かにね、と。
ただ未来に夢見る少年少女が読むと、素直に世界に絶望しちゃって、不良になっちゃうかもだから、親御さんは気をつけて。

2017/02/06 13:02

投稿元:ブクログ

話題の本だから話題になっても困るので読むかと。先入観では『銃、病原菌、鉄』の流れをくむかと思っていたが、社会構造への広がりを見せ始めて興味深く読み進めている。神話、書記体系、貨幣、なるほど、そう繋げて読み解くわけだ。

2017/01/18 09:32

投稿元:ブクログ

ホモ・サピエンスの歴史を筆者の視点、持論で解説した本。学校で習った「歴史」は、かなり大まかにざっくりと、それも主流の解釈を学んだだけだったことに今さらながら気付きました。そして、学生時代に苦手科目だったのに、歴史ってこんなに面白いんだ〜と思いました。好奇心をかなり、くすぐられました!

2016/10/15 09:51

投稿元:ブクログ

「七万年前から三万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを、「認知革命」という。」この認知革命に関する様々な考察は面白かった。「農業革命」には、私にとって目新しい考察は無かった。総じて平凡な印象しか持てませんでした、残念。

2017/02/01 23:25

投稿元:ブクログ

話題の本です。電車で読んでいてふと後ろを振り返ると、「各種メディアで取り上げられ、○○氏絶賛!」とか、でかでかと書いた広告があって、ミーハーな自分が恥ずかしくなりました。先に広告を見ていたら、買い控えたかも。あの手の広告は(少なくなくとも私には)逆効果。
それはともかく、流行るだけあって、論旨明快。なにより、非常に読みやすい。これは訳者の上手さに負うところが大きい。
上巻前半の内容は、ちょっと前に、NHKスペシャルでやってたシリーズ「ヒューマン なぜ人間になれたか」を発展させたような感じ。ネアンデルタール人などは、ホモ・サピエンスより明らかに、体格的にも、知能的(少なくとも脳の容量的に)にも、優れていたのに、なぜ、栄えなかったのか、他の人類種とホモ・サピエンスの違いを丁寧に追ってく展開は、とてもスリリングで読み応えがあります。
初期の農耕は明らかに非効率的で、「植物に人間が家畜化された」とまで言える状況なのに、なぜその道を選んだのか?という問いも、非常に興味深い。本書でも、その疑問に十分に答えが出ているとは言えないと思うので、更なる研究の進展が待たれるところです。
下巻も楽しみ。

2016/12/22 10:34

投稿元:ブクログ

興味の中心は最後の新人類の話だろうけど、それ以外の部分がダメダメだった。自説に都合のいい話を挙げるばかりで、最新の研究を紹介するわけでもなく、新鮮味がない。

2016/12/30 23:57

投稿元:ブクログ

2016年を代表する本として各所で絶賛されているが、確かにこれは凄まじく知的好奇心を揺さぶってくれる。

イスラエルの歴史学者である著者が明らかにするのは、ホモ・サピエンスという生物種がなぜ他の生物種と異なり、地球でここまでの文明を作り上げることに成功したのかという問いへの答えである。そのカギを握るのは、「認知革命」・「農業革命」・「科学革命」という3つの革命であった、というのが骨子となる。

上巻では、歴史学者としての丁寧な史実関係叙述と不確実な事柄はそのまま不確実さを伝えるという真摯なスタンスにより、「認知革命」と「農業革命」についてが解説される。

「認知革命」は、ホモ・サピエンスが言語を発明したことや、言語により相互のコミュニケーションが可能になったということではなく、「虚構」を生み出すことにより、様々な共同体を組成できるようになったこと、そしてその共同体とは虚構、別の言葉を用いれば幻想の存在であるということこそが革命の主たるポイントとされる。例えば、宗教や国家、引いては我々の多くが所属する企業に至るまで、あらゆる共同体は「その構成員全てが、会ったことがない他の構成員に関して自らとの同一性を感じ、何らかの協力体制を構築できる」というのが特徴になるが、共同体とは自ら触れて確かめることができないにも関わらず、その存在が疑われないという点で、一種の虚構性を帯びる。

「農業革命」について刮目すべきは、「人間は小麦などの作物を農業に適した形で栽培化することで、狩猟採集よりも安定的な生存基盤を獲得できた」という考えが実は誤解であるということが明らかにされる点にある。事実はむしろ逆で、「人間は小麦により家畜化され、小麦という種が世界にその遺伝子を残すべく繁栄することに成功した」、つまり人間は小麦の利己的遺伝子を残すためのビークルとして利用された側であるという。これは我々が通説的に考えている狩猟採集社会から農業社会への移行のバックグラウンドの言説を覆す説であり、非常に面白い。

本書の面白さは、例えば「認知革命」だけを例に取れば、おおむねその主張はベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」で語られていることと軌を同じくしていると思うが、そのスコープが農業、科学など多岐に渡り、なおかつ時間的・空間的な広がりを持っている点において、この一冊で広範な人類の活動の謎を全て知ってしまえるのではないかという奇妙な錯覚を与えてくれる点にある。引き続き下巻へ。

2017/01/20 09:27

投稿元:ブクログ

 ちょっと難しすぎてよく呑み込めなかったが、共同主観的秩序が虚構を信じこむことによって法律、貨幣、神々、国家国民を想像し、成立させる。なんか分かり切ったことを言ってるのに過ぎないとは思うのだが、、、
 
 男女間の格差は性に対して能動的受動的行動差に起因するような気がする。

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