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2010年台北国際ブックフェア小説部門大賞 受賞作品
みんなの評価4.7
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評価内訳
2017/04/30 10:42
投稿元:
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下巻の解説を読むと、この小説の舞台になっている時代の台湾の状況と小説で描かれていることがよく分かる。 上巻を読み始めて「え?」と思われる方はここから読むとよいかもしれない。 「清朝から捨てられ、日本から捨てられ、国民党政府からも見放された孤児のような台湾。帕が言う「鬼の島」とは、買えるところがなくあの世とこの世の間をさまよう鬼たちの住む島であり、鬼王や自分のような鬼たちがこの世を彷徨する鬼の島だった」解説p.350
2017/11/15 20:53
犬が去って豚が来た。 日本の敗戦とともに関牛窩に乗り込んできた中華民国軍は駐留する帝国陸軍を接収し、劉興帕が率いた白虎隊は解散した。 同時に、帕の養父の鬼中佐は帝国陸軍の降伏と共に自刃した。 それは帕が鹿野千抜としての日本人のアイデンティティを喪失した瞬間だった。 中華民国軍を率いる呉大佐は帕の怪力に注目し、帕を国軍に取り込もうとする。 そのことに気が付いた祖父の劉金福は、帕を連れて関牛窩を逃げ出し、台北の街に向かった。 傍若無人の日本人は去り、戦争も終わった。これからは中華国民軍がやってきて台湾に平和がやってくる。 そう期待していた台湾人の期待は完全に裏切られる。 やってきた中華国民軍は大陸での国共戦争に敗れて逃げ出してきた無秩序の軍隊だった。 「自分は日本鬼子ではないと繰り返したが、しかし日本鬼子以外に、自分が何者になれるのかを思いつかなかった」 皇民化政策で日本語しか分からず、閩南語も、客家語も、まして中国語も話せないし読み書きできない。 新政府警察は帕を日本人とみると、逮捕した。 元から台湾にいた内省人と、中共戦争のちに台湾に渡ってきた外省人との緊張が高まる。 そしてついに、二二八事件が台北で勃発した。 再び台湾全土が混乱に陥る。 怪力でなんでも解決する帕が活躍するコミカルな活劇であるとともに、 台湾の現代史を総括し、台湾人のアイデンティティとは何かを主題にした長編小説だった。 祖父の劉金福は日清戦争後の台湾抗日戦に参加した客家人であり、帕自身はタイヤル人の血が混じっている。 登場人物にはアミ族、タロコ族などの台湾原住民も登場し、台湾は複雑な多民族であることが示されている。 日本統治以前にも、スペイン、オランダの植民地、明と清の属国、戦後には国民党統治として、そのたびに台湾人のアイデンティティは揺れ動かされてきた。 そもそも、台湾人という統一した民族が存在しない。 現代になってなお、中国の一つの省なのか、それとも国として独立すべきなのか。 未だに大国を揺れ動き、危機が続く台湾のアイデンティティを問い直すために世に出た小説といえる。 最近は、特に若い世代の著者が国のアイデンティティを問い直す作品で問題提起をしているように思う。 先日読んだ池上永一「ヒストリア」と、出世作「テンペスト」では、琉球・沖縄のアイデンティティを問い直そうとする気迫を感じる。 一転、日本では本気で日本人とは何かを問い直す作品が若い世代から提起されない。 文学では未だに司馬史観を抜けきらず、書店には日本スゴイ論が並ぶ。 社会も、政治も、右翼も左翼も歴史に関しては自分の信条を言いたい放題だ。 それは、まともに歴史を総括せずに、歴史観を確立してこなかったことが原因と思う。 新世代の、歴史に迫る気迫ある文学を求む。
2020/04/19 13:53
大日本帝国統治下の台湾、山合いの小さな僻村に巨大な鉄の怪物がやってくる。それに立ちはだかるのは、小学生にして既に身の丈180センチの怪力の少年であった。往々にして、新しい世界の到来は、怪物然としている。しかし、少年は臆しなかった。それは、豪華客船にも見紛う、壮観にして精悍な汽車であり、やってきたのは日本陸軍の中佐であった。少年はその勇猛を買われ、中佐の養子となる。さて、少年の育ての親である祖父は、大陸から台湾に渡ってきた客家の子孫であった。また、かつて日本の台湾領有に抵抗した志士でもあった。ここに、長きにわたる孫と祖父の、愛憎の軌跡が始まる。皇民化運動、国家総動員、米軍の空襲、上陸、そして、国民党の台頭、二・二八事件。日本人になろうとした孫と、中国人であろうとした祖父の紆余曲折は、そのどちらをも承服しない台湾を浮かび上がらせる。 遡れば、1661年までスペイン、オランダの植民支配を受け、鄭氏政権の統治、清朝の支配、そして、日本の植民支配を経て、中華民国国民党政権下に入った台湾。現在、その人口の98パーセントを漢民族が占めるが、そのルーツはけして一様ではない。古くから中国南方より渡ってきた闘南語(台湾語)を話すホーロー人、清朝の時代にやってきた客家語を話す客家人、そして、国共内戦で追われてきた北京語(中国語)を話す外省人。忘れてならないのは、アミ、パイワン、タイヤル、サイシャットなどの先住民(政府から認定されたものだけで、16ある)の存在である。人口にして2パーセントに満たないが、先の漢民族の85パーセントが、すでに先住民との混血という調査結果もある。本書が詳らかにするのは、そんな複雑多岐で、多言語多民族の島としての台湾である。 筆者は1972年生まれ、父が客家人、母がホーロー人で、自身のアイデンティディは客家だという。幼少時は、北京語を標準とする政府の言語政策(日本語を駆逐するためでもある)で、方言を話すと罰せられるため、学校では北京語、家庭では客家後と闘南語を使い分けて育った。本書は構想から5年、筆者37歳で上梓されたが、途中、執筆に行き詰まり、当初の客家語主体で書く試みも断念せざるをえなくなったとされる。しかし、本書は一貫して「台湾という郷土に生きる多様な人々の言葉を取り戻す」ことが徹底されている。言葉を取り戻すとは、その言葉でしか表せない意味世界を取り戻すことでもある。その圧倒的な語彙力、描写力には感嘆させられるばかりだ。驚天動地、疾風怒濤の傑作。翻訳も素晴らしい。 「マジックリアリズムを駆使した、全華文小説における最高傑作だ。この鬼を満載した、創作の極致を窮めた小説は、まるであり得ない速さで走る鬼列車のようで、私は、その大型の高圧ボイラーのような創造力に、『自分なら限度オーバーでとっくに爆発してバラバラになっていたにちがいない』と、恐怖に身ぶるいするほどの感動を覚えた」駱以軍 「殺人は容易だが鬼殺しは難しい、これをやってのけたその文才には驚嘆するばかりだ。民国六○年代(一九七〇年代)生まれの昔日の青年が、今まばゆいばかりの文学の花を咲かせた」莫言 「繁茂する言葉が、霊魂=「鬼」たちを慰める呪文であると��たら、この過剰さは台湾の受けた痛みの深さを示すものだ。怪力の帕はあらゆるものを背負い続ける。汽車、家、寝台、石碑・・・。しかし、彼がずっと背負っているものがあるとしたら、それは台湾の歴史そのものである。」小野正嗣 「甘耀明は二〇一四年九月に来日した際の講演の中で「鬼殺し』について「日本統治時期に生きた人々を、これまでの作品に見られるステレオタイプな台湾人像、日本人像ではなく、人間本来の姿に戻して捉え直したかった」と語っている。従来の「台湾と日本」という対立構図に、「人と鬼」の図式でゆさぶりをかけ、新たな座標軸を打ち立てようとする壮大な構想があったことがわかる。「鬼殺し」は、関牛奮という小さな山村に生きた人々の歴史記憶の再構築をとおして、台湾の主体性を回復する道を模索した台湾のポストコロニアル文学であり、台湾現代文学を代表する作品と言ってよいだろう。」白水紀子(訳者)