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すんごい面白かった…!!!!!!半信半疑ってなにも新聞だけに限ったリテラシーじゃないと思うんだけど、それを敢えて新聞で読み解くというのが素晴らしい。「あの」新聞ですら半信半疑なんだということを知れるだけで(そしてそれを面白くわかりやすく!)充分すぎる価値があると思う。
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プロレス好きな人間はそうなるよねぇ。週プロ、ゴング、東スポ、ファイトを読み比べて文脈の裏を自然と読み取ろうと昔から慣らされてきていたし。
新聞読まない若い人に読んで欲しいなあ。
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鹿島さん、ほんとに新聞が好きなんだなぁ。
なんか…向き合い方が真摯すぎてちょっとジーンとしてしまった。
新聞っていう お堅いメディア に、時に皮肉りながら、おもしろく斬り込んでいてとても愉快痛快。
愛があるな〜。
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新聞をキャラ付けして、それぞれの違いを楽しむ、という考え方がよくわかり、かつその楽しさを実践的に教えてくれる本。昨今ますます強くなる日本的な画一的思考に疑問を投げかけるスタンス、でも半信半疑という姿勢でのめり込みすぎない姿勢など、本当に為になる。そんでもって爆笑できる一冊。
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自分が愛聴しているポッドキャストラジオ「東京ポッド許可局」の3芸人の一人
プチ鹿島氏の新著。
得意の時事ネタ取りのためにいかに新聞を活用するか
具体的な例を示してとっても分かりやすい表現で説明がされています。
ラジオ同様とっても分かりやすくおもしろい切り口で
一気読みでした。
忙しい時期なので、なかなか新聞をじっくり読める時間が取れないですが
また余裕ができたら試してもたいことがいっぱいできました。
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著者が「この世界が、白黒つかないグレーなものであることを恐れるな。そして、行間を読み、疑うことを楽しむ余裕を取り戻そう。」というラジオやコラム等で一貫して主張していることを、新聞やスポーツ紙を例に挙げて示した一冊。裏付けの資料もあり、見事な完成度と論理性に圧倒。
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大川興業時代から好きだった鹿島さんの待ちにまった新刊。
メルマガもずっと購読してるので既にそちらで触れられてたことも多かったけど、こうやってまとまって一気読みできるとスッと整理されて頭に入ってきて良いです。
各新聞の行間からあぶり出される意図のすり合わせは、ミステリーなんかよりもずっと面白い!
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なんとなく理解しているつもりだった「オヤジジャーナル」の定義がはっきり記されておりすっきりだ。
『ゲンダイ用語の基礎知識』がお気に入りです。
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簡単に早く情報を手に入れられる時代だからこそ見落としている事が多い気もするのかなと読んでいて気付かされました。この本で言われているように新聞は一紙を読むよりも複数読んだ方が面白いんだと思います。それには時間も金も掛かる。かといってPKさんの論調を全て鵜呑みにするのもそれは違うと思う。余裕があったときに自分の興味があるニュースの際には複数の新聞を読んでみようと思います。
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面白かった。
一般紙の例えが分かりやすかったし、イラストもイメージ通り。
「朝日新聞」は高級な背広を着たプライド高のおじさん
「産経新聞」はいつも小言を言ってる和服のおじさん
「毎日新聞」は書生肌のおじさん
「東京新聞」は問題意識が高い下町のおじさん
「日本経済新聞」は現実主義のビジネス一筋おじさん
「読売新聞」はズバリ、ナベツネ
夕刊紙は読んだ事ないけど、ゲンダイ師匠が気になる〜
我が道を行くと言うというか、空気を読まないというか…
政治の話も分かりやすかった。「政治は政局を把握することで、事態が飲み込みやすくなる」は参考になった。
あと最近のネットと紙の温度差などの説明を見ると、納得してしまう。私も「おじさん目線」なのかもしれない。
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面白い。笑える。全国紙キャラ付けは至芸。惜しむらくは今年2018年こそこのネタの真骨頂を編めたはず。是非2018年版を!
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筆者のプチ鹿島さんは、芸人とのこと。
お笑いの人というよりはワイドショーに出ている文化人枠のような感じの人の印象。(実際のお笑いを知らないので)
書いてあることはエンターテイメントであり、教養要素もあり、面白い。
新聞の特性、人格に例えてくれているので理解がしやすい。すこし偏っていて、上から目線の、ゲンダイ師匠など。
新聞は、事実を報道するといっても、それぞれの新聞の立場から、報道される内容は異なっている。新聞を読み比べることで、色々な視点から事実を知ることになり、平坦な印象の事実が、立体的に浮かびあがる。
そして、新聞やテレビが政府と近付くことで批判精神が抜かれる傾向にある事、思想統制に繋がりかねないこと、新聞の役割を週刊誌が担っているのでは?など、現状の分析もジャーナリズムの持つ意義への問題意識として重要。
またネットニュースの持つ新聞ニュースの平板化。どの新聞であれば、こういう報道するだろうななど、新聞の特性を理解しながら読まないと、トンデモ記事にしか見えない事。(特にスポーツ新聞)など。なるほどと思った。
主観的であること、客観的であること、についての問題を分かりやすく語ってくれている本だと思う。
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面白い。あまり芸人くささはなく、単なる面白いコラムとして楽しめる。最後の方の、持論を述べているところはやや反発があるけど、まあ「なんとなくの表現規制が、だんだんとフラストレーションをためて、ヘイトなどの過激な発言を生み出す」といった認識についてはおおむね同意。
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ある新聞やメディアの論調を一方的にダメだ、ありえないと切り捨てるのではなく、キャラとして楽しんでみてはいかが?などという旧メディアの楽しみ方を提案している。文字を追うだけではなく、行間やその裏を下世話に想像して読むのがある意味で正しい新聞の読み方だと。ネットが普及した今、正論や美談など炎上してしまう旧メディアについて思い直す一冊になった
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オブラートに包んだ「ゲンダイ愛」
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「オヤジジャーナル」なる言葉を知っているか。
著者のプチ鹿島氏が名付けた、おじさんが書いておじさんが受信するメディアのことだ。
新聞がそれにあたるのだが、いわゆる一般氏だけでなく、朝夕のスポーツ紙とか、夕刊紙とか、週刊誌とか、そういうの。
そういうオヤジジャーナルの楽しみ方なのである。
人々が「半信半疑」を楽しめなくなってきたのはいつからだろう。
重い言葉だなあ。
なぜかマスメディアはウソを言っていて、ネットで(マスメディアの報道をもとに)発言している人に真実がある、ということを信じて疑わない人が、けっこういる気がする。
東スポはかつて人面魚だのなんだの、そういうのを一面で報じていた。ほんとかよ、と笑って疑って読むものだったはずが、どうも白黒を性急に決めないと気がすまない人が増えたようで、そういうのは減ってしまった。
オヤジジャーナルも、そういう勢いが減っているかな、と思うのだけど、どっこいオヤジはたくさん生き残っている。典型的なのが、森喜朗のくだりだろう。
森喜朗を考えることは、日本の政治家について考えること、として、森がいかに「コネ」「ゴネ」「裏口」で進んできたかを説く。タナボタで総理大臣にもなる。森は半径10メートル以内では絶大な支持を受けるタイプの人間だ。その場にいる人が喜びそうなことを次々に発言する。「神の国」発言も多分そうだし、「大事なときに必ず転ぶ」発言もそうだ。しかし、発言はすぐに世界に拡散する時代であり、当然森はその都度叩かれる。だが、たぶんそのように時代が変わったことを認識していないのか、それともそれぐらい叩かれても痛くも痒くもないのか、森は平気で半径10メートル発言を繰り返す。「密室力」は強いが社会性は全然ない、のだろうし、小泉純一郎が人気を博したのは、密室力の反動でもあろう。
政治家からは足を洗ってもなお、森の失言を期待してマスコミは動向を追っている。
プチ鹿島は、森をこう評している。
ベーブ・ルースと病気の少年の"約束のホームラン”があるように、森喜朗とマスコミには”お約束の失言”があるのだ。
まあ、森の失言を喜ぶのも同じオヤジどもだ。それでいいのだ。
朝日の「吉田騒動」や、SMAP解散劇に見る、相対的なものの見方など、いちおうメディアリテラシーが高まりそうな話もあるのだけれど、やっぱり下世話な話のほうが面白いよね。
特に「日刊ゲンダイ」へのリスペクトはスゴイ。
上から目線でありながら平気で掌返しをする。一方で徹底的に安倍政権をdisる。安倍首相は衆院予算委員会で、何度かゲンダイを引き合いに出す。この辺は(一部では有名だが)ぜひ本書で読んでほしい。
本書はきっと、ゲンダイ師匠を持ち上げるために書かれたのだ。
ちょっと「いい子ちゃん」のような周りの文章は、オブラートみたいなものだ。