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『ワンダー』を読んだ時はその前向きさに心が奮えました。親切には勇気を伴うことがある。でもその少しの勇気があれば相手も自分も前へと進むことができる。そのことが実に真っ直ぐに書かれていたのです。
オギーは普通の男の子。顔以外は。そんなオギーとオギーを取り巻く人たちの語りで構成されていた『ワンダー』。そこでは語り手とならなかった三人が今作では語り手となります。オギーをいじめたジュリアン、幼なじみのクリストファー、クラスメイトのシャーロット。『ワンダー』ではあくまでオギーの物語として書かれていましたが、ここでは語り手本人の物語として書かれています。だからこそ書ける物語がありました。そしてこの三人もまた普通の少年少女だったのです。
前作ではいじめっ子として登場しそのままフェードアウトしたジュリアン。彼には彼の物語があり、彼の考えがあったのです。しかしその行動や考えは決して良きものではなかったのです。それにとって反省を促されますが彼は納得ができなかったのです。自分こそが被害者であると思っていたのです。異質な存在が自分の世界に紛れ込んだが故に起こった事件に巻き込まれた被害者であるとしか考えられなかったのです。そのことに対して彼の祖母は自分の体験を語ることで諭すのです。そして彼は自分自身で反省することに行き着くのです。そうジュリアンもまた普通の子だった、ただその普通の子が過ちを犯してしまった。その過ちに気付くことは勇気が必要でした。その勇気によってジュリアンは前へと進むことができたのです。
この描き方の巧さに胸が打たれました。これは児童書だからこそ書くことのできることなのかも知れません。問題に対して真っ直ぐ目をそらさず書くことのできるのが児童書の強みでもあるのでしょう。
そしてもちろんクリストファーにもシャーロットにも自分の物語があります。そのことを示すことによって却ってオギーのことが浮き彫りになることもあり、前作に出てきた他の人々にも思いを馳せることができます。そして『ワンダー』の世界が読み手の中で広がっていくのでしょう。
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ワンダーの方の記憶が薄れつつあるのですが、このストーリーで蘇りました。ジュリアン、クリストファー、シャーロット、絶妙なメンバーがえらばれたなあ、と思います。それぞれの心情が感じ取れ、こういうサイドストーリーはいいなあ、と思いました。特にジュリアンの話が染み渡りました。アメリカンな友人との付き合いや学校生活が描かれて、楽しく読めました。どこの国でも友達関係は難しいんだなあ。ランチの席とか、毎日大変だとしみじみ感じました。
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いじめっ子とされていたジュリアンが、人より恐怖に対して耐性がなくてつい攻撃的になってしまったんだろう。異形なものに対して嫌悪感を抱くのは自然な感情の発露だと思うけど、彼はとるべき行動を誤ってしまっただけ。その行動を戒めてくれたおばあちゃんの過去の話が切なくて切なくて、「アウシュビッツの図書係」を読んだばかりだったこともあるけれど、滂沱たる涙が流れた。
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創作物語。
生まれつき顔に異常があるオギーが5年生になって初めて学校に通うことになった一年を描いた前作「ワンダー」の番外編。オギーにひどい態度をとっていたジュリアン、幼なじみで遠くへ引っ越していったクリストファー、先生にオギーの案内役を頼まれて普通に優しく接していたシャーロットの3人のそれぞれの一年を描いたもの。オギーの目から見ただけでは分からなかった三者三様の物語。それぞれの本音が語られ、思春期の友人関係の繊細なバランスや親切にすることの難しさなど、どの普通の子にも起こりうる状況を一人称の形で語っている。
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ワンダーの続編!というよりはスピンオフ作品でした。ワンダーはオギーの話だったけどこの話はその周囲にいるひとたちの話で、ふつうの子たちのふつうの話なんだけど、だからこそありふれている悩みや葛藤が書かれていて私はこちらの方が共感できました。特にシャーロットの話は女子だったら経験があると思うし、最後はぐっときました。
ジュリアンはワンダーではただのいじめっこだったけど、彼なりにいろいろと考えがあって、しかも後日談もあったので良かったなあという思いです。
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『ワンダー』のスピンオフ。『ワンダー』は見た目に障害があるオーガストやオーガストの 周りの人たちが代わる代わるオーガストや自分ことを語っていく、オムニバス形式の物語。
こちらは、オーガストを嫌っていじめていたジュリアン、母親同士が親友で小さい頃から友達のクリストファー、優等生のシャーロットが自分で語る物語。
著者は冒頭で「冷静になれ、ジュリアンになるな」と、読者がインタネットにあげていたことが、この物語を書くきっかけだったと語る。祖母の秘密ご聞くことでジュリアンが過ちを認めていく話。
どの話も思春期にさしかかった子どもたちの人間関係が分かる。こちらは万国共通。それから、アメリカの生活も。
でも、一番感じるのは、著者の思い。色んな人を認める優しさや寛容さの重要性。反省したジュリアンに、寛容に。それぞれの行動にも表れている。クリストファーも変なバンド仲間と続ける。シャーロットも空気を読めない友人と、ずっと同じグループでやっていく。
大人もなんだか最近は、寛容さが欠けてきている。職場でも、ちょっと変な人がいると、皆んなで批判したり。変わった人に厳しい。批判している人たちは皆んな、まともで良い人ばかりだ。だから余計に困る。
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ワンダ、のお対の本です。本人ではなく、まわりの子どもたち側から見たお話。
2017/10/31 更新
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あのとき、オギーの周りにいた、彼らの挑戦の物語。
いじめっこのジャスティン、幼馴染クリストファー、同級生のシャーロット。彼らには彼らの語るべき物語があった。オギーほどではないかもしれないけれど、彼らも彼らにとっての大変な問題に挑戦していたのだ。小さな大事件が、オギーの物語と同時に、少しずつ関わったり関係なかったりするところで起こっていた。これらはオギーの周囲にいた彼らの、彼ら自身の物語。大人への第一歩の話だ。
印象的なのはもちろんいじめっこのジャスティンについて。ネット上に「ジュリアンになるな」というようなスローガンが現れたと前書きにあったけど、あなたは本当にジュリアンを非難することができるのだろうか。ジュリアンは、自分はふつうの子だと言う。ジュリアンは特別に意地悪だったり、特別に悪い奴だったりするだろうか。違うだろう。誰でも、自分と違ったり、劣っていたり、「嫌だ」と思うものに対して、攻撃的な態度を取ってしまうことがある。私は「ジュリアンになりそう」な自分を否定することができない。
聖書にも、姦通の罪を犯した女に石を投げる民衆に対して、一度も罪を犯したことの無い者のみ石を投げよ、と諭したイエスの話がある。ジュリアンの態度は決してほめられたものではないし、どんな事情があろうとも彼を正当化することはできない。どうしても受け入れられない気持ち、特に恐怖に関して、その感情を否定するのではなく、向き合って解消する。自分の犯した罪を認め、そこからどのように自分を変えていくのかを考える。そういう態度でいられるようになりたい。むしろ私は反省の意味を知り、新しい場所に向かおうとする「ジュリアンになりたい」と思った。
クリストファーの話。友情は易しいものではない。どんな友人でも、全部を全部受け入れられるものではない。それが人間関係。オギーだけじゃなく、どんな友だちでも、友だちでいることが難しい瞬間があるだろう。クリストファーは、両親の関係やオギーやほかの友人との関係から、人が多面的で複雑で割り切れなくて、時にはいら立つけれど、でも、相手を思いやって関係を続けることの大切さを学ぶはず。そしてそれは彼の優しさや強さになる。
シャーロットの話。女子の関係は難しい。ある面では仲良くし、ある面では一緒に過ごさない。あの子は私の友だちだけど、その子は私を好きで、彼女を嫌い。そんな点と点を繋ぐような関係は、誰にでも覚えがあるもの。シャーロットはダンスという一面で、異なるグループのヒメナと近付いた。シャーロットが描くベン図の分析は、よくわかる。共通点があったりなかったり、でも、何か共通点があれば、友達になれるのだ。外見からはわからなかったり、偶然何のことないおしゃべりから知ったりする共通点もある。アコーディオンのおじいさんのように。体験を共有して、くっついたり離れたり。いきなりすべてが変わるわけじゃない。変わらないことも大事。シャーロットはこれからも、様々な人と知り合い、その人たちの様々な面を見つめ、受け入れて優しく振舞っていくのだろう。
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ついにワンダーが、映画化❗️ジュリアンのおばあちゃんの話が印象的。私も、たとえ本気でなくても、障害をもった人とか普通と少し違う人を絶対にからかってはいけないと思った。そして、私たち一般人がそのような人と、どのように付き合っていかなくてはならないのか、一人一人考えていかなくてはいけないと考えさせられた。ワンダーを読んだ後でも、読む前でも楽しめる。
普通ってなんなんだろう、と考えさせられた。
ワンダーよりも面白いかも、、、
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「ワンダー」の脇役
ジュリアン、クリストファー、シャーロットの物語。
思春期の悩みや戸惑い
そこにオーガストがいることで、それぞれ少しずつ成長する。
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顔が普通ではないオーガストとその周りの人たちのお話が『ワンダー』だったけど、今回の『もうひとつのワンダー』は、さらにその周りの子たちのお話。オギーをいじめたジュリアン、幼馴染のクリストファー、先生にオギーと仲良くして欲しいと頼まれたシャーロットの三人を深く掘り下げた内容となっている。「親切にすること」が前書と共にキーワードになっている。三人の成長の様子が丁寧に描かれている、素晴らしい本です。
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三人の子ども達がそれぞれの立場から同じ中学1年生の時を語っていて、1人ずつのドラマが立ち上がってきておもしろい。
みんな一生懸命生きてるんだよなあ。
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蛇足になりがちな続編やスピンオフだが、あって良かったと思える本作。スピンオフが見事に成功した例としては『ホルモー六景』(万城目学著)以来じゃなかろうか(笑)
『Wonder』の中の登場人物3人にまつわる物語。本書執筆に関し、まえがきで著者は言う、
「一番の理由はジュリアンのためです。」
そう、本編『Wonder』を読み終わった時、もうひとつ視点を増やすなら、いじめっ子側のジュリアン目線だなと、恐らく多くの読者が思ったことだろう。そうしなかった理由も著者としてあったことを「まえがき」で語っているが、それでもこのスピンオフで取り上げざるを得なかった存在であったということが本書を読んでよく分かる。”ジュリアンをもっと理解するため”創作されたストーリーではあるが、ジュリアンの行いを通じ語りたかったのは以下;
「あやまちから人を判断することはできません。本当にむずかしいのは、おかしたあやまちを受け入れることなのです。」
本作を読んで、本編『Wonder』の思想がなお鮮明に浮き上がってくることになる。つまりは”寛容”だ。あるいは昨今流行りの言葉で言えば多様性への理解、受け入れだろうか。
著者は「いじめについて語るジュリアンの物語は、『ワンダー』に入れるべきものではありませんでした。そもそも、自分をいじめる相手の気持ちを理解して思いやるなんて、いじめに苦しむ子がすることではありません。」と語り、本編にジュリアン編を入れなかったが、本編+「ジュリアン編」でこの『Wonder』は完成されるのではないだろうか。そう思えるほど、このジュリアン編は完成度の高い感動作品だった。
映画『サラの鍵』的なエピソードもなかなかニクイしね(おばあちゃんの名前が”サラ”だったのは、単なる偶然?)。
本編『Wonder』がベストセラーとなり、ネット上では「KEEP CALM and DON'T BE A JULIAN(冷静を保ち、ジュリアンになるな)」なんてキャンペーンも過熱したという。ネット上の短絡なムーブメントではあるが、その危うさは一目瞭然。オギー愛しジュリアン憎しで囃し立てるそれは、まさにジュリアンが『Wonder』の中でオギーやジャックに対して行った行為と根っこのところで同じだ。それにきっちりオトシマエを付けた著者の手腕が見事。物書きとして作品でそのことを読者に気づかせた。 そして、誰もがジュリアンのことも理解したことだろう。素晴らしい!
続く「クリストファー編」「シャーロット編」もそれなりにだけど、「シャーロット編」は女子にありがちな感覚、行動様式がちょっと理解しにくく、読み飛ばし気味に・・・(あぁ、それも寛容な心で受け入れないといけないんだろうなと思いつつ)。 でも、アコーディオン弾きのおじいさんとのエピソードは映画『Wonder』の中に背景としてでもいいので描かれていると素敵だなと思った(映画、現時点では未見です as of Jun5,2018)。
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小説『wonder』で語られることのなかった登場人物たちにフォーカスが当てられていた。どうしても主人公のオギーにばかり注目しがちになりそうだが、本作ではあまりオギーと関係ない人間ドラマを中心に丁寧に描いている。特に女子の友人関係についての描写がリアルでのめり込んでしまった。本当におもしろい。傑作だと思う。
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ワンダーがおもしろすぎて期待大だったからか、ちょっと物足りない感。
ジュリアンが、ただの意地悪少年じゃなく、自分の恐怖をオーガストにぶつけてる「普通の少年」だったところがやっぱり物語だなぁと。
現実だったらもっとサイコパス的に、相手の気持ちとか1ミリも考えれないやついっぱいいるし。
でもワンダーの良いところは、オーガストの普通じゃない顔を無理して普通と言わず、顔は普通じゃないけど、心は普通だよ、って言ってるところが偽善っぽくなくていいね。