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特攻を編み出したのは、大西瀧次郎という人で、かれは敗戦時に割腹自殺をしている。その大西に対し、特攻に反対した男がいた。それが本書の主人公美濃部(太田)正である。もっとも、かれは特攻を否定したわけでなく、特攻に代わる方法がある限り特攻はしないという立場であった。(だから、敗戦間際の九州での本土決戦では最後は飛行機もろとも特攻する覚悟でいた。)要するに死を恐れないが、無駄な死に方はしないという合理的な精神の持ち主であった。日本にもこういう男がいたのである。(松山の紫電改部隊にもそういう人がいたそうだ。紫電改のタカはそれを描いたものだったか?)美濃部の方法は夜間飛行による奇襲攻撃である。当時は水冷エンジンの悪さで有名な彗星が夜間戦闘機としてしられていた。美濃部はもともと水上飛行機でもっぱら偵察をしていたが、これはスピードもおそく、攻撃には向いていない。そこで、彗星と零戦からなる部隊―芙蓉部隊を結成し、その隊長として沖縄陥落後も米軍を夜間攻撃し、打撃を与えた。かれの重んじたのは偵察と整備、さらには自分たちの飛行機を守るため、牧場にカムフラージュした岩川基地をつくった。そこは敗戦まで米軍にみつからなかったという。夜間飛行といっても今のようにレーダーがあるわけでない。だから、かれは隊員たちを訓練し、夜間でも遠くを見る視力を養わせ(零戦の坂井軍曹が昼間星をみる訓練をしたことを思い起こさせる)、敵に見つからないように、飛行機の誘導を小さな光でやった。そうした厳しい訓練があってこその奇襲攻撃である。それはある意味、ただ飛び込んでいくという特攻よりも何倍も苦しいものであった。美濃部は敗戦後、自衛隊に招かれ、最高位で退職している。本書は美濃部が晩年に書いた『大正っ子の太平洋戦記』をもとにし、関係者に取材して書き上げたものだが、あたかも美濃部が語っているかのような迫真の達意な文章である。