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五つの証言(中公文庫)

五つの証言 みんなのレビュー

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紙の本

渡辺一夫のユマニスムと寛容

2017/09/13 03:39

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:親譲りの無鉄砲 - この投稿者のレビュー一覧を見る

時宜を得た本文庫の出版を素直に喜びたい。表題の「五つの証言」とは、ナチス・ドイツに抵抗して亡命を余儀なくされたトーマス・マンによる4つの短論文とこれにアンドレ・ジードが寄せた跋文を1編として、渡辺一夫が戦中に仏語より訳した小論集を指す。本書はこれに加え渡辺自身が添えた訳者後記(本書では巻頭におかれ、東大仏文科の上司に当たる辰野隆宛書信の体裁をとる序文)、戦後の渡辺による4編のエッセイ、またこのうちの一編に関する中野重治の論評に始まる渡辺と中野の公開形式の往復書簡を採録している。これらマンやジードの反戦の言葉は、渡辺の深いユマニスムに基づく共感により生きた日本語として血肉化されている。つまり渡辺の自身の思想そのものとして読者は受け取ってよい。山城むつみによる解説は、渡辺の訳者後記もまたマンとジードの証言に劣らず美しい第六の証言、と高い評価を与える。
 評者は、フランス文学には疎い門外漢であるが、渡辺が、著名な日本人の戦中日記を繙いたドナルド・キーン「日本人の戦争」や加藤周一「羊の歌」で、当時の日本における稀有な存在として絶賛されていたため、かねてより興味を持っていた。彼の専門は「16世紀研究」である。「羊の歌」に、当時の渡辺のたたずまいが活写されている。「それ(16世紀(評者注))は、宗教戦争の時代であり、異端裁判の時代であり、観念体系への系統が「狂気」にちかづいた時代であって、従ってまた何人かのユマニストたちが「寛容」を説いてやまなかった時代でもあった。すなわち、遠い異国の過去であったばかりでなく、また、日本と日本をとりまく世界の現代でもあった。資料の周到な操作を通して過去の事実に迫ろうとすればするほど、過去の中に現在があらわれ、また同時に、現在の中に過去が見えてくるということを、渡辺先生は身をもって、私たちに示していた。」即ち、16世紀の一部の偉人、ラブレーやモンテーニュらが到達したユマニスムや寛容は、渡辺にとって只の研究対象ではなく、自身の思想と一体化し、生きざまとして体現すべき指針であったのだ。そのユマニスムの徹底ぶりは、トーマス・マンに対しても、「生ぬるい」と揶揄できるほどの強い自負に裏打ちされていた。
 渡辺は、東京大空襲直後の3月11日より、中断していた日記をつけ始めた。官憲の手に落ちることを恐れ仏語で書いた。これは後年になっても公表するつもりはなかったようだ。一方、心血を注いで訳したラブレー全集は印刷所に回って完成したところで空襲によってすべて灰に帰した。本書のマンの小論を訳し始めたのもその頃からだ。決して大部の書ではないが、警報と警報の合間を縫って少しずつ訳し、7月には完了した。8月15日の午後、この原稿をポケットに忍ばせ、東大の教職を辞したい、と辰野教授にお伺いを立てた、と訳者後記にある。この原稿は常に携行しており、もしこのまま戦争続行し、本土決戦の竹槍戦にかり出されたていたら、心ある戦友に読んでもらい、徹底的に議論しようと思っていたのだという。戦争は負けて終わったが、戦後一年経っても、日本人にマンの小論を読んで貰いたいという思いは変わらなかった。日本人があの戦争から学んでいるようにみえなかったのだろう。数年後には、東西冷戦のスキームの中で、日本は普通に戦争ができる国に戻りはじめた。60年、70年と社会変化の節目に、自身の信念にもとづき、小論および付記を彼は書き継いだ。日本人に全体主義に対する抵抗と、寛容を訴え続ける必要を感じたのだ。戦中に反戦の声をあげることができなかった自身に忸怩たる思いもあったはずだ。国のおかれた状況は今も変わらぬ。

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2018/05/30 15:05

投稿元:ブクログ

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2018/03/23 18:24

投稿元:ブクログ

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