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実はハチ公の章しか読んでいないのですが、思いは少々複雑です。彼は思いの外幸せで充実した生涯を送った。それで良いではないか、と思います。
ハチ公の生い立ちを秋田犬の育成の振興や国策としての忠義心の涵養に利用した人間がいた。ハチ公は現代の秋田犬の血統基準では純血種に当たらないかも知れない。ハチ公は帰らぬ主人を待つためだけに渋谷駅に通ったのではなく、昔主人と共に口にした駅前の屋台の焼き鳥の味を愛していた。また、その秘めた腕っぷしの強さで勝ち取った渋谷駅前というテリトリーを守るために居続けた。本書にはそうした知られざるハチ公像と申しますか、知ってみれば「なあんだ」な感じのハチ公像が描かれています。
しかし一方で、彼はただ愚直に主人を忘れず待っているだけの犬ではなく、渋谷駅周辺の犬達に君臨し、時に人間にいじめられつつ美味しい焼き鳥にもありつくなどそこそこ充実した生活を送り、一方で自分を慈しみ育ててくれた人間の家族のことは生涯忘れることがなかったというハチ公像の描写もあります。
著者の筆は終始伝説を讃える者に対して冷静な視点を促している印象ですが、私自身は「それでも」と最初に記した思いに立ち返るのです。
実像は光り輝く偶像の影でもありますが、ハチ公の場合は実像が偶像を飲み込み否定するのではなく、より厚みと輝きの増した偶像として成立させている。著者が意図したものかは分かりませんが、それがハチ公の章の読後に抱いた、日本一愛され続ける秋田犬への思いです。