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【『エピローグ』(早川書房)が同時発売!】語り手と登場人物が話し合い、名前が決められ世界が作られ、プログラムに沿って物語が始まる。知的な企みに満ちた壮大な「私小説」。
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3/8読了。いままでになく読むのが大変だった。
読み続けるのがどことなく嫌になることは何度もあったが、随所に仕込まれた少しだけ他の文より読みやすく、おもわず笑ってしまうような文章を楽しみに、つい読み進めてしまう感じだった。脇腹が痛くならない程度の坂道を登り続けていると美味しいパン屋があるみたいな気分だった。
あと文章を読んでる最中に全然関係ないことをいろいろおもいつく本だった。バイト前にちょっとずつ読んで、2/20-3/8までかけてじわじわ読んだ。
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『エピローグ』(ハヤカワ文庫JA)と纏めて。
本書と『エピローグ』は、解説も含め、円環のように繋がっている。どちらを先に読んでも構わないが、両方を読むことを強く勧める。
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いわゆる私小説であり、わたしの小説でもあるというのはどうかな。わたしの小説、わたしを(書く)小説、わたしが小説。かなりSelf-Reference ENGINEですね。単行本既読なので2回目ですが明らかにより面白くなったしより理解できたと思います。
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自分って何だろう?誰だろー?って思った
自分の中にある色んな性格だったり考え方が人間として現れる
私の中には誰がいるんだろう、なんて名前つけよーかなー?って考えると楽しくなってくる
でもその中に共通性っていうのが自分の主張できる個性なのかもしれないなって
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2018年2月10日第一刷。
「文學界」連載も楽しみに読んでいた。
私小説とは概ね徒然なる日常を書くもの。随想からの跳躍ありき。
本作もまさに徒然なる日常と、その都度考えたことを徒然に書いているらしい。
が、そこは円城塔。凡人の思考ではない。
私小説では語り手は単純に「わたしは云々」と書き始めるが、この小説の「わたし」は「小説そのもの」のことだから、不用意に「わたしは云々」と書き出せない。
そのうちに著者の要素がいろいろなキャラクターに分散、分身、仮託、委託、されていく(?)
さらには堂々たる「わたし対わたし問答」も生起し、それが詰まらないトートロジーに堕さない。
私小説を刷新するのか~、たいそうなこってすな~、アホな読者にはわかりませんわ~、とやっかみ半分で読んでいたところもあったが、
「これが私小説と言うと私小説とは云々と言いがかりをつけられそうだが、まあ無視してよろしい。だってこういうことばかりしている生活なのだ」
と言われてしまえば、もうシャッポを脱ぐしかない。
神秘主義などの衒学趣味とITが融合したら、とか。
あるいはITがごく当然な世界における衒学趣味は、というか。
「エピローグ」との関連については……榎室春乃やイザナミ・プロジェクトなど出てくるが……わからず。
まっこと、アホな読者である。
ところでドリフトグラスが登場するので連想したのが「グラン・ヴァカンス」だが、あながち遠くはない、と思いたい。
というのもPC内に残された物語が、切り離されたままどう熟成するか、という視点は、通じるものがある。
お子さんご誕生おめでとう。
……と、書くのは決して文芸界ゴシップをひけらかすためではない。
中盤で唐突に登場した『赤ちゃんプログラム』が、終盤に向かうに従って大事な小道具になる。
そして濃淡あれど子育てに関わり何がしか考えたことのある人間には、感じ入らざるを得ないリリカルなニュアンスが終結にある。
要は生まれてきてくれてありがとう、と。
その感慨は創作上のキャラクターに対しても、現実に直面し続けざるを得ない実人物に対しても、言いたい言葉になるのだ。
ところで先日柴崎友香「春の庭」を読んだから連想するんだけど。
柴崎友香「春の庭」芥川賞選評で、【建物は上から見ると”「”の形をしていた】と読んで、読む気をなくした、と村上龍。
円城塔はわざと似た表現を340pに置いて、老害村上龍へのあてつけをしている。
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文学も爆発しちゃうのか…(;´・ω・)
その日の気分次第で楽しく読めたのかな?
セットで買ってしまった『エピローグ』は積読山に埋めるw
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紙面上に創造される仮想の土地と架空の13氏族。全ては文字列で出来てる。
日本語で。
数式で。
古典の引用文で。
プログラミング言語で。
教養と造詣を深めてなければ読み解けない執筆余談。
ときどき旅行記。写真付き。
語り手が断りも入れずに分裂増殖。
それがだんだん陰謀論じみてきたり。
様々なアプローチで文学を解体している...のか??それとも、とんち??
流れるように連なる文章のほとんどが脳みその表面をつるつる滑っていく読書だった。素養ナシ。
そして急に村某龍の悪口が飛び出してきたところで声を上げて笑う。
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見るからに前衛的だけど、ある意味で分かりやすく宇宙を飛行しそうなロケットを指差して
「これは花火です」
という。
こちらは「そうかこれは花火か」と思いつつ、宇宙空間を飛んでいくこの不思議な物体を想像する。
発射直後くらいから飛行物体はその結合を失っていく。見方によっては更なる加速のための意図的な分離にも映るし、見方によっては設計者の意図しない分解にも思える。
時に蛇行し、時に回転し、時には一瞬姿を消してみせ、すぐその先に現れる。そんな花火ともロケットともつかない不可思議な動きをみせる。何人かはこの辺りで背を向け帰っていくが、なぜか目を離せない。
だんだんと分離は加速していき、分離したパーツは華やかに爆発する。その爆発によって残った本体は宇宙に向けて加速しているようにも見える。それともその華やかな爆発そのものに意図があるのだろうか。
ひとつ、またひとつと分離と爆発を繰り返し、宇宙空間と地上のその狭間、最後の空間でもっとも大きなパーツがこれまでにないほど派手に炸裂し、天上は明るく彩られる。
そして最後に作者は「これは花火です」という。
そんな話だった。見方によってはSFと文学の可能性に挑んだ意欲作だし、ロケットのようにその限界を超えることを期待してしまうけど、結局のところ地球空間で破裂して地上の人間を満足させることを本懐とした私小説。
騙されたと言えるような気もするし、気概が足りないような気もするし、でも最初からこんなもんだと言ってるし。そんな苦い笑いをも作者は指差して笑ってるような気もする。
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私小説…?小説=データ。小説データの奥行きにある世界。『エピローグ』を同時並行で読んでいるが、仮に本書の世界があると仮定し、その中からこちらの現実世界を見ると、やっぱりデータ量が大きすぎて耐えられないのだろうか?相変わらずよく分からないが、文を追っていくのが心地良いという感じだった。
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私に円城作品を一読で消化する機能が付いていないため、解釈が誤っていることを前提に述べるなら、自動生成に必要なプログラム群が手足を生やして人格を持ち、コツコツと時給自足で奮闘しています。気になった漢字や用語をメモして調べてWordにまとめたところ、何を読んだのかさっぱり不明な備忘録ができました。円城塔の私小説を読んだはずです(たぶん……)。最後に一言、星川さんカムバック。一番のお気に入りでした。
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文字が生成されて単語となり文章となり、生命が産み出されていくような。
新たな次元を垣間見たような、やっぱりよくわからないような。
頭のいい友達と、酔っ払っいながら延々与太話をしてるかのような。
円城塔の小説は、いつか理解したいと思いながら、背中を追いかけているよう。
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じつに円城塔さんらしい作品。めちゃくちゃ回りくどいし読みづらいのに、何故か読み進めたくなる文章。吸い寄せられる構成。本当に不思議な本です。
たぶんストーリーとしては、円城塔さん自身が小説を書くという行為をどこまでシステム化できるのか、あるいは逸脱できるのかを実験しており、それを円城塔さんの内面を分割したかのような登場人物たちが小説のていで物語展開している、というようなもの。
「小説のソフトウェア化」が究極の理想系というが、果たしてそれは本当なのか?実現できるのか?悩み試行錯誤する様子を、場所も時間も空間も入り乱れたストーリーで見せられるのは、脳が焼き切れるかと思いましたが楽しく読めたと思います。理解できたかは別として。
総じて、手放しで面白いとは言えない気がするんですが、のめり込んで一気に読み切ったので、多分面白かったんだと思います。脳が追いついていなくて自信ないですが笑