紙の本
裁判での戦いを著している
2018/07/05 13:02
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:広島の中日ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
認知症で線路内に入って死亡した男性の遺族が、鉄道会社から多額の損害賠償を求められる裁判を起こされ、長い年月をかけて裁判で戦ったことを著した作品です。
裁判沙汰になると、こんなに大変なのかと思える内容です。
作者の文章の表現が、年齢の割には子どもっぽい感もあります。
投稿元:
レビューを見る
認知症の男性が列車にはねられて亡くなった事故で、鉄道会社側から「同居していたのに、認知症患者を監督していなかった家族が悪い!」ということで720万円の損害賠償を請求されます。事故に遭われた男性、そしてそのご遺族の方々の気持ちを想像すると、胸が詰まります。
なぜ、このような最期を迎えなければならなかったんだろう。
誰が悪かったんだろう。
「徘徊」したご本人か。監視しきれなかったご遺族か。対策を徹底しなかった鉄道会社か(線路に降りられないようにするのは困難ですが)。あるいは、この可能性を予見して対策をとらなかった市や国か。
認知症患者に対しては、危ないから施設に入れるべきだとか、自宅で監視すべきだという意見がしばしば出てきますが、これって認知症ケアの実態、趨勢、人としての尊厳といった視点が全く欠落した、めちゃくちゃな意見なんだな、という思いがさらに深まりました。行動の制約、拘束、という発想は、時代を1970年代にまで押し戻してしまいかねない……という、認知症政策の専門家の言葉が印象に残りました。これ……家族の恥だから、「世間」から覆い隠し、自宅に押し込めて監視する、っていうことです……。
裁判の過程で鉄道会社(JR東海)の対応の酷さが浮き彫りになりますが、これは著者のバイアスを差し引いてなお、酷すぎると言わざるを得ませんね。裁判として負けるわけには行かないのは想像がつきますが、鉄道事業の公益性とか、どう考えていらっしゃるのかしら……なんて、私は思ってしまいました。
投稿元:
レビューを見る
この事故はかなりマスコミの注目を集めて報道されたので、覚えてる。認知症の父が起こした(起こしてしまった)鉄道事故にたいして、どのように社会として対応すべきかが問われた裁判だと思う。
認知症に対して掲げた厚労省の理想と、企業側や一審二審の裁判官の出した認知症に対するイメージの現実。このギャップは果てしなく深い。
が、それをものともせず最高裁まで戦った著者に敬意を表したい。